日本の化学産業の温室効果ガス排出ネットゼロへの道筋と戦略を発表

発表のポイント

  • 化学産業において、温室効果ガスの排出量をネットゼロにすることは難しいとされているが、最新の学術論文に基づき、これを2050年までに達成するために日本の化学産業が進むべき道筋や、日本の強みと弱みを踏まえた戦略について研究報告書にまとめた。本報告書の提言は、日本と同様の課題を抱える他の国や地域にも適用できると考えられる。
  • 日本の化学産業はプラスチック等のリサイクルを最大化し、バイオ由来原料の確保や、CCS(二酸化炭素の地下貯留)技術等の活用を進めるべきである。なぜなら、これらによりネットゼロ達成下において、各化学企業や国が供給できる化学製品の総量が決まるからである。
  • 新たな設備や原料の導入によりネットゼロ化学品の製造コストは現状よりも大幅に増えるが、最終消費者向け製品の製造コストへの影響は極めて小さい。

はじめに


化学産業が生み出す製品は、現代の私たちの生活をさまざまな面で支えている。例えば、食品等の包装容器や感染防護に使われるプラスチックだけでなく、化学製品は多くの産業で原材料として用いられています。しかし、温室効果ガスに関しては、化学産業は日本の産業界では鉄鋼業に次いで排出量が大きく、世界が温室効果ガス排出のネットゼロを目指す中、日本でも多くの法律や政策が整備されてきたものの、日本を含む世界の化学産業は、使用する原料や製品の多くに炭素が含まれることなどから、ネットゼロの実現は困難とされています。加えて、化学産業はプラネタリー・バウンダリーズ(注1)におけるサステナビリティ関連のさまざまな課題(気候変動、プラスチック汚染、生物多様性の喪失など)にも、課題間で負荷を転嫁することなく対処しなければなりません。

グローバル・コモンズ・センターとSYSTEMIQ社からなる研究グループは、世界の化学産業がネットゼロを実現するための道筋を2022年に提案したのに続き(関連プレスリリース1)、今回は、日本の化学産業がスコープ1、2のみならず、スコープ3(注2)も含めたネットゼロを実現するための道筋と戦略を発表しました。具体的には、最近公表された学術論文(注3)が示すネットゼロを実現するための定量的な道筋から得られる知見と、日本および日本の化学産業に関する知見を組み合わせることで、日本の強みと弱みを踏まえた戦略や行動方針を示し、現在の日本の化学産業と望ましい未来とをつなぐ架け橋となることを目指したものです。

発表内容

  • 化学製品の需要面では、2050年までに日本の人口が約20%減少することに加え、サプライチェーン川下におけるサーキュラー・エコノミーが需要をさらに減少させる可能性がある。私たちが示す道筋は将来予測ではないが、このような傾向の中では、日本の化学産業は新たなビジネス・アプローチを模索する必要がある。
  • 2050年までに化学産業の製造プロセスと原料は大きな変化を遂げる。そのため、2050年にはネットゼロ化学品の製造コストは大幅に上昇するが、最終消費者向け製品の製造コストへの影響は極めて小さい。しかし、最大の課題は、再生可能資源がまだ高価である今日の状況下で、これがより安価になる2050年まで待つことなく、コスト増を克服してネットゼロへの移行を進める点にある。
  • ネットゼロを達成するためには、日本の化学産業はリサイクルを最大化しつつ、バイオ由来原料の確保やCCS(注4)技術等の活用を推し進める必要がある。なぜなら、スコープ3を含めたネットゼロのもとでは、これらへのアクセスが各化学企業や国にとっての化学製品の最大供給可能量を決めるからである。そして新しい製造プロセスや原料を用いた小規模の製造プロセスを確立した後には、商業規模の本格プラントへの投資に向けて企業はリーダーシップを発揮する必要がある。同時に、将来の需要を確保するためにサプライチェーンの川下顧客との連携や、支援的政策の確保のための業界外部との連携も必要となる。
  • 併せて、日本の他産業における大規模な製造設備への投資や、グリーン製品の市場拡大に際しての過去の教訓から学ぶ必要もある。これを踏まえると、基礎化学品製造における業界再編は企業の意思決定とネットゼロへの移行を加速させるであろう。
  • 化学産業の将来の役割とその付加価値は、サステナビリティを犠牲にして製品性能の向上を追求するのではなく、温室効果ガスの排出削減、気候変動への適応、プラスチック汚染防止をサポートする方向にシフトしていくであろう。化学産業の現在の顧客産業の多くが自らの付加価値訴求ポイントを、化学品が使われるハードウェアからソフトウェアに移行させつつある中で、この軌道修正は一層重要となる。

用語解説
(注1) プラネタリー・バウンダリーズ(Planetary Boundaries):地球環境システムを安定化させている9つのプロセス(気候変動、生物多様性、窒素・リン循環など)について、人類が持続的に発展していくために超えてはならない限界値を定義したもの。これを超えると大規模で不可逆的な環境変化をもたらすリスクが大きくなるとされている。

(注2) スコープ1、2、および3はGHGプロトコルに基づく(スコープ1は自社における直接排出、スコープ2は自社が購入・使用したエネルギー起源の間接排出、スコープ3はスコープ2以外の間接排出を指す)。
参考:https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate.html(外部リンク)

(注3) Kanazawa D. et al., Scope 1, 2, and 3 Net Zero Pathways for the Chemical Industry in Japan, Journal of Chemical Engineering of Japan, 57, 2360900(2024), https://doi.org/10.1080/00219592.2024.2360900(外部リンク)

(注4) Carbon dioxide capture and storage:二酸化炭素回収・貯留技術。排出された二酸化炭素を他の気体から分離して集め、地中深くに圧入・貯留する。

関連情報
[プレスリリース1]
「4℃の地球温暖化を回避するためには、世界の化学産業は経営を劇的に転換させる必要があるとの研究報告書を発表いたしました」(2022/9/13)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z2101_00093.html(外部リンク)

[プレスリリース2]
「グローバル・コモンズの保全に向けた東京大学と三菱ケミカルの共同研究について」(2021/3/31)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z2101_00038.html(外部リンク)

発表者・研究者等情報
東京大学
総長特使(グローバル・コモンズ担当)
未来ビジョン研究センター グローバル・コモンズ・センター ダイレクター
石井 菜穂子 特任教授

未来ビジョン研究センター 
菊池 康紀 教授

未来ビジョン研究センター グローバル・コモンズ・センター
金沢 大輔 共同研究員

SYSTEMIQ社
Martin Stuchtey, Eveline Speelman, Sophie Herrmann, Alexandre Kremer, Andreas Wagner, Jane Leung, Peter Goult, Min Guan, Shajeeshan Lingeswaran, Pim Sauter

研究助成
本研究は三菱ケミカル株式会社との共同研究の下で資金提供を受けました。(関連プレスリリース2)

問い合わせ先


東京大学未来ビジョン研究センター
グローバル・コモンズ・センター
Email: info.cgc[at]ifi.u-tokyo.ac.jp

*上記メールアドレスの[at]は@に置き換えてください。