SSUフォーラム「米中技術競争へのアプローチ:メディア研究と社会学の視点から」

  • 日程:
    2022年03月15日(火)
  • 時間:
    9:00-10:30 (JST)
  • 会場:
    ZOOMウェビナーでのオンライン開催となります
    ご登録完了後、会議前日に事務局より招待URLをお送りします
  • 言語:

    英語(日本語による同時通訳あり)

  • 主催:

    東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット

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定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

先端技術分野における米国と中国の競争は、近年、激しさを増しており、関連トピックに関する研究も続々と出版されている。特に、政治学・国際関係・経済学分野においては、「エコノミックステイトクラフト」、「サプライチェーンデカップリング」のようなキー概念の再検討も進んでおり、成果の蓄積が著しい。他方、その他の社会科学諸分野での研究が議論される機会は少ない。そこで、今回のセミナーでは、特にデータガバナンスと次世代自動車技術に関するメディア研究と社会学の成果の一旦を紹介し、より学際的なアプローチの可能性について、日米の著名な研究者が多角的視点から議論する。

登壇者

基調報告者:アイニー・コーカス(ヴァージニア大学メディア研究学部准教授)
基調報告者:中嶋 聖雄(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)
討論者:デイビッド・レーニー(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)
司会:藤原 帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

2022年3月15日、東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニットは「米中技術競争へのアプローチ:メディア研究と社会学の視点から」と題する公開ウェビナーを主催しました。藤原帰一教授(安全保障研究ユニット長)が司会を務めました。

アイニー・コーカス准教授(ヴァージニア大学)が最初の基調講演を行いました。中国が中央集権的なデータガバナンス・モデルを実現する上で、「データ・トラフィッキング(data trafficking)」とコーカス准教授が呼ぶ現象を通じ、米国の断片化したデータ政策がいかに寄与してきたかについて説明しました。データ・トラフィッキングのプロセスは、消費者が自発的に自分のデータを企業に提供してしまうところから始まります。その後、蓄積されたデータは、消費者が知ることも同意することもないまま、おそらく第三者との間で共有もしくは転送されて、企業は対価として金銭的利益を得るのです。コーカス准教授は、ユーザーの全面的な同意なく国境を越えるデータ転送ができないようにしている日本のセキュリティ関連法を評価しつつ、一方で大半の国々は、日本のような技術的見識がないため、代わりに中国または米国の製品・サービスに依存せざるをえず、データ・トラフィッキングのシステムに自国をさらす結果になっていると指摘しました。

米国では、規制による監督が限定的であるためデータ・トラフィッキングが可能となり、結果としてデータの私有化が効果的に行われてしまっています。そうしたデータ独占に反対する政治的要求が連邦議会や行政機関からあがっているものの、データ共有の継続によってより良いサービスを享受できるというユーザーへのインセンティブが効いているために、データ独占に反対する政治的な力が効果を発揮できずにいます。これら技術企業のビジネスモデルは、ユーザー数が増え続けることに依存しています。新規ユーザーの獲得による成長の追求が、こうした企業を中国市場へ向かわせていますが、中国は、サイバー主権を主張し、データおよび技術インフラを厳格にコントロールすることによってデジタル国境を定義・保護しています。中国市場にアクセスすればユーザーのプライバシーが犠牲になる訳ですが、米国企業は、この交換条件を進んで受け入れてきたのです。

続いて中嶋聖雄教授が基調報告を行いました。中嶋教授は、技術競争の関係当事者(アクター)を理解するための社会学的枠組みについて述べました。国際情勢を国家間の関係として捉えるよりも、むしろ、分野(フィールド)間の関係に注目する枠組みです。中嶋教授は、あるフィールドのアクターが、そのフィールドについて共有された理解に基づいて、互いに相互作用する様を捉える「戦略的行為フィールド理論」を用いて、「既存勢力(incumbents)」と「新興勢力(challengers)」との関係について理解を図っています。国レベルでいえば、米国が「既存勢力」、中国が「新興勢力」に当たります。「フィールド」レベルでいえば、「新興勢力」は既に地位を確立しているアクター(自動車産業を例にとるなら大手自動車メーカー)、「新興勢力」は新規参入企業(Tesla、Nioなど)です。こうしたアクターの利害関係や行動は、国境や国家にとっての利害と必ずしも一致している訳ではないため、個人・組織のいずれの場合でも、目標およびその達成のための行為手段を明確に打ち出す能力が重要になります。

また、フィールド間で生じる相互作用も重要です。中嶋教授は、2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件を例にとり、事故後に中国が希土類鉱物の輸出を停止したことから、国家間の安全保障上の危機によって、自動車産業に大きな影響が及んだことを示しました。中国からの輸出への依存を日本の経済安全保障上の「脅威」と捉えることは、「脅威あるいは機会の集合的構築/帰属(the collective construction of threat or opportunity)」を表わしており、この脅威に対して、希土類鉱物の将来供給を確保するために予算的リソースを配分する日本政府の能力は、組織レベルで資源を動員する「社会的アプロプリエーション(social appropriation)」にあたります。さらに、企業が希土類鉱物の新たな調達先を開拓したことは、これらのアクターが「イノベーティブな行為(innovative action)」によって、その利益を守ろうとしたことを物語っています。これらのプロセスを全体として見ると、国家間の関係とフィールド間の関係が相互作用し、個別のフィールドやアクターの枠を超えて、様々なアクターの行動に影響を及ぼしていることが分かります。

この説明を現在の米中間の緊張関係に応用し、「中国の自動車産業」と「米国の自動車産業」との競争というような捉え方をするのではなく、自動車業界を全体として捉えた上で、新規参入企業や新興勢力の存在とその相互作用のあり方を検討する方がよいと、中嶋教授は論じました。そうすることで、各アクターの行動を状況に沿ってより適切に説明できるだけでなく、日本の状況を捉え直すのにも適用できます。日本の既存のアクター(自動車産業など)が、中国や米国の新規参入企業や新興勢力に対して持っている強みを認識することで、現在ふたつの大国の狭間で比較的弱い立場に立たされ、「ミドルパワー」として見られている日本の状況を見つめ直すのです。
デイビッド・レーニー教授(早稲田大学)は、ふたつの基調講演に関するコメントの中で、規制が緩い米国モデルでは、中国の中央集権モデルにはとてもかなわないと指摘しました。また、中嶋教授の研究に対しては、この米中技術競争の問題をより微妙な視点から浮かび上がらせ、国家は必ずしも最重要のアクターではないこと、たとえ国家がアクターに決定的な影響を及ぼす存在であるとしても、その利害の構成を含めて、様々なアクターをより広く捉えるべきであることを示すものであるとして称賛しました。しかし、国家には政治的・経済的圧力への対応以外にも多くの役割があることから、利害の構成を重視し過ぎると、国家の役割を過小評価することになるのではないかと、疑問を呈しました。加えて、国家の情報能力には盲点があり、それが国家の行動に大きな影響を及ぼす可能性についても指摘しました。

続く質疑応答で、コーカス准教授は、個々のユーザーに対するリスクレベルは限定的であり、真に大きなリスクはAI能力の開発や類似のイノベーションにあると語りました。データ・トラフィッキングは、(個人よりも)企業に対するリスクの方が大きく、また、昨今政治と軍事技術の融合に中国が取り組んでいることから、戦略地政学的リスクも大きくなっています。ユーザーについていえば、より長期的視点から懸念されるのは、「デジタル・レジグネイション(digital resignation)」です。これは、ユーザーにとっての主たる関心事が使いやすさにしかないため、データ・コントロールの問題をユーザーが完全放棄してしまうことです。データ・トラフィッキングに代わるものとして、コーカス准教授は、データの「安定化」というアイデアを提示しました。重大事象報告、監督、しっかりした消費者規制など、個別の小さな方策を組み合わせ、全体としてデータ管理の向上を図り、データ・トラフィッキングへの解決策とするのです。データ管理を単独で管轄する民間、公的、あるいは制度化された機関は存在しないため、消費者の同意と世界的なコンセンサスが無い状態で、ガバナンスを効かせようとするためには、多層的かつ漸進的な取り組みでなければならないのです。

=SSU Forum=