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No.25
技術ガバナンス研究ユニット
AIガバナンスの国際協調 : 欧州評議会AI条約の論点と⽇本の対応
No.25
技術ガバナンス研究ユニット
エグゼクティブサマリー
現在、人工知能(AI)技術が広く使われ、生活や仕事に革新をもたらすことが期待されると同時に社会にもたらす影響の大きさから、国際的な機関やネットワーク、G7広島サミットなどでAIのガバナンスが議論されている。広島サミットではAI、特に生成AIに関して、多様な規律の枠組みの調和をはかり、協調的にAIガバナンスづくりを進めていくためG7広島AIプロセスの創設が指示された。また、G7広島サミットのデジタル・技術大臣会合の閣僚宣言においては、法の支配、適正手続き、民主主義、人権尊重の原則を運用できる、マルチステークホルダーが参加するアジャイルで分散的なガバナンスやその法的フレームワークの必要性が承認されている。法の支配、人権、民主主義といった価値をAIの設計から廃棄にわたるライフサイクルにおいて考慮する枠組みを議論しているのが欧州評議会であり、現在、加盟国以外もオブザーバー国として参加する世界初のAIに関する条約の起草交渉が行われている。本条約は、枠組み条約であり、法的拘束力を有するものの、条約上の目標を達成するための手段は締約国に委ねられている。また、基本原則としてAIの利用により人権侵害が発生した場合の補償の根拠とするための記録保存、リスクに基づくアプローチ(リスクベースアプローチ)の考え方によるリスク影響評価の実施、これらの義務履行に係る監督メカニズム機関の設置等が規定されている。
この欧州評議会によるAI条約については、G7諸国は全て起草交渉に参加しており、日本もオブザーバー国としてAIに関するルール形成に影響を与えられる立場にあることを踏まえると、G7広島AIプロセスをリードする日本として、G7共有の価値観に基づくAIに係るルールを世界に広げていくツールとして本条約を位置づけ、その交渉に積極的に関与すべきである。このような観点のもと、本提言では、本条約の締結に向けた交渉過程において、日本として確認しておくべき点を抽出し、以下の3 点を提案する。
本条約の適用範囲に含まれるであろうAI 関係規制を確認し、交渉への積極的な関与をすべき
本条約を遵守するためには新規立法が必要とされるのか、既存の法令やガイドラインなど新規立法なしでも対応できるのかの判断が難しい条項が多々ある。特に、日本では、これまでAIシステムの開発や利用に係る横断的な規律に関しては、立法ではなくガイドライン等で対応してきており、既に存在する国内法は限定的である。また、国内において民間部門におけるAI利用だけではなく、政府を含む公的部門でのAI利用に係る規律の在り方の検討も進める必要がある。さらには、海外では国防や安全保障におけるAI利用の議論も進む中、経済安全保障政策の視点も含めつつ、国内での議論を整理するべきである。日本はオブザーバー国として、早急に関連する既存の国内法やガイドラインの存在を確認し、日本国内でのAIの開発や利用を規律するために目指すべき方向性を明確化したうえで積極的に条約の起草交渉に参加するべきである。
リスク影響評価の方法論や体制の早急な整備をすべき
本条約は条約適用範囲内のAIシステムに関して、リスク影響評価が行われるための措置を取るべきと現時点の内容では規定している。このため、国際的に標準的なリスク影響評価手法等の動向を踏まえつつ、日本においても、関連組織が実行可能であるリスク影響評価の方法論や体制を早急に整備するべきである。現在、日本政府は「AIAI事業者ガイドライン」策定を進めている。ガイドラインと本条約の内容が完全に同一である必要はないものの、矛盾がないようにすることを目指すべきであり、さらに日本のガイドラインの情報発信もしていくべきである。
監督メカニズムのあり方について早急な議論を開始すべき
本条約は、条約上の義務の遵守を監視及び監督するため、独立性・公平性に加え所要の権限やリソース等を有するメカニズムを設ける義務を課すことが現時点の内容では想定されている。体制としては既存の機関を指定することや、複数の機関を条約上の監督メカニズムとすることも認められているものの、諸外国の対応も参照しつつ、将来を見据えた効率的な政府内の体制の在り方について、早急に具体的な議論を開始すべきである。
またこの監視メカニズムは個人の権利を保護し、他国に対して日本の取り組みの正当性を主張する役割も果たすと考えられる。そのため監視メカニズムに関わる既存の行政組織を考慮、指定し、AIに関わる人員増加や教育を早急に推進するべきである。また本条約の交渉段階から関わってもらう人材も早急に指名し、産学官民からの支援が得られるような体制の構築を急ぐべきである。その際、交渉当事者あるいは窓口として国内的、さらに国際的に認知されるような継続性をもって長期にわたってその職務を遂行できるような人物を監督メカニズムの主要構成員とするべきである。
この政策提言は、東京大学未来ビジョン研究センター技術ガバナンス研究ユニットの研究成果の一つです。全文は以下よりダウンロードいただけます。