気候変動安全保障 第2回シンポジウム: 気候変動と水資源をめぐる国際政治のネクサス

  • 日程:
    2021年07月19日(月)
  • 時間:
    13:10-16:00
  • 会場:
    Zoomによるオンライン(Webinar)
    ご登録完了後、会議前日までに事務局より招待URLをお送りします
  • 言語:

    英語*同時通訳あり

  • 主催:

    東京大学未来ビジョン研究センター SDGs協創研究ユニット

    未来ビジョン研究センターは、今後の活動についての情報を提供するため皆様の個人情報を収集させていただいております。
    この情報はいかなる第三者にも開示致しません。

定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

21世紀に入って「気候変動政治」への関心が高まり、国際政治学・国際関係論においても研究が求められる時代を迎えました。未来ビジョン研究センター(IFI)SDGs協創研究ユニットでは、グローバル・サウスの事例を取り上げながら、気候変動と水資源をめぐる国際政治のネクサスを以下の3段階で検討する研究プロジェクトを2019年度から行っています。第1に、気候変動による自然の衝撃が社会と政治にどのようなストレスをもたらすか、また、そうしたストレスがいかなる過程を経て社会の不安定化、資源獲得競争、国家の動揺、武力紛争、難民・移民などの現象を引き起こす原因となるのかを問い、気候変動政治のメカニズムを解明します。第2に、自然の脅威を前に国家、草の根社会がいかなる緩和と適応を行うかを考察し、「気候変動レジリアンス」の仮説を提示します。第3に、「気候変動安全保障」を中核とする新しい安全保障論と、国連の持続可能な開発目標 (SDGs) とを連携させたグローバル・ガバナンス論を論じ、政策的検討を試みます。
本シンポジウムは、3年計画の中間地点まで来た本研究プロジェクトの内容を一般に公開し、本課題と密接に関わる研究および実務に携わる方々からのフィードバックを得ることを目的とします。同時に、IFIが気候変動安全保障に関する研究プロジェクトを実施していることを研究コミュニティに知らせることで、本課題に関する研究の活性化を図ります。第2回となる今回は、中東から中央アジア、南アジアまでのアジア地域に焦点を当てます。

プログラム

◆パネル1. 気候変動安全保障の分析
気候変動がもたらす安全保障上の脅威をどのようにとらえるか、国家を基本とする従来の国際政治の力学によってその脅威は乗り越えられるのか。パネル1では、国際政治学およびエコロジー社会学における気候変動をめぐる議論を総覧し、気候変動安全保障の理論分析を行う。
・パネリスト1: ロベルト・オルシ (東京大学公共政策大学院 特任准教授)
      「Ecological Modernisation and its Discontents」

・パネリスト2: 竹中千春 (立教大学法学部教授)
      「Global Challenges of Climate Change and Pandemic in 2020s: Can Nation-States and International Society Save People’s Lives?」

◆パネル2. 紛争影響地域における水資源管理
気候変動の影響は一様ではなく、多くの要素の関係性から構成される複合的なメカニズムである。パネル2では、紛争影響地域における水資源管理をめぐる事例研究として、イスラエル・パレスチナの事例とアフガニスタンの事例を分析し、国家と草の根社会の気候変動レジリエンスを左右する社会経済基盤・政治的条件を比較する。

・パネリスト1: 錦田愛子 (慶應義塾大学法学部准教授)
      「The Israeli-Palestinian Water Conflict-Impact of the Technology and Climate Change-」
・パネリスト2: 清水展 (関西大学政策創造学部特別任用教授)
      「International Entanglement of Drought, War, and Rehabilitation in Afghanistan: A Sketch from the Viewpoint of Dr. NAKAMURA’s Irrigation Project」

◆パネル3. 南アジアにおける気候変動政治
気候変動がもたらす社会への影響をどのように管理するか。その対策はときに政治化され、気候変動政治を発現させる。パネル3では、南アジアを事例対象として、気候変動政治の実態をとらえる。

・パネリスト1: 中溝 和弥 (京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科教授)
      「The Climate Change and Democracy: Political Development of Bihar, India」
・パネリスト2: 永野和茂 (立教大学大学院)
      「Climate Risk and its Political Impact in Kashmir Conflict」
・パネリスト3: ヴィンドゥ・マイ・チョータニ (東京大学公共政策大学院)
      「Climate-Induced Impacts on the Trans-Himalayan Tributary: Assessing the Sino-Indian Water Dispute」

開閉会挨拶、司会:藤原帰一 東京大学法学政治学研究科教授

登壇者略歴一覧

開会あいさつ: 藤原帰一  東京大学法学政治学研究科教授

東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)SDGs協創研究ユニットの第2回公開シンポジウムの開会にあたり、藤原帰一教授が、本研究プロジェクトの対象範囲について説明しました。すなわち、本研究プロジェクトの主な目的は、国連が提唱する17項目のSDGs(持続可能な開発目標)を達成する上で研究者が果たす役割を検討することです。この目的に向けて、研究者の方々は社会科学のさまざまな問題を研究テーマとして取り上げており、特に、気候変動が社会紛争と国際緊張の発生に及ぼし得る影響を解明すること、そして気候変動レジリエンスという概念を利用して建設的な解決策を見つけ出すことに取り組んでいます。藤原教授は、社会紛争や国際紛争に対する研究者の視野を拡大するという点で、本研究プロジェクトは極めて大きな価値がある、と評価しました。最後に、藤原教授は、本シンポジウムの進行次第に触れ、今回の会合が3つのパネルとそれぞれに続く質疑応答(Q&A)から構成されることを説明しました。

パネル1「気候変動政治の分析」

「エコロジー的近代化とその限界」
ロベルト・オルシ 東京大学公共政策大学院特任准教授

ロベルト・オルシ准教授は、気候変動に起因する社会変動を環境問題の一部として理解する、という考え方を紹介し、その重要性を理解する必要性を訴えました。社会変動を解明しようとする場合、社会の多様な要素に着目できますが、そうした要素はさまざまな理論的カテゴリーに分類できます。たとえば、まったく変化しない、または非常に緩慢にしか変化しない事物としての「構造」、人間や組織などの「行為主体」、あるいは思想や概念のような「物の考え方」です。このプレゼンテーションで、オルシ准教授は「考え方」に注目しました。思想や概念は、ゼロから発明されるものではなく、主として社会過程から継承されます。なぜなら、思想や概念は社会的相互作用の産物であるからです。

持続可能性の前身となる考え方はすでに近代や19世紀にも限定的な形で議論されていましたが、今日のような持続可能性の概念、すなわち、産業活動と地球環境の関係の危機的状況を認めるような概念を生み出そうとする世界的な動きが生じたのは、1950年代から1960年代になってからでした。この環境思想の第一波は、工業化された社会経済は環境の面から持続不可能であるとする著しい悲観主義を伴っており、したがって、抜本的な変革を提唱するものでした。その後、持続可能性をめぐる活発な議論の結果、すべての経済システムが環境に同じ影響を及ぼすわけではないこと、そしてある種の経済システムは適切に改革できないことが明らかになりました。経済システムが「持続可能」であるためには、システム自体の存立と存続を長期的に可能にするような条件を維持できなければなりません。

オルシ准教授は、エコロジー的近代化は環境の持続可能性という問題への楽観的なアプローチと定義できる、と論じました。すなわち、環境の悪化を、未熟な政策や不適切な政策、あるいは未熟な技術の副産物であると見なすアプローチです。エコロジー的近代化は、1980年代にドイツ社会学を背景として登場しました。その核心において、エコロジー的近代化の主張とは、工業化と近代化によって引き起こされる諸問題は、さらなる近代化と工業化、さらなる技術開発や技術革新、そしてより優れた政策によって解決し得る、とするものであり、必ずしも社会の資本主義的な基盤やその他の政治が絡む面倒な問題まで問い直す必要はない、という考え方です。その後、エコロジー的近代化は持続可能性に対する標準的なアプローチとなり、特に、ブルントラント委員会の1987年の報告書の後、その位置づけが定着しました。この報告書が及ぼした巨大な影響力は、今なお減じていません。しかし、持続可能性の概念とその関連政策を形作る上での支配的な思想としてのエコロジー的近代化にあらゆる人々が満足しているわけではありません。オルシ准教授は、ワーキングペーパーの中で、エコロジー的近代化に対する既存の批判を3つの学派に分類しています。すなわち、ポリティカル・エコロジー、エコマルクス主義、そして構造主義です。各流派の主張は多面的であり、相互に関連し合っていますが、全体として、グローバルな環境危機を訴える学術論文が増加の一途をたどっている現状を踏まえると、エコロジー的近代化が持続可能性に対する適切なアプローチであり続けるには、そうした批判を踏まえた抜本的な見直しが必要であり、また、危機的な緊急課題に対処するためには新しいアプローチが必要となる可能性もある、ということが言えるでしょう。

「2020年代のグローバルな課題 ― 気候変動とパンデミック:国民国家と国際社会は
人々の命を救うことができるか?」
竹中千春 立教大学法学部教授

今回の発表で、竹中千春教授は、現在進行中のパンデミック危機と気候変動の問題の共通性について語りました。今、人類が直面している緊急の問題は、既存の政治・経済・社会的手段を使用して、このような危機をどのように効果的に緩和し、レジリエンスを構築するかです。

時と場所を問わずインターネットを利用できるようになったことで、一般の人々も全世界のさまざまな政府による危機管理のあり方を仔細に比較するようになりました。昨年の新型コロナウイルス(COVID-19)の流行では、東アジアの民主国家と中国、そして女性をリーダーとする先進諸国が、感染対策を成功させました。女性リーダーは、人間の安全保障(ヒューマン・セキュリティー)の価値と資源の社会的再配分を重視しました。それに対して、新自由主義的なナショナリストによって率いられる国は機能不全に陥り、パンデミック危機に適切に対応できませんでした。続いて、パンデミック危機の2年目には、ワクチンの生産、配布、そしてその結果に重点が置かれました。この段階で、裕福なG7諸国は適切に対処しましたが、ロシア、中国、そしてインドはワクチン外交に注力しました。

気候変動の問題に関して、米国の世論は1990年代から2010年代までに著しく変化し、多くの米国民が気候変動は最重要懸案ではない、と主張するようになりました。しかし、今、焦眉の優先課題は、地球環境の変化に起因する諸問題を克服するために、政治的枠組みを生み出し、社会のコンセンサスを形成することです。COVID危機で成功を収めたリーダーの模範から学ぶことができる教訓は、気候変動の課題に対しては、経済協力や政治的相違を超越した手段を使用して、民主的な方法で取り組む必要がある、ということです。

結論として、竹中教授は、2020~2021年のCOVID危機では、国際社会、国民国家、社会・経済制度、そして市場経済を利用するという観点から新しい政治のあり方を生み出すことが必要となった、と述べました。そして、この経験を活かせば、2020年代に新しい気候変動政治を生み出すことが可能である、と指摘しました。

パネル1: 質疑応答(Q&A)

エコロジー的近代化の議論では社会的正義と経済格差の問題が置き去りになっているのではないかという質問に答えて、オルシ准教授は、それはまったくそのとおりとは言えない、なぜなら、今日の多くの社会は数世紀前に比べれば平等主義的になっているから、と回答しました。教授は、エコロジー的近代化に問題がある可能性には同意する一方で、エコロジー的近代化の政治的な有用性は、今のところ、まさに再配分の問題の多くを「脱政治化」できるところにあるが、再配分の問題はエコロジー的近代化の長期的な弱点の1つでもある、と指摘しました。そして、エコロジー的近代化は、エコロジーの問題と社会的正義の問題を将来的に折り合わせる方法を見出す可能性もあるが、あまり大きな変化は期待できない、としました。さらに、何を優先課題と見なすかに関して、政治リーダーの間で注目や資源の奪い合いが存在するため、長期的な問題と見なされる環境問題のために思い切った抜本的取り組みが導入される可能性は低い、と述べました。

竹中教授は、自由市場経済と新自由主義的な経済政策は、多くの国で、社会・経済的格差を悪化させてきた、と回答しました。さらに、この社会・経済的不平等は、国家間だけではなく、ほとんどの国の内部でも拡大しています。したがって、そのような危機を克服するためには経済システムを根本的に再考する必要があります。

藤原教授は、近年まで、多くの途上国が持続可能性を推進する動きに反対する中で、米国は持続可能性の問題に率先して取り組んできた、と付け加えました。しかし、米国はトランプ政権の発足と同時にそのような姿勢を逆転させたのです。持続可能性に関連して、教授は、ケインズは経済学では公共投資が社会状況の改善に大きく寄与することが期待されるが、新自由主義的な政策は正反対の方向に作用する、と指摘しました。

パネル2:紛争影響地域における水資源管理

「イスラエル・パレスチナの水紛争 ― 技術発展および気候変動がもたらす影響」
錦田愛子 慶應義塾大学法学部准教授

錦田愛子准教授の発表テーマは、パレスチナとイスラエルの間の長引く水紛争でした。この紛争はヨルダン川流域の不公平な水の分配に起因するものです。パレスチナとイスラエルは地中海性気候帯に位置しており、領土の大半が半乾燥地です。地表水、再生可能な帯水層、そして再生不能な帯水層が、パレスチナ・イスラエル地域の主な水源です。地表水の主な水源はヨルダン川であり、河岸諸国によって共有されています。しかし、非国家主体であるパレスチナは、この水の共有から排除されています。

1995年のオスロ合意Ⅱは、西岸地区におけるパレスチナの水利権を明示的に認めました。しかし、それに基づいて設立された共同水利委員会(JWC:Joint Water Committee)は、限られた役割しか果たすことができず、問題解決には役立ちませんでした。そのため、オスロ合意後の政治的折衝が水紛争の状況にもたらした変化はわずかでした。さらに、気候変動が水紛争の状況を動かす新たな転機となりました。頻発する冬季の旱魃と中東全域の気温上昇への対策として、イスラエル政府は、2000年代に水の再生利用と脱塩の技術を急速に進歩させたのです。

その後、イスラエルは、西岸地区の継続的な占領に対する国際的な批判を緩和するという戦略的な目的で、西岸地区のパレスチナ人への水の供給量を増やしました。しかし、これはイスラエルとパレスチナの間の水分配の不公平性を緩和しませんでした。被占領地域で使用できる水の総量は依然として限られているので、パレスチナ人は、イスラエルの水会社から水を購入する必要があるのです。2006年以降のガザ地区の封鎖も、水関連施設の開発を妨げてきました。

錦田准教授は、水資源の不足は、政治権力の圧倒的な不均衡と結び付いて、流域の集団間での調整を困難にしている、と指摘し、平等な水の利用は、近代的な水利技術を利用した対等なパートナーどうしの協調を通じてのみ達成し得る、と結論づけました。

「アフガニスタンにおける旱魃、戦争、復興をめぐる国際政治のもつれあい ― 中村医師の灌漑事業の視点から見た素描」
清水展 関西大学政策創造学部特別任用教授

清水展教授は、ペシャワール会(PMS)を通じた中村哲医師のアフガニスタンでの活動に感化を受けたフィールド研究に基づいて、国際政治と開発に対するユニークな視点を提示しました。

アフガニスタンの近代史の簡潔な紹介として、清水教授は、ソ連が1979年にアフガニスタンに侵攻し、それに対して、米国がムジャヒディン(イスラム聖戦士)の指導者たちを支援したことを説明しました。その後、ソ連軍は1980年代後期に撤退し、タリバーン政権が樹立されました。東西冷戦の終了は、米国を唯一の超大国の地位へと押し上げました。しかし、米国の覇権は9/11同時多発テロの後に衰退し、それと並行して、全世界に対する中国の経済的な支配力が増大していきました。しかし、現在は、中国の急速な高齢化がこの経済発展を脅かしています。

清水教授は、1986年以降、中村医師がペシャワール会(PMS)を通じてアフガニスタンの人々に医療を提供してきたことを語りました。米国が2001年にアフガニスタンを空爆したとき、アフガニスタンは厳しい旱魃とそれに起因する食糧難に喘いでいました。この時期に、中村医師は、緊急食糧配給を開始しましたが、その後、活動の範囲を拡大し、同地で灌漑と農地回復の事業に乗り出しました。それだけでなく、ガンベリー砂漠のような地域における中村医師の「緑の大地計画」の活動は、現地の人々に雇用を提供し、人間の安全保障の事業としての役割も果たしたのです。

清水教授は、最後に、中村医師の開発思想は、草の根的な活動に深く根差しており、それがアフガニスタンの社会に大きな変革をもたらした、と指摘しました。医師として活動を開始した中村医師は、人道支援・開発援助の実践者へと転じたのです。活動と並行して、中村医師は、メディアや新聞に積極的に寄稿し、10冊を超える著書を執筆しました。しかし、2019年、アフガニスタンの人々の生活向上への献身によってアフガニスタン名誉市民権を授与されたその年に、中村医師は暗殺によって非業の死を遂げました。

パネル2: 質疑応答(Q&A)

イスラエルのゴラン高原と西岸地区の占領政策と水資源へのアクセスとの間の相関関係についての質問に答えて、錦田准教授は、イスラエルの占領政策は水資源が豊富な地域に高い優先順位を置いている、と述べました。たとえば、ゴラン高原や、西岸地区の丘陵上の入植地です。また、イスラエル政府は、法的な手続きに則って事を進めており、それによって土地と水資源の調達を正当化しています。その結果として、パレスチナ人がそのような水資源と土地に対する所有権を主張することは極めて困難となっています。

ボトムアップ的な人類学のアプローチは(国際関係論や政治学と比較して)、グローバルな検討課題にどのような貢献を果たしているかという質問に対して、清水教授は、国際政治学はトップダウンのプロセスであるのに対して、人類学はボトムアップを重視している、と答えました。教授は、国際情勢を軍隊に喩えるなら、人類学は戦場におけるゲリラ兵士に相当するだろう、と述べました。その点、人類学は柔軟性を備えており、物事に対してより絞り込んだ視点をとって細部から本質に迫ることができるので、問題に対する代替的なアプローチを示すことが可能です。

パネル3:南アジアにおける気候変動政治

「気候変動と民主主義 ― インド・ビハール州における水資源の管理とその政治的含意」
中溝和弥 京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科教授

中溝和弥教授は、南アジアで気候変動に関連して生じている問題を民主主義が解決し得るかという問いについて、インドのビハール州における現地調査に基づいて検証しました。南アジアのモンスーンには、到来する時期が不確実で、降水量の分布も偏っているという問題があり、そのためにこの地域はたびたび旱魃と洪水に見舞われています。過去の植民地時代には、それが原因で何度も飢饉が発生し、これを解決できない英国政府の不適切な政策に対する批判を招きました。そのため、水資源管理政策は、独立後のインド政府にとって重要な懸案事項となりました。

独立後のインドでは、政府がダムと堤防を建設する政策を精力的に推進しました。それにもかかわらず、モンスーンの不順によって引き起こされる旱魃と洪水は、解決されませんでした。最初の危機は1965~1966年に到来し、ビハール州では独立後初めて飢饉が宣言される事態に至りました。食糧危機は、農業政策の大幅な転換、すなわち緑の革命の導入にいたり、水資源の管理が一層切実な課題として浮上しました。既存の灌漑設備は緑の革命を推進するためには不十分であったため、新たに管井戸灌漑が導入されましたが、地下水位を急速に低下させる問題が生じました。

中溝教授は、インドにおける2000年以降の洪水被害の急増は地球温暖化の影響であるとも考えられるが、この点はさらに詳しく検証する必要がある、と論じました。教授の調査地であるビハール州北部の河川の集水域の多くはネパールとチベットに存在し、ビハール州は2012年以降、ほとんど毎年のように大規模な洪水に見舞われてきました。興味深いのは、暴れ川、もしくは「ビハールの悲哀」として知られるコシ河流域地帯は、伝統的に社会主義政党などの野党勢力が強く、1990年代にはインド国民会議派による支配を覆す原動力となったことです。

歴史を振り返ると、インドは不安定なアジアモンスーンが原因でたびたび甚大な苦難に見舞われており、政府の失策に対する反撥が英領期には独立運動を生み出し、独立後は、野党勢力の伸張や環境保護運動の展開に結びついてきました。現在も、新自由主義的な経済政策のもとでインフラ整備に重点を置く政策が継続されていますが、インドの民主主義は、依然としてより良い未来のために政府を批判する場を提供しており、したがって、気候変動の問題を解決する潜在的可能性を持っている、と中溝教授は結論づけました。

「カシミール紛争における気候リスクとその政治的影響」
永野和茂 立教大学大学院博士課程

永野和茂氏は、気候変動によって誘発された事変に起因する近年のカシミールの諸問題を調査し、紛争地域における新しい気候リスクが政治に対して中長期的に及ぼす影響を分析しました。永野氏は、知見を広げるために、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の枠組みを使用して、カシミールの紛争地域内において気象が及ぼす影響のリスクを評価しました。

永野氏は、カシミールでは伝統的および非伝統的の両方の安全保障リスクが生じている、と述べました。伝統的なリスクとは、インドとパキスタンの間およびインドと中国の間の領土と国境をめぐる紛争のことです。非伝統的なリスクとは、特に1990年代以降に生じた人間の安全保障の問題であり、それが社会紛争の長期化を招いています。それに加えて、異常気象によって誘発された自然災害がカシミールの新しいリスクとして出現し、政治的な混乱を増幅させています。実際、カシミール・ヒマラヤの生態系に関するいくつかの調査は、この地域が気候変動のホットスポットである、と報告しています。

永野氏は、論点を具体的に示す事例として、2014年にカシミール渓谷で発生した洪水災害を挙げました。この洪水による被害は、州政府が適切な救援措置を提供しなかったことで著しく悪化しました。さらに、軍隊と地域住民の衝突、越境救援活動の欠如、そして人道援助要員の現地立ち入りが制限されたことによって、状況はいっそう深刻化しました。

2014年のカシミール洪水の後、ジャンムー・カシミール民族協議会(NC)が主導する州政府に向けられた住民の怒りは増大しました。州議会選挙の結果、ジャンムー・カシミール国民民主党(PDP)とインド人民党(BJP)の連立政権が2015年に発足しました。しかし、この連立も、2018年にBJPが政権から脱退することで崩壊しました。その後、カシミール州には知事統治と大統領統治が適用されました。その後、カシミールの政治的運命はさらに変転します。2019年に、BJPが率いる中央政府は、インド憲法によってカシミールに与えられていた特別な地位を撤廃し、同州を2つの新たな連邦直轄領に分割したのです。この決定は、隣接国であるパキスタンおよび中国との間に外交的緊張を引き起こしました。

結びとして、永野氏は、カシミールのような政治的に困難な状況にある地域で気候変動が引き起こす自然災害のリスクを検証する強い必要性を訴えました。

パネル3: 質疑応答(Q&A)

水が乏しい地域において、インフラ開発の結果として生じる森林破壊と大規模伐採に関する質問を受けて、中溝教授は、インド政府は、生態学的に脆弱なヒマーラヤ山岳地帯に非常に多くのダムを建設する計画を持っている、と回答しました。インドでは、ダム建設だけで、独立以来ほぼ4000万人が立ち退きを強いられたと推定されており、その大半は森林地帯に居住する先住民(山の民)です。環境運動は、主として1980年代以降、インドにおけるそのような巨大ダムの建設に反対してきました。さらに、ヒマーラヤ山系の河川は多量の沈泥を運ぶため、ヒマーラヤ山岳地帯にそのようなダムを建設しても、本当に治水効果が得られるかどうかは定かではありません。しかし、これが南アジアで現在進行中の状況であり、現時点ではまだ明確な解決策は存在しない、と述べて、教授は回答を結びました。

永野氏は、質問に答えて、カシミール・ヒマラヤの地勢は複雑であり、巨大な氷河湖を擁しており、現在、気温の上昇が生じているほか、高地の生態系と生物多様性は脆弱である、と述べました。調査研究が示すところでは、カシミール渓谷の年平均気温は過去50年間にわたって上昇しており、年間降水量も減少傾向にあります。人為的な環境改変と自然に生じた変化が2014年のカシミール洪水の一因でもありました。このような現在進行中の気候リスクに対処していく必要があるのです。

全体討論

インドは、発展指向型国家とエコロジー的近代化というテーマを、どのようにマハトマ・ガンディーのスワラージ(自治)のイデオロギーと折り合わせてきたかという問題について、中溝教授は、社会運動がガンディーの哲学を取り入れた一方で、インド政府はガンディーの理想を放棄してしまった、と述べました。竹中教授はさらに付言して、ヒンドゥー右派の現BJP政権は、自由主義的な市場経済に完全に傾注しており、スワラージは単なるレトリックになっている、と指摘しました。一方、藤原教授は、農耕社会とアンチモダニストのレトリックの組み合わせは、一筋縄ではいかない問題である、とコメントしました。国境にまたがる水資源の平和的な共有という問題への回答として、チョータニ氏は、インドと中国にまたがってヒマラヤを横断している支流に関する調査を行った結果、両国間に拘束力のある水利権協定が存在せず、また中国が国際紛争の解決を公式に拒否している状況であり、現時点では、まだそれに代わる政策案が見つかっていないことが判明した、と述べました。

エコロジーの問題の解決に貢献できるアクターの種類に関して、錦田准教授は、中東における環境調整に関連して、水は死活問題である以上、各国は支配的地位を占めたいと考えるが、正式な合意が存在しない場合、排除されたアクターはあまり恩恵を受けられない、と指摘しました。竹中教授は、世界は、地球規模の危機を覇権主義的な方法で解決することは不可能であり、あらゆるレベルで熟慮に基づく理解と合意に基づく意思決定を必要としている、という見解を述べました。藤原教授は、通常、主たるアクターは国家であろうが、国は重要な課題を棚上げにしがちであるから、そのような場面でこそ国家以外の主体が果たすべき役割が出現する、と付け加えました。和田教授は、自らの経験に基づいて、永続的な解決策に到達するには、国と被害住民が協力し合う必要がある、と指摘しました。ヘン教授は、質問に答えて、人間の安全保障に関する議論が気候変動の影響への対処にも適用できることに同意しましたが、人間の安全保障への批判はそれが曖昧な概念であることによる、と指摘しました。その代わりに、「人類の存続に関わるリスク」という概念こそが、政策上の注目と切迫感を生み出し得るのであり、その注目と切迫感は国の短期的な思惑を超えて存続することができる、としました。

=Panel 1 : Analysis of the climate change politics=


=Panel 2 : Water management in the conflict-affected areas=


=Panel 3 : Climate change politics in South Asia=


=A Wrap-up Session=