フィリップ・キャンベル編集長に聴く研究者が社会的なインパクトを高める方法
近年、豊かな国の政府は、研究資金を社会的課題の解決に取り組むものに向けるよう、要求を強めています。研究者やその所属機関は、そうした要求に応じるのは難しいと感じていることが多く、このブログで私は、この状況をどのようにすれば進展させられるかについて紹介します。
国が研究者に社会的課題の解決を求めることは、「基礎研究」、すなわち基本的な原理を実験や理論を通じて探求することの重要性を否定することではありません。基礎研究は、文明社会の文化に不可欠なものです。歴史を見れば、基礎研究が人類にとっていかに実用的に価値のあるものであるかが、思いがけない形で幾度となく証明されてきました。そして、この新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが示しているように、基礎生物学研究と応用生物学研究の区別や、基礎行動学研究と応用行動学研究の区別などは、時として無意味なものです。
政府の目が社会的課題を直接解決しようとする研究に向いていること、そして、同様の動機によって慈善団体からの研究支援が大幅に増加していることは、研究コミュニティーに大きな機会をもたらしています。では、研究者や研究機関は、この課題にどのように立ち向かえばよいのでしょうか?
まず、認識すべき障害があります。ベースラインと将来の成果を測定する方法がなければ、戦略を立てることは困難です。学術界では、個々の論文の被引用数が、研究の価値の全てではないにしても、学術的な重要性を測る指標であるとされています。しかし、研究のインパクトを学術界を超えて追跡することははるかに難しいものです。
最近、学術界を超えたインパクトの定量的な指標が利用できるようになってきていますが、まだまだ不完全であり、それらの指標の解釈は十分な注意が必要です。例えば今では、政策文書のデータベースが存在しており、これを利用することで、政策文書に引用されている学術文献を追跡することができるようになりました。しかし、政策文書に基づく指標は、学術的な引用のように一貫性のあるものではありません。政策立案者は、そうした文書の中で学術論文を引用する義務もなければ文化もありません。そもそも政策文書を発表する義務すらないのです。
検索用語やテキスト分析を用いて、国連のSDGsの17の目標のような社会的課題と学術論文の関連を検出する方法はありますが、この方法では、そうした学術論文が学術界以外の人々にどのように取り上げられているかを明らかにすることはできません。ただし、こうした方法によって、少なくとも社会と関連した学術的成果の傾向を追跡することは可能です。
その強みが何であれ、こうした指標が最終的に研究者の社会的なインパクトの質的証拠に代わるものでないことは間違いありません。学術研究者はどのような研究分野であれ、どこのコンサルテーション(Public Consultation)で証拠を示したか、どこの公開討論や公的な報告書において言及されたか、どこのベストプラクティスの指針や基準で引用されたかを示すことができます。また研究者は、自分の研究が、他者によってソフトウエアに実装されたことを示すこともできるのです。同様に重要なこととして、ステークホルダーとの交流があまり公にされていない場合には、ステークホルダーに証言を求めることができます。
研究者に対し、研究者自らそうした証拠を収集・開示したり、自身のスキルや仕事によって恩恵を受けたステークホルダーに情報の開示を求めたりするのを期待するのは不合理なことではありません。しかし、こうしたことを行っている研究者や機関はほとんどありません。一般的に社会では、特定の研究から得られた知見が政策やビジネスに与えた重要性が、公に認められない傾向にあります。そのため、研究者の功績を、社会が認める文化を育む必要があるのです。
もし政府がこうした取り組みを組織的にさらに進め、他の専門家によるある程度の検証を求めるのであれば、相当な投資が必要です。これは、英国政府のResearch Excellent Framework(REF)によって実証されています。REFは、英国の高等教育機関の研究成果を評価するための現在実施中の制度です。REFは、以前実施された「2014年度REF」で使われ始めた手法を用いており、機関に対して、学術的成果とは別に、学術界の外へのインパクトに関する事例研究を提出するよう義務付けています(2014年度REFの約7000件の事例研究のデータベースはこちらでご覧いただけます)。
社会的課題の解決に向けた研究を強化するためには、従来の研究文化を変えていくことも必要です。そのためには、研究プロセスの全ての段階において、研究者によってステークホルダーを関与させ、「共創(coproduction)」していくことを支援する必要があります。
社会に直接的な違いをもたらすことを目的とする研究では、プロジェクトの枠組みを決めて設計する段階際に、影響やインパクトを与えようとしている対象の人々に意見を聞いたり研究への参加を呼び掛けたりすることで、インパクトを与えられる可能性が大幅に高まります。ステークホルダーとの協働やステークホルダーの参加は、研究の疑問や仮説、結果の解釈の範囲や妥当性などを全て直接的に強化してくれるのです。こうした手法は、先住民族集団や精神疾患患者を対象とした公衆衛生研究で採用されてきました。
これらは全て、研究者が行動を追跡して文書化することの必要性だけでなく、研究者とステークホルダーと受益者による研究への関与、説明責任、功績を認めることについての文化を変えていく必要性を示しています。追加的な作業の負担を伴うものではありますが、資金配分機関が適切に支援することで、研究者や社会は大きな利益を得ることができるのです。
フィリップ・キャンベル
航空工学の学士および宇宙物理学の修士号を取得。高気圧物理学の分野において博士号を取得後、博士研究者(ポスドク)を経験。Nature の物理科学編集者、Physics Worldの創設編集者としてキャリアを積む。1995–2018年に NatureおよびNature Publishing Groupの編集長を経て、2018年からSpringer Natureの編集長に就任。科学および科学の社会に対する影響について、英国政府、EU、米国国立衛生研究所と協力。2015年にナイトの爵位を授与。
本インタビュー記事は、Nature Sustainabilityの日本語サイトでもご覧いただけます。