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No.35
SDGs協創研究ユニット
サハラ以南のアフリカにおける感染症対策に関する提言
No.35
SDGs協創研究ユニット
要約
本政策提言は、東京大学未来ビジョン研究センター(IFI) SDGs協創研究ユニットが2021年12月から2024年11月までの3年間に実施した研究プロジェクト「ダウンサイドリスクを克服するレジリエンスと実践知の探究-新型コロナ危機下のアフリカにおける草の根の声」の成果である。
研究プロジェクトの目的は、サハラ以南のアフリカにおいて新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のパンデミックと各国政府による対応策の両方がもたらした生活への衝撃を、現地住民がどのように受け止め、そして乗り越えたのかを草の根の声の収集から明らかにすることにあった。
研究対象地域はウガンダ、エチオピア、ケニア、コンゴ民主共和国、ジンバブウェ、タンザニア、南アフリカの7か国である。現地研究機関との協力によるフィールド調査とオンライン・ツールを活用して新型コロナ危機下での草の根の声を収集し、人々がリスクを克服していく過程を動的にとらえた。
特に、政府による感染症対策が政治的に利用される可能性を示すと同時に、政府に対する一般市民の不信感が政策の効果を妨げる可能性があると示したことは、本研究の大きな貢献である。研究対象国では、政治家が選挙で票を獲得したり、政府が与党を有利にしたりするために感染症対策を利用したとの批判があった。偏った政策は、人々の政府への信頼を損ない、予防措置やワクチン接種の普及に悪影響を及ぼす可能性がある。予防策の迅速な実施はパンデミックを抑制するうえでは重要であるものの、社会的に脆弱な人々の保護や人権保障という観点では慎重に検討すべきである。
ただし、本調査で明らかになったのは、政府やその政策に対する人々の認識は複雑かつ多面的であり、多くの場合、時間の経過や政策の結果に左右されるということである。さらに、一般市民は生存戦略として政府の政策を巧みに操りながら即興的に創造的な活動を展開していた。困難な時期に人々のレジリエンスの源泉を理解し、平常時において公的支援を通じてそれらを強化することは重要である。
7か国での調査結果として、本研究では以下の4点を明らかにした。
- 新型コロナに対するリスク認識はいずれの国でも低く、感染症対策による経済的ショックがもたらした影響の方が深刻と認識されていた。リスク・トレードオフが発生していたといえる。
- 感染症対策の政治化が起きており、発生当初に懸念されていたほどの感染拡大がアフリカで発生しなかったことが感染症対策の成功と認識され、住民による政府への高評価が見られた。
- 一般的誤情報の流布がワクチン接種行動に影響を与える一方誤情報を信じるかどうかは宗教的権威・科学者・医療専門家への信頼が影響しており、さらに、専門家を信頼するかどうかは、宗教的信念が影響している。
- 困難を克服する対処戦略の実態から、レジリエンスの源泉としてアフリカ諸国ではインフォーマル・ネットワークが重要である。
調査結果を踏まえて、将来のパンデミックに備える国際社会、特にアフリカへの援助政策を実施する国連・国際機関や各国政府援助機関に以下の4点を提言する。
提言1. 感染症対策がもたらすリスク・トレードオフへの対策の必要性
感染症対策によって人々の命を守ろうとする政策が、経済活動の制限による飢餓や他の感染症の悪化など他のリスクを高めてしまうリスク・トレードオフをできる限り避けられるように、感染症対策と経済活動維持の適切なバランスをとる、あるいは、感染症対策と、より迅速かつ有効な経済対策を同時に行うことが必要である。特に平時から多様なリスクにさらされている脆弱層がくらす地域では、リスク同士のつながりを把握して政策をとることが必要である。
提言2. 感染症対策の政治化による民主主義の危機への警戒
パンデミックが政治化されたり、厳しい感染症対策が結果的に政府への高評価につながったりするという現象は、民主主義の危機につながり得ると警告する。パンデミック下で人々が政府に強い権力を認めることが民主主義の危機につながり得るとの警告はかねてよりあったが、パンデミック中に選挙があったウガンダやケニアでは感染症対策の政治化が顕著にみられ、そうした短期的な問題や厳しいロックダウンにともなう汚職に対しては人々が不満を持つものの、長期的には厳しい政策を受け入れ、政府が強い権力を持つことを認めるという傾向が見られた。この傾向が持つ将来的なリスクについては自覚しておく必要がある。
提言3. 誤情報を対処・是正するための標的を絞ったコミュニケーション戦略の必要性
誤情報への対策の必要性として、人々が情報を信用する源泉となる現地の歴史や文化に基づいて誤情報の影響を把握し、信頼できる伝統的指導者などのキーパーソンと連携して誤情報を対処・是正するための標的を絞ったコミュニケーション戦略をとる必要がある。
提言4. レジリエンスの源泉としてのインフォーマル・ネットワーク支援の必要性
いずれの国でも、レジリエンスの源泉はインフォーマル・ネットワークにあることが示されたことから、平時からこうしたネットワークを支援する援助の必要性を唱える。国際機関からの援助は、グローバルサウスのインフォーマル・セクターをフォーマル化することを志向する傾向にある。しかし、世界全体が危機に陥って援助も公的支援も届かないときにはインフォーマル・ネットワークがレジリエンスの鍵となることを考えると、人々の相互扶助を促進するようなインフォーマル・ネットワークの形成・維持を支援することは重要である。
【付記】
東京大学未来ビジョン研究センター(IFI) SDGs協創研究ユニットでは、以下の研究チームによる「ダウンサイドリスクを克服するレジリエンスと実践知の探究」研究プロジェクトを実施した。
【研究代表者】
華井和代 東京大学未来ビジョン研究センター 特任講師
【共同研究者】※肩書は2025年9月現在
ヴィック・L. サリ 愛知学院大学英語英米文化学科 講師
大平 和希子 上智大学グローバル教育センター 助教
キンユア・L. キシンジ 東京外語大学現代アフリカ地域研究センター 特別研究員
クリスチャン・オチア 名古屋大学国際開発研究科 准教授
佐藤千鶴子 東京外国語大学大学院総合国際学研究院 教授
ジャン・クロード・マスワナ 立命館大学経済学部 教授
スカーレット・コーネリッセン ステレンボッシュ大学政治学科 教授
細井友裕 群馬大学学術研究院大学教育・学生支援機構グローバルイニシアチブセンター 講師
峯陽一 国際協力機構緒方貞子平和開発研究所 所長/立命館大学国際関係研究科 客員教授
ランガリライ・G. ムチェトゥ 立教大学異文化コミュニケーション学部 講師
【現地研究協力者】
Deresse Fekadu Nigussie, Ethiopian Investment Commission(エチオピア)
Elias Mokua, Loyola Centre for Media and Communications(ケニア・タンザニア)
Maureen Obare, The Proposed Hekima University(ケニア・タンザニア)
Odomaro Mubangizi, The Proposed Hekima University(ケニア・タンザニア)
Denis Musinguzi, Uganda Martyrs University Nkozi(ウガンダ)
Nakabuye Juliet Musoke, Uganda Martyrs University Nkozi(ウガンダ)
Walter Chambati, College of Graduate Studies, University of South Africa(ジンバブウェ)
Steve Mberi, Sam Moyo African Institute of Agrarian Studies (SMAIAS)(ジンバブウェ)
【研究協力機関】
アディス・アベバ大学(エチオピア)、ウガンダ殉教大学(ウガンダ)、エチオピア投資委員会(エチオピア)、国連工業開発機関(UNIDO)、サム・モヨ・アフリカ農業問題研究所(ジンバブウェ)、ステレンボッシュ大学(南アフリカ)、パンジ病院(コンゴ民主共和国)、ロヨラ・メディアコミュニケーションセンター(ケニア)
【外部アドバイザー】
稲場雅紀 アフリカ日本協議会 共同代表/国際保健部門ディレクター
岸本充生 大阪大学D3センター 教授
武見綾子 東京大学先端科学技術研究センター 准教授
本政策提言は研究プロジェクトの成果であり、以下の書籍に基づいて策定したものである。
Hanai, Kazuyo, Rangarirai Gavin Muchetu, Laban Kithinji Kinyua, Yoichi Mine eds.(2025)
Practical Wisdom and Resilience Overcoming Downside Risk: Grassroots Voices in Africa Under COVID-19, Springer
本研究プロジェクトは、日立感染症関連研究支援基金の研究助成(領域開拓型研究、2021年12月~2024年11月)により実施された。
この政策提言は、東京大学未来ビジョン研究センターSDGs協創研究ユニットの研究成果の一つです。全文は以下よりダウンロードいただけます。