SSU Forum/GraSPP リサーチセミナー “ブックローンチ『日本 老いと成熟の平和』”
-
日程:2025年07月01日(火)
-
時間:10:30-12:00
-
会場:東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術センターB1F ギャラリー1
MAP -
主催:
*東京大学未来ビジョン研究センター 安全保障ユニット (SSU)
*東京大学公共政策大学院大学(GraSPP) -
言語:
英語 (日本語同時通訳なし)
-
お申込み:
下記お申込みフォームからお申し込みください。
*未来ビジョン研究センター(IFI)と公共政策大学院(GraSPP)は、今後の活動についての情報を提供するため皆様の個人情報を収集させていただいております。
この情報はいかなる第三者にも開示致しません。
本イベントでは、Tom Phuong Le准教授(ポモナ・カレッジ)をお迎えして、ご著書Japan’s Aging Peace (Columbia University Press, 2021) の日本語版『日本 老いと成熟の平和』(みすず書房、2025年)のブックローンチを行います。第二次世界大戦後、日本は過度な再軍事化を志向せず、日本国憲法も戦争放棄を定めています。しかし、地域及び国際情勢が厳しさを増すなかで、国内外の多くの人々は、日本はやがて「普通の国」となり、軍事大国への道をふたたび歩むだろうと予測してきました。これまで、そうした予想は外れていますが、それはなぜか? 果たして今後は? 広島に学んだ注目の米研究者が、日本が再軍事化に消極的である理由について、人口動態と安全保障の関係性を切り口に、斬新な視角を提示します。高齢化(「老い」)と人口減少という物質的な制約、および憲法9条や「成熟」した平和運動・言説が生む概念上の抑制が独自の「非軍事主義の生態システム」を形づくり、再軍事化を阻んでいる―。その実態を、各種統計データ、および日本の政治家や官僚、自衛隊関係者、研究者、メディア人、博物館・資料館長、平和運動家やNPO指導者ら70人以上へのインタビューから解き明かし、戦後日本の平和の実相に迫ります。
講演者:トム・フォン・リ (米ポモナ・カレッジ准教授/政治学科長)
討論者1:フィリップ・リプシー(トロント大学/東京大学法学政治学研究科教授)
討論者2:梅原季哉 (広島市立大学広島平和研究所教授)
司会:向山直佑 (東京大学未来ビジョン研究センター准教授)
*本イベントは科研費(若手研究)「近世日本における主権領域秩序:非西洋国際関係論の観点から」ならびに科研費(基盤B)「東アジア国際秩序の歴史的形成過程:非西洋国際関係論と地域研究の接合」の一環として開催されます。
7月1日、東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)はトム・フォン・リ准教授(米ポモナ・カレッジ)をお迎えし、向山直佑准教授(東京大学未来ビジョン研究センター)の司会のもと、著書Japan’s Aging Peace (Columbia University Press, 2021) の日本語版『日本 老いと成熟の平和』のブックトークイベントを行いました。リ准教授の基調講演に続けて、フィリップ・リプシー教授(トロント大学/東京大学法学政治学研究科)と梅原季哉教授 (広島市立大学広島平和研究所)が討論に加わり、その後、フロアから質問を募りました。
基調講演
リ准教授はまず、北朝鮮の核ミサイルや中国の台頭といった隣国の脅威に囲まれた日本が、国際関係理論が予測するような再軍備の道を遂げなかったのはなぜか、という問いを提示しました。本書はこの問いに対して、日本の安全保障政策が「非軍事主義の生態システム」を構成する物質的な制約(ハードウェア)と概念上の抑制(ソフトウェア)によって形成されているからだという説明を与えます。ハードウェアとして考えられるのは、少子高齢化による人口減少が自衛隊の動員規模や防衛費として利用可能な財政資源に制約を与えることです。他方、ソフトウェアとしては、安全保障問題に対して非軍事的な解決を望む非軍事主義の規範が人々の間で浸透していることが挙げられます。リ准教授は、「生態システム」という概念を用いた理由について、単なる出入力関係を規定する「システム」とは異なり、ハードウェアとソフトウェアが相互作用する様子を捉えたかったからだと説明します。この点において、本書は規範の政策に対する因果効果を主張するコンストラクティビズムとも一線を画します。非軍事主義の規範はむしろ人口減少という物質的な制約によって支えられているのだとリ准教授は主張するのです。
討論及び質疑応答
リ准教授の基調講演を受け、リプシー教授と梅原教授が討論を行いました。リプシー教授は第一に、人口減少は果たして決定的な制約なのかを問いました。ヨーロッパの植民地国家は人口では遥かに劣っていたにもかかわらず世界中の地域を支配することに成功しました。北朝鮮は小国であるにもかかわらず強大な軍事力を持つに至りました。このように考えると、人口減少はそこまで決定的な制約とは言えないのではないでしょうか。またリプシー教授は、ロシアによるウクライナ侵攻や中国による台湾進攻といった外的ショックに対して、日本の非軍事主義の生態システムはどこまで持続可能なのかという問題も提起しました。
続いて梅原教授が、自衛官による靖国神社への集団参拝や靖国神社の宮司に元海上自衛隊海将が就任したことに触れ、日本の非軍事主義の中核的規範であるシビリアンコントロールが脅かされている状況に対して懸念を表明しました。また梅原教授は、広島の呉市の事例を挙げて、人口減少と非軍事主義の関係性を問い直しました。呉市には日本製鉄の工場跡地としての広大な空き地があり、防衛省は近年この空き地を購入して「複合防衛拠点」を配置する計画を示しました。人口減少による経済的停滞に直面している呉市の住民は、防衛省の「複合防衛拠点」配備計画を新たな経済効果を生むものとして歓迎しています。この事例は、人口減少という物質的制約が、本書が主張するように非軍事主義を支えるのではなく、むしろ軍事化を促していることを示しているのではないかと梅原教授はコメントしました。
リ准教授は、まずリプシー教授の第一の質問に対して、北朝鮮や多くのヨーロッパ植民地国家は民主主義体制ではなく、軍事目的の人々の動員は民主主義体制に比べて遥かに容易であるから、現代の日本に当てはめて考えることはできないと答えました。外的ショックが生態システムに与える影響については、生態システムは緩やかに変化していくので、外的ショックとそれがもたらす変化の発生との間には大きなラグがあると述べました。例えば、中国の脅威を受けて日本はイギリス・イタリアと次世代戦闘機の共同開発に着手しましたが、完成は2035年とかなり先であることから分かるように、外的ショックによって政策に変化が現れるのには時間がかかるのです。
リ准教授は次に、自衛官の右傾化を懸念する梅原教授のコメントに対して、自衛官や国民が右傾化しても直ちに非軍事主義の生態システムが弱体化するわけではないと答えました。右翼的な考えを持つ人々は増えていますが、彼らは必ずしも防衛費のための増税を支持するわけではありません。軍拡を叫ぶことと、そのためのコストを実際に負担することは異なります。政治とは結局のところ「誰が何を、いつ、なぜ得るのか」であり、防衛費は他の項目に比べて未だに優先順位は低いのだとリ准教授は主張しました。
最後に質疑応答はフロアにも開かれ、新聞社の特派員から大学院生まで、多様なバックグラウンドのオーディエンスによる活発な議論が交わされました。