SSUフォーラム/東文研セミナー「隣接する大国 – 朝鮮半島への中国の軍事介入の過去と現在」
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日程:2026年01月22日(木)
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時間:13:00-15:00
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会場:【オンライン】Zoomによるウェビナー 【対面】東京大学東洋文化研究所3F 大会議室
対面参加会場 地図 -
主催:
*東京大学東洋文化研究所
*東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット -
言語:
英語
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お申込み:
*Zoom参加用のURLはイベント前日に事務局より送信いたします。
*本イベントはJSPS科研費「東アジア国際秩序の歴史的形成過程: 非西洋国際関係理論と地域研究の接合」の研究の一環として開催いたします。
*未来ビジョン研究センター(IFI)及び東洋文化研究所は、今後の活動についての情報を提供するため皆様の個人情報を収集させていただいております。この情報はいかなる第三者にも開示致しません。
国際政治の歴史において、大国はしばしば国境を越えて軍事力を展開し、自国の周縁に位置する国家の政治的帰結に影響を及ぼしてきました。報告者であるジヨン・リー准教授は、中国の朝鮮半島への軍事介入の歴史を検討し、中国の韓国に対する安全保障政策の選択が、一貫した地政学的論理によって形作られてきたことを明らかにします(コロンビア大学出版会から出版予定の著書The Great Power Next Doorで)。本研究は、歴史を通じて繰り返し見られるパターンを手がかりに現在の政策課題に示唆を与えるべく、中国の対朝鮮半島政策を検討します。特に米韓同盟への姿勢、朝鮮半島の統一への見解、そして北東アジア地域秩序に対するビジョンを浮き彫りにします。
講演者: ジヨン・リー 准教授 (アメリカン大学)
討論者1: 向山 直佑 准教授 (東京大学未来ビジョン研究センター准教授)
討論者2: ロート・アントワン 特任助教授 (東北大学大学院法学研究科)
司会: 佐橋 亮 教授 (東京大学東洋文化研究所)
2026年1月22日、東京大学東洋文化研究所において、「隣接する大国―朝鮮半島への中国の軍事介入の過去と現在(The Great Power Next Door: China’s Past and Present Military Interventions in the Korean Peninsula)」と題するセミナーが開催され、アメリカン大学のジヨン・リー(Ji-Young Lee)准教授が報告者として登壇しました。本セミナーは、東京大学東洋文化研究所および東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニットとの共催であり、日本学術振興会(JSPS)科研費プロジェクト「東アジア国際秩序の歴史的形成過程:非西洋国際関係理論と地域研究の接合」の一環として実施されました。
リー准教授は冒頭、朝鮮半島をいわゆる「地理の呪縛」の例とみる通説―すなわち地理的条件ゆえに朝鮮半島が歴史上約900回の侵略を受けてきたとするもの―地理的呪縛に言及しました。そして、実証的な史料を精査し、社会科学における「大国による軍事介入」という厳密な定義を用いると、この一般的理解は誤解を招くものであると指摘しました。そして、中国はなぜ歴史的に軍事介入を回避してきたのか、また、なぜ特定の局面でのみ介入を選択したのかという問いを提起しました。
続いてリー准教授は、地理を単なる物理的条件ではなく、言説や歴史的記憶によって形成される「社会的に構成されたもの(social construction)」として捉える視座を提示しました。そして、中国の政策決定者が朝鮮半島にどのような意味付けを与えてきたのかに焦点をあて、その地政学的認識が歴史を通じて軍事介入の判断にどのような影響を与えてきたのかを示しました。中国は、朝鮮半島に対して唯一の大国として影響力を行使していた時期には、朝貢関係による象徴的支配を通じて不干渉を基本方針とし、現状秩序の安定を重視してきました。他方で、日本やアメリカ合衆国といった競合する大国による朝鮮半島支配が現実味を帯び、同半島が敵対勢力の前進基地となる危険性が高まった局面においては、中国は軍事介入に踏み切ってきました。さらにリー准教授は、こうした歴史的パターンの背後にある論理は現代にも通じるものであり、中国の対北朝鮮政策、米韓同盟に対する姿勢、ならびに朝鮮半島統一をめぐる認識を理解する上で重要な示唆を与えると結論づけました。また、米中間の戦略的競争が激化する現在、中国の朝鮮半島政策は、同地域がアメリカの戦力増強要因(force multiplier)となることを防ぐことを主要な目的としていると指摘しました。
討論者の向山直佑・東京大学未来ビジョン研究センター准教授は、長期的な歴史分析と現代国際関係論の架橋、及び批判的地理学の導入を高く評価した上で、次の三点を提示しました。(1)隋・唐の事例において、高句麗自体が内部の大国として脅威であった点は、他の事例に見られる外部のライバル大国への対抗という構図と異なるのではないか、(2)倭寇などの脅威に対して中国が介入しなかった「否定的な事例」をどう説明するか、(3)前近代の覇権国であった中国と、近代以降の「屈辱の世紀」を経た中国が、同様の脅威認識を持つという連続性のパラドックスをどう解釈すべきか。
続いて討論者のアントワン・ロート東北大学大学院法学研究科特任助教は、(1)「中国」の定義において、遼・金・元・清初期などの非漢民族王朝や内陸アジアの政体を含めるか否かで介入の頻度や性質が変わるのではないか、(2)「介入」の定義に関して、軍事派遣以外にも威圧や懲罰的遠征など多様なスペクトラムがある可能性について、(3)朝鮮半島をめぐる比喩的表現は最初から存在したのではなく、明代初期のモンゴルとの対立や秀吉の侵攻といった地政学的危機を通じて事後的に形成されたものではないか、との論点を挙げました。
質疑応答の時間には、会場及びオンライン参加者から活発な質問が寄せられました。具体的には、中国の「東北工程」に見られる高句麗の歴史的帰属をめぐる現代的な認識への含意、中国の地政学的認識と朝鮮半島側の主体性の相互作用、中国が歴史的に用いてきた朝鮮に関する比喩の違いのニュアンス、そして「朝貢体制」という概念を敢えて主要な分析枠組みとして強調しなかった理由など、多岐にわたる論点が提示されました。
こうした質問を受け、リー准教授は以下の三つの論点を軸に発言しました。第一に、「中国」の定義については、同時代の人々の歴史認識や、帝権移譲(translatio imperii)あるいは正統(zhengtong)の概念を重視し、さらに同時代および後世の人々が中華帝国の一部として認識しているかどうかを基準としました。第二に、隋・唐の高句麗遠征が特異な事例であることは認めつつも、その失敗の記憶や遼東地域の意味づけが、その後の中国の朝鮮半島観、特に直接統治に伴うリスクとコストへの忌避感を形成する上で決定的な役割を果たしました。第三に、現代の朝鮮半島有事への含意として、過去の事例から将来を単純に予測すべきではないと慎重な姿勢を示しつつも、中国の介入行動は朝鮮半島に関する地政学的認識、すなわち米軍の動向やプレゼンスがどのように変化するかに大きく依存します。
最後に司会の佐橋亮教授は、歴史的視座と社会科学的分析を融合させた本研究の意義を強調し、盛会のうちにセミナーは終了しました。