第12回五大学会議 “East Asia Conflict and Cooperation”

  • 日程:
    2020年12月11日(金) 2020年12月12日(土)
  • 時間:
    12月11日9:30-12:30 12月12日9:00-12:30
  • 会場:
    Zoomによるオンライン
  • 題目:

    East Asia Conflict and Cooperation

  • 言語:

    英語

  • 主催:

    プリンストン大学

2020年12月11日・12日の午前、今年度の五大学会議が開催されました。この五大学会議とは、東京大学、米国プリンストン大学、中国北京大学、韓国高麗大学、シンガポール国立大学の5つの大学から、主に外交・安全保障を専門する研究者が集い、東アジアの安全保障環境について多角的に分析するとともに、いかにしてこの地域の安全と繁栄を維持すべきかについて毎年議論する機会です。今回が12回目の開催となります。
2020年度の五大学会議は、「東アジアにおける紛争と協力」をテーマとして、4つのパネルを設けて議論が行われました。今年度で第12回目の開催となった中、今回はプリンストン大学がホストを務め、オンラインにより開催されました。東京大学からは、藤原帰一未来ビジョン研究センター長をリーダーとして、小原雅博教授、飯田敬輔教授、城山英明教授、高原明生教授、佐橋亮准教授の6名が参加しました。(その他、今回の五大学会議の出席者の一覧は、本記事の末尾で示しています。)今回、チャタムハウス・ルールを適用しての開催であったことを踏まえ、以下では、発言者を特定しない形で、各パネルにおける議論の主要点をまとめます。

第1パネル「世界の現状」

このパネルの目的は、過去1年間において注視すべき事象は何であったのか、またそれが東アジアにおいてどのような含意を持つのか、その背景にはどのような要因があるのか、そしてその事象への対応における多国間協力の可能性について議論することにありました。
ここで主に提起された事象としては、新型コロナウイルス、北朝鮮による核・ミサイル開発、米中間の通商をめぐる対立の激化等が指摘されました。この背景の一つとして指摘されたのは、米国によるリーダーシップの不在です。新型コロナ対策において、東アジア地域では、他の地域と比べれば、各国は相対的に効果的な対応がとられているのではないかとの認識が共有されました。他方、自然災害や通貨危機等、過去に東アジア地域に幅広く影響を及ぼす問題が発生した際には、米国がリーダーシップを発揮して多国間協力が構築されたが、このような動きが米国のトランプ現政権下ではみられなかったこと。またそのことは、近年の北朝鮮の核ミサイル開発及び中国の軍事的膨張に対して、米国が同盟国と連携した効果的な対応がとれていないこととも関連しているのではないかとの指摘がなされました。他方、中国が、新型コロナ対策上の物品・機材等の各国への提供を通じて、いわば国際公共財の提供者となっている側面も指摘されました。
その一方で、今年実施された東南アジア諸国の世論調査において、中国に対する信頼度が昨年と比べて低下していることが指摘されました。この背景について、中国のイデオロギーや統治体制に対する反感というよりも、新型コロナウイルスに起因する警戒感、さらに、近年、他国を顧みない形で自国の国益追求を強める中国の行動に対する不信感があるのではないかと指摘されました。このような状況の中で、東南アジア諸国は、米・中の二大国のどちらかを選ぶというよりも、ASEANを通じた東南アジア諸国間の連携強化による多国間協調の促進という「第三の道」を選好することになるのではないかとの分析が示されました。

第2パネル「2020年米国大統領選挙」

このパネルの目的は、2020年大統領選挙の結果、及び新政権の誕生が東アジアにおいてどのような含意があるのかについて議論することでした。このパネルでは、依然、トランプ大統領は敗北を認めていないものの、バイデン新政権への交代が確実だという点。またバイデン次期政権では、多国間協力や同盟国との連携を重視する、トランプ政権以前の政策路線に回帰するだろうという点でも一致がみられました。
他方、今回の選挙におけるトランプ大統領の得票規模からみても、バイデン次期政権がトランプ現政権の政策による制約を少なからず受ける点があるとも指摘されました。この背景には、元来、バイデン氏が信奉する多国間協調や経済自由主義の政策路線を推進する上で障害となる国内の政治状況があり、バイデン次期政権は、就任後、当面は外交よりも内政に追われることになるだろうと指摘されました。
外交面では、バイデン次期政権は、トランプ現政権が標榜する「自由で開かれたインド太平洋」については、その呼称に一定の留保があるものの、この構想自体は基本的に踏襲するのではないかとの指摘がありました。一方、オバマ政権下で推進されたTPPへの米国の回帰は、現在の国内状況を踏まえると、やはり難しいのではないかとの指摘もみられました。また中国政策において、バイデン次期政権は、トランプ現政権下でみられた体制転換を求めるような強硬な言動はとらず、一定の範囲で、関係の再構築を図るのではないかとの指摘がなされました。
なお、今回の大統領選挙結果への反応として、日本では、トランプ大統領の再選を望む声があることが紹介されました。その背景にはオバマ政権の中国政策に対する不信感があり、この点から、バイデン次期政権が中国に対しソフトな路線をとるのではないかと警戒する声があることが紹介されました。他方、このような議論は、あくまでも日本の一部にみられるもので代表的な見解ではないのではないか、またトランプ政権の中国に対する強硬な外交姿勢が中国の政策行動に変化をもたらしたわけではない点にも注意が必要ではないかとの指摘がありました。

第3パネル「地政学の現状とグローバル経済の動向」

このパネルの目的は、世界経済は今後、どのような方向に向かうのか、米中間で国際経済のルールや制度をめぐる競争・対立がみられる中、このような現象は今後東アジア地域にどのような影響を与えるのか、そして、今後、誰によってどのように国際経済はリードされていくべきなのかについて議論することでした。
このパネルの議論で浮かび上がってきたのは、米国から中国に国際経済の中心が移りつつあること、これはまさに東アジアにおける権力移行の現状です。そのような地政学上の変動の中で、今後とも米国は自由で開放された市場経済の維持者としてその維持のコストを負いつつも居続けることができるのか、また同時に安全の提供者としての地位を維持できるのであるのかという点。あるいは、そのような役割は今後、中国が米国に代わって担いうるのかという点について問題提起がなされました。米国では、バイデン次期政権が、元来の経済自由主義の路線を志向することが予想されるものの、グローバル化の進展による自国の経済力の低下の中で、自由経済をさらに追求する政策路線について国内政治上支持が得られない現状が指摘されるとともに、新政権発足後、まず米国にとってありうる対応は、国際経済のルールメイキングにおいて指導力を回復していくことであろうとの指摘がなされました。
また同時にこのパネル討論の中で指摘されたのは、東アジア各国の政策の自律性についてです。この点は、新型コロナ対策においても顕著なように、他の地域と比較して、東アジア地域には、各国に一定の政策的自律性がみられる点です。今後の国際経済の動向をみる上では、米中二大大国の動向というよりも、むしろ各国政府がとる政策がどの程度実効的なものであるかという点にあるのではないかとの指摘がなされました。

第4パネル「新たな世界秩序に向けたビジョン」

このパネルの目的は、今年が第二次世界大戦終結後75周年の節目である中、米中二大国間の対立がみられる一方、経済面では相互依存が一層進んでいるという意味での複雑性の増大、また中国のパワーが拡大する一方で西側民主主義諸国のパワーの弱体化がみられる現状で、今後、どのような国際秩序が追求されるべきかについて議論することでした。このパネルでは、2つの対照的な見解が示されました。第一に、現在の国際秩序は史上最良のものであり、今後とも維持されていくだろうという見解です。他方、第二の見解は、その逆で、現在の国際秩序はその存続の危機にあるという見解です。
前者の見解の論者たちから提起されたのは、現在の国際秩序の下で、世界規模で自由で開放的な貿易体制が維持される中、各国で中流階級が広がり、貧困層が大幅に減少した人類史上最良の状態が得られた。今後については、新たな国際秩序を構築するというよりも、どうやって現在の秩序を維持するべきかについて議論すべきであるという視点です。この論者たちは、現在の国際秩序を形作っている価値は、このような世界規模で幅広く人々の生活レベルの向上に寄与したから支持されているのであり、それは特定の国のリーダーシップによるものでないといの見解です。そのような見解から、IMFや世銀等、既存の国際組織のトップをどこの国が務めるのかという問題はそれほど重要ではないとも主張しています。この議論に従うなら、現在の国際秩序を維持する上で重要なのは、特定の国がリーダーシップをとるか否かより以前に、価値そのものやルールが守られることが重要になります。また、この論者たちからは、現在の国際秩序を形作っている価値は、人権、自由貿易や民主主義に限定されず、内政不干渉、領土保全、主権尊重といった国連憲章が掲げる諸価値全体であり、その中から特定の価値のみを重視する見解は不健全であるとの発言もみられました。
他方、現在の国際秩序は危機に瀕しているという論者からは、価値に基づく秩序を維持するためには、それを擁護するパワーが必要であることが強調されました。自由と民主主義に基づく国際秩序は、まさに「パクス・アメリカーナ」と呼ばれる米国のリーダーシップが発揮された時代の中で確立したものであること。また中国の急速なパワー拡大の中で、自由と民主主義に基づく国際秩序は挑戦を受けており、このような中で、世界のGDPの7割を占める米国を筆頭とする自由民主主義諸国が連携・協調せずして、現在の国際秩序を維持・強化することは難しいのではないかというのが、この見解の論者たちの主張です。このような観点からも、米国のバイデン次期政権は、自由民主主義諸国との連携・連帯をより重視するとともに、既存の国際機関の改革を進める政策を採ることになるだろうとの指摘がなされました。
上記のような2つの対照的な見解が示された中で、中立的な視点も示されました。それは、中国は現在の国際秩序に挑戦しているというよりも、むしろそれは国際システムの構造上の問題ではないのかという指摘です。その上で、西側諸国にとって中国に対する強硬な外交姿勢をとることは必ずしも有効ではなく、むしろ中国の政策行動を変えるための外交がより重要なのではないかとの指摘がなされました。さらにその上で、今後、世界にとってより深刻な脅威となりうるのは気候変動問題なのではないかと指摘されました。気候変動はこれまでの歴史では見られなかった脅威であること。米国のトランプ現政権は放置してきたものの、気候変動が確実に脅威として増大している中で、途上国に対する先進国の技術協力支援の枠組みの再構築や、SDGsに対する各国企業の取組み等、民間セクターも含めた形で未曽有の危機に取り組んでいくための重層的な多国間協力体制が一刻も早く構築される必要があるとの指摘がなされました。

※本会議は外務省の外交・安全保障調査研究事業費補助金により開催いたしました。