• 政策提言

    No.33

    安全保障研究ユニット

新たな資源発見の政治リスクに関する提言
「裏庭」から石油が出たらどうすべきか ?

要旨

本稿は、新たな資源発見が引き起こす政治的リスクについて分析し、それに対する政策提言を示すことを目的とする。一般には資源は経済的な恩恵として考えられているが、研究者の間では、それが「資源の呪い」と呼ばれる民主主義の停滞や分離独立紛争の発生といった負の影響を引き起こす可能性が指摘されている。技術革新が進む中で、これまで資源と認識されていなかったものが、産業や経済的価値の変化により新たに「資源」とみなされる現代世界においては、現時点で資源が豊富な国家でなくても、資源が政治や社会に与える影響について事前に理解しておく必要がある。

本稿では、民主主義、地方自治、国際紛争の3 つの領域を取り上げ、それぞれの局面における資源発見の政治的リスクを検討する。民主主義に関しては、資源収入が課税への依存を低下させた結果、政府が国民の意思を尊重する動機を弱める可能性があることが指摘される。地方自治については、マイノリティの居住地域で資源が発見された場合、中央政府と当該地域の間で収益の分配をめぐる摩擦が生じ、独立運動や内戦に発展する可能性があり、国際紛争の観点では、資源が国境をまたぐ場合に領土問題を激化させる要因となりうる。ただし、これらのリスクはいずれも、資源そのものではなく、それを取り巻く政治的・社会的条件によって決定される点であり、文脈依存的であることに注意する必要がある。

これらのリスクに対処するために、本稿では、日本をはじめとする各国の政策担当者や援助機関がとるべき方針として、以下の6点を提言する。

1. 資源の政治的含意についての研究の支援強化

資源については、その生産や性質、調査に関する地質学的研究、あるいはその経済的効果に関する経済学的研究は充実しているものの、その政治的なリスクについては、必ずしも研究が進んでいるとはいえない。資源の発見、ましてや生産が開始されてから、その政治的リスクについての検討を始めていては遅く、事前に資源発見が政治的リスクをはらむかどうかを評価する仕組みが必要となる。

2. 新たに資源が発見された国や地域の政治体制については、画一的な対応を取るのではなく、現地の 歴史的・政治的・社会的その他の条件を十分に理解した上で、個別具体的な文脈に合わせた体制を デザインする。

資源の影響の有無は、それぞれの国や地域が置かれた文脈に依存するのであり、条件の異なる国々を安易に比較することは危険である。当該国家も、それを支援する外国も、ある政策的処方箋がすべての国に当てはまるという前提を置くのではなく、当該国家の置かれた状況に応じた政策を志向する必要がある。

3. 政治リスクが低いとされる先進民主主義諸国においても、影響の可能性に留意し、資源収入のマネ ジメントのあり方について事前に十分な議論を行う。

当該資源の存在と関係なく国家機構や政治・社会制度が整備された先進国では、資源の発見によって民主主義に悪影響が及ぶ可能性は低いとされている。しかしながら、体制の転覆や急速な権威主義化が進むことは考えにくくとも、莫大な収入が急激にもたらされた場合、それが汚職や財政的根拠を度外視した政策の推進につながるなどの影響は十分に考えることができる。資源収入のマネジメントが重要であり、そのためには事前にそのあり方について議論を重ねていることが肝要になる。

4. 新たな資源が発見された場合、当該地域に対して経済的な還元を行い、現地の必要に応じた自治や不平等の是正を実現する。

それまでの政策がどうあれ、大規模な資源が見つかった場合に、現地にもはや何の譲歩もしないということはサステイナブルな政策ではない。中央政府としては、数十年にわたる独立運動との対峙や武力紛争といった望ましくない結果を避けるためにも、速やかに大幅な譲歩と権限委譲を行うのが、当該地域を国内に繋ぎ止め、混乱を未然に防ぐ意味でかえって得策となる。

5. 資源の発見以前から、リスク要因となる国内の地域的・民族的不平等の改善を行う。

そもそもマイノリティ集団が大きな不満を抱いていないような地域であれば、資源の発見は分離独立運動のようなラディカルな主張にはつながらない。したがって、資源が見つかる以前から、リスクとなりうる国内の各地域について、置かれた状況の改善に務めている必要がある。

6. 資源発見に備えた事前の国境画定の努力を行う。

資源が国境紛争を激化させるとすれば、それは多くの場合資源発見以前に国境が曖昧だったためである。
平時から各国が行うべきは、資源発見が起きる前に国境問題を解決しておくことであり、あるいは最低限友好関係を制度化しておくべきである。それもできないならば、抑止のメカニズムを制度化しておくことが必要であり、「棚上げ」は状況変化に弱いことを認識しておく必要がある。

本政策提言は、未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニットに所属する、向山直佑 (未来ビジョン研究センター准教授) の研究成果に基づいている。執筆にあたっては、下記の研究成果を踏まえている。

向山直佑. 2018.「天然資源と政治体制:『資源の呪い』研究の展開と展望」『アジア経済』59 (4), pp.34-56,

Mukoyama, Naosuke. 2020. “Colonial Origins of the Resource Curse: Endogenous Sovereignty and Authoritarianism in Brunei.” Democratization 27 (2): 224–42. https://doi.org/10.1080/13510347.2019.1678591.
———. 2023. “Colonial Oil and State-Making: The Separate Independence of Qatar and Bahrain.” Comparative Politics 55 (4): 573–95. https://doi.org/10.5129/001041523X16801041950603.
———. 2024. Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States. LSE
International Studies. Cambridge: Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/9781009444286.

この政策提言は、東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニットの研究成果の一つです。全文は以下よりダウンロードいただけます。