SSUフォーラム/東文研セミナー「タイの国際秩序観の変遷: 前近代期から21世紀への中国・日本・アメリカとの関係形成と変化」

  • 日程:
    2025年07月15日(火)
  • 時間:
    15:00-17:00
  • 会場:
    【オンライン】 Zoomによるウェビナー
    【対面】 東京大学東洋文化研究所3F 大会議室
    対面参加会場 地図
  • 主催:

    *東京大学東洋文化研究所
    *東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット

  • 言語:

    英語

  • お申込み:

    下記お申込みフォームからお申し込みください。

    *Zoom参加用のURLはイベント前日に事務局より送信いたします。

    *本イベントはJSPS科研費「東アジア国際秩序の歴史的形成過程: 非西洋国際関係理論と地域研究の接合」の研究の一環として開催いたします。

    *未来ビジョン研究センター(IFI)及び東洋文化研究所は、今後の活動についての情報を提供するため皆様の個人情報を収集させていただいております。この情報はいかなる第三者にも開示致しません。

定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

本講演は、前近代期以降におけるタイの地域秩序および国際秩序認識の歴史的展開を考察し、とりわけ戦後期以降において、タイがいかに変動する国際秩序に適応してきたかを分析します。すなわち、朝貢体制、植民地主義からの影響、現代の国際政治環境を通じて、アジアおよび西欧諸国、特に中国、米国、日本に対するタイの認識の変遷を検討します。さらに、現在の米中対立や「トランプ2.0」による既存の国際秩序の混乱に対するタイの対応を検討し、リベラルな国際秩序の維持における日本の役割についても提言を行います。

登壇者

7月15日、タマサート大学のキティ・プラサートスック教授を講演者として迎え、「タイの国際秩序観の変遷: 前近代期から21世紀への中国・日本・アメリカとの関係形成と変化」をテーマとしたセミナーが開催されました。

参加者は対面が約30名、オンラインが約70名、計約100名と多数で、本テーマへの高い関心が示されました。

キティ・プラサートスック教授は、前近代以降におけるタイ外交の展開を4つの時代区分を通じて包括的に分析しました。そして、タイ外交において3つのパターンが反復されることを指摘しました。それは、実用主義と柔軟性(「竹の外交」)、変化する環境への適応性、そして国際的関与への開放性です。

プラサートスック教授の分析によれば、前近世時代(1351-1855年)には、タイは中国の朝貢システムに参加する一方で、外国の貿易商人らと交流し、西洋列強との結びつきを深め、多様な国際的人材を政府高官に登用していました。近代化時代(1855-1945年)には、西洋式の制度改革と外交関係の多角化を通じて西洋主導の国際秩序への戦略的適応が見られました。冷戦時代(1945-1991年)には、タイは米国主導の同盟システムを受け入れました。現代(1991年-現在)には、特に直近の20年において、国内の政治的分裂を抱えつつ、米中の競争の中で外交のかじ取りをどうするかという課題に直面しています。

日本の役割について、プラサートスック教授は、アユタヤにおける山田長政の軍事的指導力、第二次世界大戦前のタイ・仏領インドシナ紛争における帝国日本の支援、そして1997年のアジア通貨危機後の日本の経済的リーダーシップを列挙しながら、タイ外交史を通じた日本の「ワイルドカード」としての役割を強調しました。

第一討論者のパッタジット・タンシンマンコン講師は、「竹の外交」の言説を、実証的根拠に基づく戦略というよりも「創られた伝統」(invented tradition)である可能性があると批判しました。また、この言説枠組みが外交上の成功を選択的に強調する一方で、矛盾や誤算や暴力といった観点を軽視している点を指摘しました。

第二討論者の佐橋亮教授は、規範的考慮と実用的利益の間の緊張、すなわちタイ外交における民主主義規範と地政学的ヘッジング戦略の影響力のバランスについて質問をしました。

タンシンマンコン講師のコメントに対し、プラサートスック教授は報告ではタイ外交の標準的な言説を提示したが、それが西洋諸国による植民地化や第二次世界大戦における敗戦国としての地位、また共産主義革命からタイが免れてきた要因を説明するものでもあること、しかし同時にその批判的検証の有用性を認識していると返答しました。また同教授は、タイ外交における政策決定は小さなエリート集団によって行われてきたために、国民アイデンティティが複雑となった点を強調しました。また、客観的、現実的にはタイが近隣諸国と比較して、主要国との関係管理において優れた成果を上げてきたことも指摘しました。

佐橋教授のコメントに対してプラサートスック教授は、民主的価値観が1990年代のタイの民主化の時期に出現したと説明し、スリン・ピッスワン外相のミャンマーに対する柔軟関与政策を例に挙げました。他方、過去20年間のタイにおける民主主義の後退により、地域において規範的な課題を擁護する能力が弱体化したことも指摘しました。

質疑応答セッションでは、中華的朝貢枠組みを超えた前近世東南アジアの国際システムについて質問がありました。プラサートスック教授は、中国の広範な朝貢枠組みに参加しながらも、地域大国が地域内のリーダーシップを追求する「マンダラ国家」のサブシステムの存在について言及しました。

また、タイの内政における分断が外交政策の方向性にどのような影響を与えるかという質問に関して、プラサートスック教授は、保守派は強力な指導力と経済的利益の観点から中国よりの立場を取る傾向があり、一方で進歩派は民主的価値観と西洋とアジアにおける先進民主主義国を支持する傾向があると詳述しました。

グローバル・サウスとグローバル・ノースにおけるタイの立場に関する質問では、プラサートスック教授は、タイが農業、医療サービス、グローバルヘルス、特に熱帯病の分野において潜在的な指導力を持ちながらも、明確な大戦略と外交的立場の提示を欠いていることに懸念を表しました。

本セミナーは、タイ外交の継続性と進化の両方を提示すると同時に、現代のタイ外交の実践面そして分析面の両面における課題に光を当てることに成功したといえるでしょう。

 

 

*本セミナーは東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニットと東京大学東洋文化研究所の共催により実施され、日本学術振興会(JSPS)研究プロジェクト「東アジア国際秩序の歴史的形成過程:非西洋国際関係理論と地域研究の接合」の一環として開催されました。