医療×AIセミナーシリーズ第5回:眼科とAI

  • 日程:
    2019年02月24日(日)
  • 時間:
    15:00~17:00
  • 会場:
    東京大学伊藤国際学術研究センター3F中教室
定員に達したため申込みを締め切りました。
パネリスト

田淵仁志(たぶち・ひとし) 社会医療法人三栄会ツカザキ病院眼科ファウンダー/主任部長,眼科専門医,博士(医学・大阪市立大学),修士(経営学・名古屋商科学), EMBA (AASCB, AMBA)
H16年に国民皆保険制度堅持のための医療集約化を目指してツカザキ病院眼科を創業した。データウエアハウス(DWH)を自力構築し臨床基盤化した。15年を経てDWHは画像、動画データを中心に数百万件規模に成長し、臨床研究、品質管理、AI開発に最大限貢献している。データエコノミーパワーを小さな規模ではあるが実感している。国産アルゴリズムが日本医療のサスティナビリテイーの一助になると確信しAI開発パーティーに積極的に参加中である。



升本浩紀(ますもと・ひろき) ツカザキ病院眼科・人工知能エンジニアチーフ
2016年 東京大学医学部医学科卒業、2018年から三栄会 ツカザキ病院眼科にて勤務。日々眼科医としての臨床を行うかたわら、人工知能エンジニアのチーフとして開発を行っている。専門分野は眼底画像など画像の解析、その他動画解析や統計解析。人工知能学会やAsian Conference of Computer Visionの研究会でも発表を行っている。また、経営学や会計にも関心が強く、公認会計士試験合格、中小企業診断士資格も保有しており、常に「世の中の役に立つ」商品を目指した開発を行っている。


三宅正裕(みやけ・まさひろ)  京都大学大学院医学研究科眼科学教室 特定助教
2006年大阪市大医学部を卒業後、神戸市立中央市民病院で初期研修。天理よろづ相談所病院での勤務を経て、京都大学大学院、ハーバード公衆衛生大学院を修了。2015年から厚労省保険局医療課で医療機器の保険適用、先進医療及び診療報酬改定に従事し、2016年からAMEDにて臨床研究・治験及びICTの基盤整備を行うなど医療研究開発に携わった。2017年より現職。近視・黄斑疾患・緑内障を専門として診療に従事し、研究面では臨床研究、ゲノム・疫学研究、AIを主とする。日本眼科学会第5戦略企画会議(次世代医療)委員。Twitter: @eyemiyake

ディスカッサント

江間有沙(えま・ありさ) 東京大学政策ビジョン研究センター特任講師
2012年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。京都大学白眉センター特定助教、東京大学教養学部附属教養教育高度化機構特任講師を経て現職。2017年1月より国立研究開発法人理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員。専門は科学技術社会論(STS)。



藤田卓仙(ふじた・たかのり) 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ヘルスケア・データ政策プロジェクト長
2006年、東京大学医学部卒業。慶應義塾大学メディカルAIセンター、慶應義塾大学イノベーション推進本部とも兼任。医療政策学、医事法学、医療経済学、医療情報学の観点から、学際的な研究を行う。健康医療情報のプラットフォーム化と情報の利活用、大学医学部における産学官連携、地域包括ケアシステム・在宅医療における法政策、医療事故と専門職の責任、ヘルスケアにおける広告表示規制、医療等個人情報保護法制、医学領域における知的財産権などを研究テーマとしている。

2019年2⽉24⽇に開催した医療×AIセミナーシリーズ第5回「眼科とAI」では、ツカザキ病院眼科創業者・主任部⻑、眼科専門医の⽥淵仁志⽒、⼈⼯知能エンジニアチーフで医師の升本浩紀⽒、また京都⼤学⼤学院医学研究科眼科学教室特定助教の三宅正裕⽒が登壇し、データに基づいた医療体制とAI(⼈⼯知能)の取り組みを紹介しました。

AIで⼿術トラブル事前検知 – ツカザキ病院眼科創業者・主任部⻑、眼科専門医の⽥淵仁志⽒

AI化の前にやるべきことは数値化と情報共有

兵庫県姫路市にあるツカザキ病院眼科は、201床だが年間⼿術件数1万件を超えるハイボリュームセンター。ツカザキ病院眼科の創業者であり眼科主任部⻑、眼科専門医の⽥淵⽒は、⾃分たちの診療報酬を⾃分たちに再投資していると背景を紹介。ワークライフバランスと国⺠皆保険制度の維持と発展をミッションとし、集約化とICT応⽤によって効率化を図っているという。さらにインバウンド需要を考えた保険外診療のほか、眼科においては重要な機器の多くが海外製だが、ここに新規の⽇本製機器を活⽤することで、国内で資⾦を還流させることを考えていると述べた。

⽥淵⽒は「診療科の地域偏在などの問題以前に、病院が多すぎる」と指摘。各病院には必ず当直医が必要という法律があるが、この法律⾃体に⽭盾はない。「だから、いかに病院を集約化するかが課題だ」と述べた。ツカザキ病院では⾃分たちの⼒で集約化してきており、⼿術件数は狙いどおり伸びているという。

少⼦化の裏返しはワークライフバランスだ。ツカザキ病院眼科では臨床を忙しくしながらも男⼥を問わず⼦育てをしながら同じ価値観で働くことが可能で、学術と臨床を⾼次元で両⽴させられているという。また、集約化の成果として「⼿術教育でも成果が上がっている」と述べた。症例を集めAIで⼿術トラブル事前検知−ツカザキ病院眼科創業者・主任部⻑、眼科専門医の⽥淵仁志⽒講演レポート2019年2⽉28⽇(⽊)るだけではなく、コストのかかる医療の実現もできているという。ディスポ製品や最新の眼内レンズを使うためのコストも集約化によって吸収できているとし「集約化には悪い点はない」と述べた。このほか、アジア戦略の⼀つとして海外でも積極的に学術発表を⾏ない、知財関連も特許出願を⼤量に出している。

集約化を機能させるにはデータ共有による論理性が必須

集約化のために、具体的に現場でやるために必要な2点があるという。フラット構造を保つことと、情報共有を必ず⾏うことの2点だ。たとえば緑内障の医師と⽩内障の医師がいたとする。どの領域・職種も優劣はつけがたい。しかしランキングや序列みたいなものが⽣まれがちだ。そういう⼈たちがどうすれば同じ情報で動けるようにするかが、うまくいくためにはとても重要だという。

たとえば、ツカザキ病院眼科では年間1万件以上の⼿術を⾏なっており、1⽇の⼿術は30件〜50件程度にのぼる。それを3列の⼿術室を使って、効率が良いようにフレキシブルにわけていく必要がある。ただ、これを「命令系統」で動かすと混乱するばかりだという。現場の判断で患者を移動させたり遅らせたりしながら、ちょうど効率が良いように、どんどん⾃由にやってくれないと現場はまわらなくなる。

このときに重要なのは、データに基づいた判断だ。意⾒を出す看護師が1年目であっても10年目であっても、データに基づいた意⾒であれば、合理性のある判断は難しくない。そのために必要なのが情報共有であり、情報共有していれば、ルールに基づいて話が進む。特に集約化されている病院の場合は意思決定の数が多いので、そのときの判断基準として情報は必須だとした。

近年、集約化によって、2つの病院を1つにまとめるという動きがある。病院の建物を建てたい業界の圧⼒は⼤きく⽴派な建物を建てて医師を集めたはいいが、そのあとにヒエラルキー構造ができてしまうと「2つに分かれていた頃のほうがましだった」ということにもなりかねないと述べた。⽥淵⽒は「ヒエラルキーは⼀番上のアイデア以外は殺す構造。年功序列だし、若い⼈のアイデアが全く出てこなくなる。本当に必要なことはイノベーションの創出。わざわざ⼈を集めておいてこういうことをやられるとせっかくの多様性が活かされずに死んでしまう」と課題を指摘した。

そして「集約化を機能させるには論理性でチームをコントロールするしかない」と述べ、「何がもっとも合理的なのかを、その場その場で臨機応変にできるようにならないといけない。上下関係、命令系統でやると間違った話が⼤きな集団の中で修正されず組織として機能しなくなる。データを根拠に現場が意思決定することが基本である。」と強調した。そしてツカザキ病院では、そのための設備投資を常に⾏なって来たという。「上から何か⾔っているようでは現場の判断はできなくなる」と語り、リーダーとして何かしらのアイデアを進めるかどうかの判断基準の⼀つは「若い⼈が⾯⽩がって乗ってくるのかどうか」だと述べた。

数値データで客観的コミュニケーションを取る

ツカザキ病院眼科では臨床データベースを⾃主構築してきた。まず構造化データを蓄積していき、それと画像ファイリングシステムを紐づけている。これによって、AIの開発環境の下地を15年間つくっていた。現場で⽤いているのはコミュニケーションツールだ。臨床現場で「あなたの⼿術は下⼿だ」と医師に直接⾔うわけにはいかない。そこで数値情報に基づいて「あなたの合併症率は平均よりこうだ」と⽰して⾃覚してもらうことで、客観的にコミュニケーションをとらないと集約化はできないという。「病院の集約化がなかなか進まない理由は、エゴイスティックな医師のぶつりかりあいがおき、同居できなくなるからだ」と述べ、⼀⽅、「データが整っていると互いに何をしているのか把握できる。数字を介してリスペクトできるようになる。それが理想だ」と語った。

⼿術臨床も数値で管理している。介⼊の仕⽅としては、合併症率の数字が上がっていると指摘したあとに「勉強会を開始しましょう」といったやり⽅をとっているという。ある個⼈を特定するのは当⼈にとっては客観性のないものの⾔い⽅だと捉えられることになってしまうので、たくさんの⼈の感情をできるだけ刺激しないようにしているという。⽥淵⽒は「だから数字はヒューマンなものでもある」と述べた。そして周囲の関⼼を⾼めることが労働者の⽣産性をあげるという「ホーソン効果」を紹介し、「数字が表になるだけでみんなが⾃⽴するようになる」と語った。

⽥淵⽒は、もともと視覚⽣理の研究者だったという。その研究を通して、⼈間の認知バイアスを理解しており、それもあって、バイアスを避けるための数値化を進めていると述べた。数値化によって、どこの診療部門が頑張っているのかといったことも⼀目瞭然になる。感情をこえて隣の⼈を評価するのは難しい。だからこそオープンにして数値化することが重要なのだと述べた。ツカザキ病院眼科には、そのためのデータ・システムのスタッフもいる。「これが⼤事だ」という考え⽅が先にあって、そのための仕組みづくりを再投資して⾏っているという。

AIで⼿術トラブルを事前に検知

⽥淵⽒は、⽶インターネット通販⼤⼿のAmazonが、ITによってこれまで不可能だと思われていたことを可能にしたように、ITによって医療分野の不可能も可能になるのではないかと考えていると いう。姫路市にある兵庫県⽴⼤学と機械学習の共同研究を2010年から継続していると紹介した。 従来は遺伝的アルゴリズムやサポートベクターマシンを使ってやっていたものがディープラーニングを使うことで急に性能があがったものが多いという。

そして「できることは無限にある」と述べて、たとえば⾃然⾔語解析を⽥淵⽒⾃⾝のホームページ の挨拶⽂と主旨がよく似た挨拶をしている施設や逆に全く異なることを述べている施設を図⽰で きること紹介した。このほか、疾患カルテから画像を抽出するところにも使われていたり、OCTA (光⼲渉断層⾎管撮影)の識別、画像から視野の⽋損を推定させたり、眼内レンズの度数を回帰で 求めさせたりしている。また、GAN(Generative Adversarial Network)で網膜剥離と緑内障が合併した画像を作り、学習データに使えないか検討中だという。「学習⽤の『問題集』みたいなもの を作るくらいならば作れるのではないか」と考えているという。

⼿術の数値化にも使っている。どの診療科でも⼿術教育は500例までは危ないと⾔われている。 しかも研修医の⼿術は指導医の最⼤で74倍もリスクがある。問題はあるが、研修医に⼿術させな いと次世代が育成できなくなる。そこでなんとかするために、⼈⼯知能で⼿術を管理することに努 ⼒している。いま⼿術のどの⼯程が進⾏しているのかAIに覚えさせる「リアルタイム⼯程分割」を やらせ、その上で、⼿術トラブルの⼿前で怪しい動きを判定させる。いまのところ正答率は84%。 これ以上やると失敗するという閾値を越えるとアラートを出すシステムだ。 こうすることで、⼿術現場で、若⼿にどこまでやらせるかの判断をAIが⼿伝う。そうすることで患者 の問題を⼿前でとめることができないかと考えているという。今はまだ正答率がまだそんなに⾼く ないので、現在さらに開発中とのことだ。

メタ知識をAIが繋ぐことで医療現場の⽣産性を⾰新する

⽥淵⽒は最後に「医療はいろんな問題を抱えている。シンプルにものを考えられないのが製造業との違いだ。現場と外部環境との複雑な関係性を⼀段上のフレーミングで思考するメタ知識がこれからの医療では特に求められており、互いに相反し合う難しい諸問題をディープラーニングの⾰新は繋いでくれるのではないか。そのことによって、新しい時代をより良いものに変えていけると思う」と語った。そして「⽇本の⽣産性が低いということは、逆に⾔えば『伸びしろ』があるということ。⼈⼝減少を逆⼿に取れる。⼈⼝減少しているなかで⽣産性が上がれば、職を失うこともなく世界を乗り切れる。そのツールとしてAIは非常に⼤事だと思っている」と締めくくった。