SSUフォーラム「地経学アクターとしての日本:大国間競争における舵取りとは」

  • 日程:
    2022年07月28日(木)
  • 時間:
    16:00-17:30
  • 会場:
    ZOOMウェビナーでのオンライン開催となります
    ご登録完了後、会議前日に事務局より招待URLをお送りします
  • 言語:

    英語(日本語による同時通訳あり)

  • 主催・共催:

    東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット

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定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

地経学的戦略は、長い間、ステートクラフトにおける重要な要素でした。近年、米中の大国間競争において、両国が経済力や経済的手段を行使する意思を強めていることから、その重要性はさらに高まっています。戦後日本は地経学とどのように向き合ってきたでしょうか。地政学的アクターとしてどのような役割を果たしているでしょうか。また、より効果的な地経学的アクターになるためには、何が求められるでしょうか。このセミナーでは、ロシアのウクライナ侵攻に見られるようにグローバルな地政学的環境が変貌を遂げる中、日本に求められる役割とは何かを議論します。

登壇者略歴

講演者:ロバート・ウォード 国際問題戦略研究所(IISS)日本部長 兼 地経学・戦略担当ディレクター

ロバート・ウォード:IISSのジャパンチェア、地経学・地政学・戦略部門のディレクター。日本の安全保障や外交政策など、日本に関する戦略的問題について独自の研究・執筆活動を行っている。IISS以前は、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)のエディトリアルディレクターとEIU執行委員会のメンバーを務め、EIUの国別・産業別分析・予測チームを率いた。

講演者:越野結花 国際問題戦略研究所(IISS)安全保障・技術政策担当担当リサーチ・フェロー

慶應大学法学部政治学科卒、ジョージタウン大学外交政策学院で修士号を取得。米国ワシントンDCを拠点とする防衛・宇宙分野のコンサルティング会社、米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部を経て、2020年1月に渡英。現職では、ジャパンチェア・プログラムの立ち上げの他、新興技術と安全保障や日本の防衛・安全保障政策の分析・発信を行う。

司会:佐橋亮 東京大学東洋文化研究所准教授
専攻は国際政治学、とくに米中関係、東アジアの国際関係、秩序論。イリノイ大学政治学科留学を経て、国際基督教大学教養学部卒。東京大学大学院博士課程修了、博士(法学)。オーストラリア国立大学博士研究員、東京大学特任助教、神奈川大学法学部准教授、同教授を経て、2019年から現職。2019年7月より東京大学未来ビジョン研究センター准教授(兼務)。スタンフォード大学アジア太平洋研究センター客員准教授、ジャーマン・マーシャル・ファンド研究員、参議院客員調査員などを歴任。

開会挨拶:高原明生 東京大学法学政治学研究科教授・SSUユニット長
専攻は現代中国の政治、東アジアの国際関係。東京大学法学部卒業、サセックス大学で博士号を取得。在香港日本総領事館、在中国大使館、ハーバード大学、北京大学などで研究員として従事。アジア政経学会会長、新日中友好21世紀委員会・事務局長などを歴任。桜美林大学助教授と立教大学教授を経て現職。国際協力機構緒方貞子平和開発研究所所長を兼任。

米中間の戦略的競争においては両国が経済力を行使する意思を強めていることから、地経学という概念が近年特に注目を集めています。また、こうした大国間競争のはざまで舵取りを行う日本のようなミドルパワー(中堅国家)は、自国の地経学的戦略の有効性を評価するべき時期にさしかかっています。戦後、日本はいかにして地経学的アクターになり、地経学に対する理解をどのように発展させてきたのでしょうか。日本の地経学的戦略はどのような結果を招いてきたのか、また、日本の外交政策の目標を達成する上で、どの程度効果的なのでしょうか。これらの主な疑問に答えてくれるのが、ロバート・ウォード氏(国際問題戦略研究所(IISS)日本部長兼地経学・戦略担当ディレクター)と越野結花氏(IISS安全保障・技術政策担当リサーチ・フェロー)が発表したAdelphi(アデルフィ)シリーズの新著『Geo-Economic Actor: Navigating Great-Power Competition(仮訳:地経学アクターとしての日本:大国間競争における舵取りとは)』です。

7月28日、東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)は著者のロバート・ウォード氏と越野結花氏を東京大学にお招きしました。両氏は基調講演を行うとともに、会場からの質問に答えました。また、フォーラムでは高原明生教授(東京大学法学政治学研究科教授・SSUユニット長)が開会の挨拶を行いました。議論の司会は佐橋亮准教授(東京大学東洋文化研究所)が務めました。

ウォード氏の講演
ウォード氏は講演の最初に、日本が過去10年の間に目覚ましい変革を遂げ、地域問題と国際問題の両方で重要な役割を担うようになったことを振り返りました。21世紀の日本の積極姿勢の第一の理由は中国の超大国としての台頭であると指摘し、また台頭する中国の変革の結果としてもたらされた機会と課題の両方を認識した安倍晋三元首相に注目しました。最近のロシアによるウクライナ侵攻に対しても日本は強硬な姿勢を取っており、7カ国首脳会議(G7)の一員としての日本の積極的な態度は安倍首相以降も続くとウォード氏は見ています。

ウォード氏は新著について、日本の変革を促した背景要因を理解するとともに、1970年代には経済大国としての地位を得たことにより、地経学的な力を「有していたにもかかわらずその力をフルに発揮したがらなかった、あるいは、発揮できなかった」日本の地経学的パワーの発展を辿ろうとしたものだと説明しました。地経学を、国が「経済的手段を活用することによって外交政策上の狙いを達成したり、国力を誇示したりすること」と著書の中で定義した上で、軍事力に関する国政術に憲法上の制約がある日本にとっては地経学の概念が必要不可欠であると論じました。また、安倍元首相にとって地経学とは高まる中国の能力と影響力に対抗するために利用できる手段であったと指摘しました。したがって、日本の地経学的戦略は外交政策上の目標を達成する上でどの程度の効果を上げうるのかという問題は十分に検討する価値があります。結局のところ、自国の国益のために行動し「大国が例外主義を主張し、自分の好きなようにルールを書き換えるのを防ぐ」ことは、日本をはじめとするミドルパワー諸国の責任でもあるとウォード氏は語りました。

日本が地経学的大国となるに至る過程を新著でどのように辿ったのかを論じた後、2010年代は第二次世界大戦以降、日本政府が最も大きく変革した10年間であったとウォード氏は指摘しました。その間、安倍政権は国内バランス(2015年の安保法制や「アベノミクス」の発表などの構造的政策変化)と国外バランス(2016年の自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想の策定、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)における主導的役割など)を図ってきたのです。

締めくくりとして、ウォード氏は世界における日本の将来の立場についていくつかの考えを述べました。第一に、内向きの姿勢へと後戻りはできないという点です。「日本が内向きの姿勢を取るということは、すなわち中国の地域覇権を黙認することを意味する」からです。第二に、日本が地経学的パワーを強化するために、例えば自国の憲法を大きく変えるなどの「革命的なシナリオ」を辿るとは考えづらいものの、米国やその他の志を共有する国々との経済的相互運用性を維持するとともに、サイバーセキュリティや宇宙など新領域におけるルールづくりで積極的役割を果たすことにより、日本は「合理的かつ効果的に」その国力を示すことができると、ウォード氏は考えています。

越野氏の講演
越野氏の講演は、新著の中でも米中間の戦略的競争という文脈において日本の地経学的戦略の実施に影響を及ぼす可能性がある四つの要因を取り上げた章に焦点を当てたものでした。第一に、日本の外交姿勢の外向性について取り上げました。安倍元首相とその後継者は日本を内向きの「島国」から地域問題、国際問題の両方で重要な役割を担う国へと変革させたものの、現在の日本の積極姿勢の持続可能性について、越野氏は懸念を表明しました。コロナ禍における日本の厳しい入国制限を見てきたことから、越野氏は、日本が世界に向けてより開かれた国になれば、既存のパートナーシップを強化したり、新たなパートナーシップへと拡大したりできる可能性が拡がるはずだと強調しました。

越野氏によれば、日本の地経学的戦略の実践を妨げる可能性がある第二の要因として、政策決定コミュニティ内、及びより広範な日本社会における分断を挙げています。政府は国家安全保障局内に経済部局を設けるなど、地経学的問題に対処するための新たな試みを進めてきましたが、政府と産業界の間の関係に課題が生じる可能性があると指摘しました。越野氏は、5GやAIなどの重要技術に関する政府の計画に対し、産業界は未だ納得できていないと見ており、産官の調整が「日本の地経学的戦略のレジリエンスに不可欠である」と強調しました。

第三の要因としては、日本の地経学的戦略の実施に対してイデオロギー上の課題が生じる可能性をあげました。日本社会には反軍国主義的文化が根強く残っており、これが防衛セクターと民生セクターとの交流を妨げているが、日本の機密技術が外国の競争相手へ流出するのを阻止するためには、両者間の調整が必要であることを論じました。このようなイデオロギー上の課題は日本の地経学的競争力だけでなく、技術・イノベーション領域におけるグローバルなルール・基準づくりの面でも日本の能力を制限する可能性があると、越野氏は主張しました。

第四として、日本が地経学的利益を追求する上で日米同盟の運営が極めて重要になると指摘しました。日米両国が経済安全保障問題への取り組みにおいて共同歩調をとろうとしても、日本が再び「内向き」に転じて両国の相違が明らかになってしまう潜在的リスクがあることに注意を促しました。

発表の締めくくりとして、越野氏は日本の地経学的有効性の維持に必要な三つの重要な要素を特定しました。すなわち、①日本がその経済力を示し、戦略を持続できるように、日本の経済的健全性を維持することの重要性、②日本の地経学的利益を保護するために、安全保障への投資を継続する必要性、③技術・イノベーション領域における競争力を強化するために軍民交流を改善する必要性です。

質疑応答
両氏の発表に続いて、会場からの質問を受け付けました。ウォード氏と越野氏は、例えば「日本は、経済分野において、どのようなルールを遵守・提唱すべきか」、「発展途上国にとって、ルールに基づく秩序を守ることには、どのような魅力があるか」など、いわゆる「ルールに基づく国際秩序」についての質問に対応しました。これらの質問に対し、ウォード氏と越野氏は経済領域の「開放」と「自由」を促進するルールの重要性を強調しました。ウォード氏によると、日本がやろうとしてきたことは、例えばFOIPなど十分にインクルーシブな政策を打ち出すことによって小さな国々が中国と西洋諸国のどちらかの側につかなければならないと感じなくて済むようにすることでした。越野氏はまた、日本が既存のルールを維持するだけでなく、AIや宇宙などの新分野の基準づくりにおいて主導的役割を果たすことが極めて重要であると指摘しました。

日本の現在の地経学的姿勢についても、いくつかの質問が出ました。例えば、岸田政権が提唱する「新しい資本主義」に関する質問に対して、この取り組みは日本の立ち位置を示す重要な意思表示であり、ロシアによるウクライナ侵攻を受けてますます重要になっているとウォード氏は答えました。また、越野氏は「新しい資本主義」構想の詳細についてはまだ完全には明らかになっていないことを指摘するとともに、そのコンセプトの背後に政治的計算があるのかどうか疑問が残るとしていました。

また、質疑応答のセッションで両氏は地経学と地政学の違いや日米間の経済的相互運用性の確保とは何を意味するのかなど、新著で使用されているいくつかの用語の意味を明確化しました。

セッションの最後には、ウォード氏と越野氏が将来展望として次世代の地経学の専門家を育成するために、様々な側面から政策を理解する学際的アプローチを採ることを推奨するということを示しました。

※本フォーラムは、外務省の外交・安全保障調査研究事業費補助金により開催いたしました。

=SSU Forum=

                                                      

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