SSUフォーラム「人権と国家」

  • 日程:
    2022年07月06日(水)
  • 時間:
    16:30-18:00
  • 会場:
    ZOOMウェビナーでのオンライン開催となります
    ご登録完了後、会議前日に事務局より招待URLをお送りします
  • 言語:

    日本語

  • 主催:

    東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット

    ※未来ビジョン研究センターは、本イベントのZoom URL情報を提供するため、また、今後の活動についての情報を提供するため皆様の個人情報を収集させていただいております。この情報はいかなる第三者にも開示いたしません。

定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

誰もが当然持つものと考えられている人権ですが、その普遍性が認められ、人権侵害が起これば国際社会が動かなければならないと考えられるようになったのは比較的最近のことです。理想と現実の間で揺れ動きながら、内政干渉を嫌う国家の抵抗を乗り越えて、いかにして人権は国際規範になったのか?また国際人権の仕組みはどの程度各国での人権実践の向上に役立ってきたのか?そして人権外交や人権デューデリジェンスが叫ばれる日本で今必要とされる「人権力」とは何か?ロシアの侵略、ポピュリズムの台頭などの人権規範を蝕む新たな問題も取り上げながら、これらの問題について議論を深めたいと思います。

登壇者略歴

講演者:筒井清輝 
1971年東京生まれ。2002年スタンフォード大学Ph.D.、ミシガン大学社会学部教授、同大日本研究センター所長、同大ドニア人権センター所長などを経て、現在、スタンフォード大学社会学部教授、同大ヘンリ・H &トモエ・タカハシ記念講座教授、同大アジア太平洋研究センタージャパンプログラム所長、同大フリーマンスポグリ国際研究所シニアフェロー、東京財団政策研究所研究主幹。最新著は『人権と国家―理念の力と国際政治の現実』(岩波新書:2022年)。

討論者:庄司香 
学習院大学法学部政治学科教授。アメリカの政党、選挙制度、市民運動を研究テーマとしている。2008年から学習院大学で教鞭をとる傍ら、2015年から2019年まで公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本理事長を務め、2019年には内閣府男女共同参画局「諸外国における政治分野への女性の参画に関する調査研究プロジェクト」の委員を務めた。東京大学にて法学学士、修士号(法学)を取得。2013年にコロンビア大学政治学Ph.D.を取得。

討論者:彦谷貴子 
学習院大学国際センター教授、アジア・ソサエティ政策研究所シニアフェロー(東京)、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略学部客員教授を兼任(2021年春学期) 。2016年から2021年まで、コロンビア大学政治学部准教授(現代日本政治・外交政策担当)を務める。政軍関係や日本の国内政治、日本の外交政策、比較政軍関係を中心に研究している。

司会:佐橋亮 
東京大学東洋文化研究所准教授。専攻は国際政治学、とくに米中関係、東アジアの国際関係、秩序論。イリノイ大学政治学科留学を経て、国際基督教大学教養学部卒。東京大学大学院博士課程修了、博士(法学)。オーストラリア国立大学博士研究員、東京大学特任助教、神奈川大学法学部准教授、同教授を経て、2019年から現職。2019年7月より東京大学未来ビジョン研究センター准教授(兼務)。スタンフォード大学アジア太平洋研究センター客員准教授、ジャーマン・マーシャル・ファンド研究員、参議院客員調査員などを歴任。

第二次世界大戦(WWII)以降、国際社会は人権の擁護・促進に関して、大きな進歩を遂げました。人権はいかにして国際規範となったのでしょうか。国際的な人権体制が整備されれば、各国は自国の統治権を制約されかねないにもかかわらず、なぜ、その確立に尽力したのでしょうか。グローバルな人権という理念や制度は、どの程度政府の外交に影響を及ぼし、各国の人権実践を向上させたのでしょうか。スタンフォード大学社会学部の筒井清輝教授の新著『人権と国家―理念の力と国際政治の現実』では、主にこのような疑問に答えています。

7月6日、東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニットは、筒井清輝教授をお迎えし、基調講演として人権に関する新著についてお話しいただきました。筒井教授のスピーチの後、彦谷貴子教授と庄司香教授(共に学習院大学)が議論に加わり、その後、聴衆から質問を募りました。同フォーラムでは、佐橋亮准教授(東京大学東洋文化研究所)が司会を務めました。

基調講演

筒井教授はまず初めに人権の歴史を紹介しました。啓蒙主義において「共感(empathy)」—他者の痛みや苦しみを認識・理解する能力—がますます重視されるようになり、こうした考えに触発されて初期の人権運動、拷問や奴隷貿易の廃止を求める運動や、女性の平等を求める闘いなどが生まれてきたことを論じました。そうした動きに各国政府は抵抗しましたが、自らの権力を正当化するために、徐々に妥協せざるを得なくなりました。筒井教授は、その一例として、戦時の女性の貢献が大きかったために、西洋諸国の政府は、女性への差別的待遇を正当化できなくなり、女性に参政権を与えざるを得なくなった経緯に触れています。

続いて、人権の歴史を辿り、普遍的な人権という概念が広まるには、国連総会による1948年の『世界人権宣言』の採択を待たねばならなかったことを論じました。1960年代になり、各種の人権条約が作られると、各国政府は先を争うようにして批准しましたが、多くの政府は実際にはこれらの条約に従うつもりはなかったと、筒井教授は見ています。教授の説明によると、冷戦中、これら人権諸条約には実効性がないと各国は見なしていたのです。なぜなら、違反があったとしても、問題は米ソ間の政治競争へと転化してしまい、制裁措置も効果がなくなるだろうと考えていたからです。

しかしながら、そこにパラドックスが生まれます。各国は、それがどういう結果を招くかを考慮せずに、人権の尊重を誓約する条約に批准しました。こうして締約国の数が膨れ上がったために、世界における人権の正統性は高まり、市民社会は、人権実践を改善するよう国家に圧力をかける力を得たのです。やがて冷戦が終わると、結果を考慮せずに人権の保護を約束した諸国家は、もはや冷戦の政治的駆け引きを利用してその責を逃れることができなくなり、人権条約への違反がもたらす結果に直面せざるを得なくなりました。しかしながら、人権がこれほど進展した今日の世界においても、独裁政権や非リベラルなポピュリズムの台頭による反動に注意しなければならないと、筒井教授は警告します。

第二次世界大戦後の時代における国際人権体制の実効性を評価し、筒井教授は、各種の人権条約は効果がないように見えるかもしれないと論じます。実際、これまで多くの大規模な人権侵害を防止できなかったからです。「しかし」と教授は続けます。人権体制は、一歩一歩、改善を積み重ねるというやり方で、小規模ながら少しずつ人権状況を向上させてきました。例えば、国連の人権機関からの圧力により、日本政府は、先住アイヌ民族や在日韓国・朝鮮人など、国内少数民族の人権に関する懸念に対処せざるを得なくなりました。

結論として、教授は人権の未来に関する考えを述べました。第一は、例え(遵守する意志をもたない)偽善の約束であったとしても、人権条約に批准し、人権の保護を誓うことは、何も約束しないよりはましだということです。規範というものは、時間の経過とともに根づいていくものだからです。第二に、人権実践を向上させるよう国家に圧力をかけるうえで、市民社会が極めて重要であるという点です。最後に、米国は国内の政治的分断のために身動きが取れず、西欧はロシアとの対立に気を取られていることを考えると、日本には現在、グローバルなルールづくりと人権の進展におけるリーダーシップをとるチャンスがあるという点です。

パネルディスカッションおよび質疑応答

筒井教授の発表の後、彦谷貴子教授と庄司香教授が議論に加わりました。議論の焦点となったのは、筒井教授の書籍で論じられているコンセプトのひとつ「人権のヴァナキュラー化(vernacularization)」、すなわち、国際人権規範を現地の文化的・歴史的コンテキストに沿って解釈するプロセスでした。庄司教授は、人権のヴァナキュラー化はどこまで可能かについて疑問を呈しました(例えば、日本の夫婦別姓や死刑の制度の存置、米国における銃の所持も人権のヴァナキュラー化で説明できてしまうのか、そうであるならば人権概念の内容も変質していく可能性があるのではないかなど)。彦谷教授は、日本の外交政策という視点から考察を加えました。日本政府には、従来自国の価値観を他国に押し付けることを避けようとする傾向があるがそのような日本が、グローバルな人権状況を大きく変えようとする西洋の期待に、どうすれば応えることができるのかが課題であると指摘しました。これに対し、「人権のヴァナキュラー化」は、特定の社会的状況下では人権規範を進展させるうえで実用的かつ有益な場合があるが、その重要性を強調し過ぎると、文化相対主義に陥ってしまう可能性があると筒井教授は指摘しました。そこからさらに議論を進め、日本は外交的影響力を用いて、人権問題を抱える国々に行動を改めるよう圧力をかけ続けると同時に、人権年次報告書の作成に着手するなど、アジアにおける人権上の課題に対処する積極的な取り組みを行うべきだと、筒井教授は提言しました。

また、日本の市民社会では、人権は少数の政治的左翼の訴えであると多くの市民が今も認識していることに触れ、そうした市民社会が、どうすれば自国の人権実践の向上を支援できるのか、といった問題も議論の的となりました。その部分においては、筒井教授は民間セクターやますます進歩的になる若年世代に期待を寄せており、日本における意識啓発を図り、人権運動を推進する役割を担って欲しいと語りました。

また筒井教授には、人権上の課題を捉える日本政府の現在のやり方、コロナ禍でのワクチン接種やマスクという文脈での「権利」、民主主義制度と人権の関係など、パネルディスカッションおよび質疑応答で取り上げられたその他のトピックにも回答いただきました。

※本フォーラムは、外務省の外交・安全保障調査研究事業費補助金により開催いたしました。

=SSU Forum= Part1


=SSU Forum= Part2