VRでアンコンシャス・バイアスへの気づきを促せるか?:子育てを取り巻く仕事環境を考えるワークショッププロジェクト

  • 日程:
    2022年03月03日(木)
  • 時間:
    13:00-15:00
  • 会場:
    オンライン(Zoomウェビナー)
  • 主催:

    東京大学未来ビジョン研究センター

  • 共催:

    超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム アフェクティブメディアWG
    株式会社SoW Insight
    JSTムーンショット研究開発事業「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」

  • 参加費:

    無料

  • 参加申込み:

    要事前申込み。お申込みの方に、開催前日に事務局よりZoomURLをメールでお送りします。
    参加をご希望の方は、下記の申込フォームからお申込みください。

定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

人は誰しもが無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)を持っています。
特にジェンダーに関するアンコンシャス・バイアスは社会や企業において、子育て世代における職場での活躍を阻害する要因となっていることが多々あります。現代は共働きの増加や男性の育児参加・取得の推奨、テレワークの増加など、子育てに関わる状況は大きく変化しています。それにもかかわらず、子育て経験の有無や世代間ギャップにより、自らのバイアスに気づくことは容易ではありません。
本プロジェクトでは、バーチャル・リアリティ(VR)を用いて他者の追体験を行うことで共感を促進することが、アンコンシャス・バイアスへの気づきと、適切な職場コミュニケーションを促すことにつながるという考えのもと、ダイバーシティ研修プログラムに使えるVRコンテンツとそれを対話へとつなげるワークショッププログラムの構築を目指しています。本イベントでは、実際のVRコンテンツや得られた知見を紹介するとともに、今後の課題について参加者の皆さんと一緒に考えていきます。

プログラム
  • 13:00
    開会挨拶

    城山英明(東京大学未来ビジョン研究センターセンター長・教授)

  • 13:05
    プロジェクトに関する話題提供

    「ダイバーシティ&インクルージョンとアンコンシャス・バイアス」
    中条 薫(東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員/株式会社SoW Insight代表取締役社長)

    「VRは究極の共感マシンなのか?」
    畑田裕二(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 博士課程)

    「本プロジェクトのVRコンテンツの紹介」
    工藤 龍(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 修士課程)

  • 14:05
    話題提供に関するコメント

    大羽真由(経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室 係長)

  • 14:15
    パネルディスカッションと質疑応答

    <パネリスト>
    大羽真由(経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室 係長)
    工藤 龍(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 修士課程)
    中条 薫(東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員/株式会社SoW Insight)
    鳴海拓志(東京大学大学院情報理工系研究科 准教授)
    畑田裕二(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 博士課程)

    <司会>
    江間有沙(東京大学未来ビジョン研究センター 准教授)

問合せ先

東京大学未来ビジョン研究センター
技術ガバナンス研究ユニット事務局
メール:ifi_tg★ifi.u-tokyo.ac.jp(★→@に置き換えてください)

2022年3月3日、「VRでアンコンシャス・バイアスへの気づきを促せるか?:子育てを取り巻く仕事環境を考えるワークショッププロジェクト」と題してオンラインイベントが開催されました。以下、当日の概要をお伝えします。

 最初に東京大学未来ビジョン研究センターの城山英明センター長より開会の挨拶をいただきました。東京大学においてもダイバーシティ&インクルージョンD&Iが現総長のもと重要課題として取り上げられている中、東大の中においても働きやすい職場や研究環境についての議論が行われています。そのため、今後も東大内における男女共同参画室などとも連携しながら、D&Iについても研究や活動を進めていくことの重要性が示されました。
また合意形成の手法としてはグループディスカッションなどがありますが、立場の違うステークホルダー間の相互理解を深めるツールとしてのVRの可能性と課題について、本イベントを通して考えていきたいとコメントされました。

プロジェクトに関する話題提供


 初めに、今回のプロジェクトに関してプロジェクトメンバーの三名から話題提供が行われました。
①「ダイバーシティ&インクルージョンとアンコンシャス・バイアス」
中条 薫(東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員/株式会社SoW Insight代表取締役社長)
 最初の中条氏の発表では、アンコンシャス・バイアスの原因・アンコンシャス・バイアスの現状・ワークショップの紹介、という三つの観点からお話がありました。

 初めは、人がアンコンシャス・バイアスを持ってしまう原因についてのお話でした。人間の思考方法は、①論理的で整理されているが、遅い思考、②自動的で速い思考の二つに主に分けられます。そして、五感から入力される大量の情報の多くは2番目のプロセスにより、無意識のうちに処理されています。その際、効率的に情報を処理するために無意識下で分類が行われており、それが現実を単純化しアンコンシャス・バイアスにつながる、とのことでした。また、アンコンシャス・バイアスの具体例として、確証バイアス・正常性バイアス・集団同調性バイアス等、多くの現象を紹介いただきました。

 続いては、アンコンシャス・バイアスの現状についてデータを用いた説明でした。令和3年9月に公開された内閣府男女共同参画局のアンケート調査のデータが元となっています。例えば「共働きでも男性は家庭より仕事を優先するべきだ」という質問に対しては、男性で29.8%、女性で23.8%が肯定的な回答をしており、男性の方が割合が大きくなっています。また、「育児期間中の女性は重要な仕事を担当するべきではない」という質問に対しては、男女ともに30%以上が肯定的な回答をしており、性別を問わないバイアスの存在も示唆されました。

出展:令和3年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究、内閣府男女共同参画局(https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/pdf/seibetsu_r03/02.pdf)より中条が作成

 最後に、今回のプロジェクトで取り組んでいるワークショップの概要の説明がありました。子育てをしながら働くワーキングペアレントにインタビューを行なった結果、「子供や周囲への罪悪感」「理想の子育てや働き方は十人十色」といった特徴があることが判明しました。それを踏まえ、ワークショップは一つの正解を提示するのではなく、それぞれの状況に合わせた解決策を模索してもらうために、議論を促進することを目的としています。これを達成するために、部下に仕事をふる上司目線の体験・子供を見ながら働かなければならない部下であるワーキングペアレント目線の体験の二つを組み合わせて、相互理解を促進する、とのことでした。

②「VRは究極の共感マシンなのか?」
畑田 裕二(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 博士課程)
 続いての畑田氏の発表では、VRと共感について学術的な視点からの情報提供がありました。

 初めは、VRと共感をめぐる学問的な背景についてです。元々心理学で、ステレオタイプの軽減や相手の理解を目指して、相手の視点から物事を見ようとするパースペクティブテイキングというものが研究されてきました。これは具体的には、想像してエッセイを書いてみる・ロールプレイをするといった方法で行われてきました。そこに登場したのがVRです。VRは臨場感の提示・自分とは異なるアバタを自分の体のように動かせるエンボディメントという二つの特性があり、これがパースペクティブテイキングの研究に使えるのではないか、ということで注目されているとのことでした。

 続いては、現時点で判明しているVRでできることと限界についてでした。まず、そもそも共感自体が情動的共感・認知的共感の二つに分けられます。情動的共感はその名の通り相手の状況に対しての情動的・感情的な反応で、相手が痛がっているのをみて顔をしかめるなどが該当します。一方認知的共感は、相手だったらどう考えるかなど、意識的に相手の思考プロセスをシミュレーションすることです。VRによるパースペクティブテイキングでは、情動的共感は促せても認知的共感には至らないのではないか、ということが言われているようでした。また、臓器提供をテーマとした実験をもとに、VRを通して自分ごととして捉え過ぎた結果、自分の身を守る意識が高まり他者へ貢献しようという意識が低下するのではないか。すなわち、ただVRを使えば良いのではなく、工夫しないと逆効果になる可能性もある、という指摘がありました。

 また、それを踏まえて考えられるデザインの工夫についての話が続きました。まず、複数の立場を体験するデザインについてです。例として、警察官と、誤って逮捕される黒人男性の視点を、1人の参加者が両方とも交互に行う研究が紹介されました。2つの異なる立場を交互に自分で両方とも体験することでより深い理解に繋がり、他者へ貢献するような行動が増えるのではないか、ということが言われているようです。さらに、触覚のフィードバックなどを充実させることでより高いレベルの没入感を生起でき、それが効果の向上につながるのではないか、という指摘がありました。

 最後に、これから検討すべき問題について説明がありました。主に四つあり、①ゴーグルをただ被せれば良いというものではないため、体験の内容等含めて工夫していく必要がある、②子育ての辛さを強調しすぎると逆効果になりうるのではないか、③従来のワークショップとは異なるVRならではの要素を生かす必要がある、④共感や行動の繋がりや、共感の測定方法等、周辺の概念を整理する必要がある、とのことでした。

③「本プロジェクトのVRコンテンツの紹介」
工藤 龍(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 修士課程)
 3人目の工藤氏の発表は、ワークショップで用いるVRコンテンツの紹介でした。

 まず、コンテンツ全体の流れの紹介がありました。全体としては、①オフィスシーン②家シーンの大きく二つに分かれています。①オフィスシーンでは、ワーキングペアレントを部下にもつ上司目線で体験が進みます。夕方、緊急で終わらせなくてはいけない仕事が発生します。しかし、その仕事ができるのは部下であるワーキングペアレントだけです。そこで、ワーキングペアレントへ仕事を急遽やってもらうよう依頼メールを送信します。②家シーンでは、先程の上司の部下であるワーキングペアレント目線で体験が進みます。家に帰り2歳の子どもと食事をしていると、メールが届きます。見てみると、先程自分が上司として送信した仕事の依頼メールです。仕事を進めようとしますが、子どもが歩き回ったり、水をこぼしたりしてしまい、なかなか仕事が進まない、という状況で体験は終了します。

 加えて、コンテンツのポイントとして、二つの視点から体験することで相互理解を促すものになっていることや、今後は子どもからのインタラクションを増やしてよりプレッシャーを増加させたい、とのことでした。

 続いて、話題提供に対して経済産業省の大羽氏よりコメントをいただきました。
④「話題提供に関するコメント」
大羽 真由(経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室 係長)

 VRを用いた本プロジェクトに期待している理由には、VRならではのパースペクティブテイキングができること、コロナ禍においてより効果的な研修が求められていることがある、とのことでした。

 また、日本のジェンダーギャップの状況についてもデータを交えて情報提供いただきました。日本では特に管理職や役員の女性比率が他国と比べて大幅に少なく昇進のパイプラインに問題があることや、出産前後に半数程度の働く女性が仕事と育児の両立に困難を感じて退職しておりそこも問題となっていること等が指摘されました。それらを踏まえ、問題を解決するには、その糸口として皆が自分の持っているバイアスを認識して行動を変えていくことが必要である、とのことでした。

パネルディスカッション


 後半では、東京大学未来ビジョン研究センターの江間有沙氏の司会のもと、前半の情報提供を踏まえてパネルディスカッションが行われました。4つのトピックに分けて紹介します。

上段左から、畑田、工藤、江間、中条
下段左から、大羽、城山、鳴海

①鳴海拓志氏自己紹介
 初めに本プロジェクトに参加している東京大学大学院情報理工学系研究科の鳴海拓志氏より自己紹介がありました。自身も子育てをしている身であることを踏まえ子育てをしてみて初めてさまざまなバイアスに気がついたことや、今回のプロジェクトでは唯一の正解はなく、子育て経験者と未経験者の溝を埋めるためにワークショップ全体を設計する必要がある、といった話がありました。

②プロジェクトを進める中での気づき
 続いて、プロジェクトを進める中で気がついたことについて、中条氏よりコメントがありました。一つ目がリモートワークの普及で、コロナ禍に伴って普及したリモートワークで、それに伴い育児と仕事の両立がし易くなった反面、新たな摩擦が生じているとのことでした。二つ目が、世代間の意識の違いです。自身の経験と比較し、若い世代では男性も育児に積極的であるなど、意識が変わりつつあることが挙げられました。

③VRにできること・その限界
 また、VRで生起できる共感とその限界について、鳴海氏・畑田氏よりコメントがありました。まず鳴海氏より、VRで体験をするだけで全てわかった気になってしまうことは問題であり、それを回避するために前後の議論も含めて体験だけでは見えてこない要素についても想像力を広げてもらう必要がある、という指摘がありました。続いての畑田氏のコメントでは、VRで体験できるものは相手の世界そのものではあり得ず、相手の経験を推測するためのきっかけに過ぎない。そのため、他の要素と組み合わせを考慮しつつVRの特性を活かせる使い方を模索する必要がある、とのことでした。

④コラボレーションの重要性
 さらに、プロジェクトを進めていく上での他分野のコラボレーションの重要性についての話がありました。子育てや働き方は多様であり、その視点を維持するためにさまざまな人の意見を聞く必要があること、体験自体の設計には工学のみならず心理学の知見が欠かせないことが指摘されました。また企業でワークショップを実施する際に関わることになる人事や参加者といった多様なステークホルダーの意見も重要であることなど、複数の視点から協力の重要性が指摘されました。

おわりに
 今回のイベントのタイトルは「VRでアンコンシャス・バイアスへの気づきを促せるか?」でした。しかし、ディスカッションからはVRだけではアンコンシャス・バイアスに気がつくことは難しく、振り返りのワークショップや、様々な分野や立場の人との協力の重要性が浮かび上がりました。今後もVRコンテンツの充実とワークショップの展開を様々な方々と協力しながら推進していく予定です。