• 政策提言

    国際エネルギー分析と政策研究ユニット

日本の脱炭素社会への移行に関する複数モデルによるシナリオ分析の政策的知見

政策提言の背景

2020年10月26日、菅義偉首相は所信表明演説において2050年までの温室効果ガスのネット排出量ゼロ(カーボン・ニュートラル)の宣言を行った。この公約は、2050年までに温室効果ガスの排出量を80%削減するという日本の従来の長期戦略を、正味ゼロ排出に格上げしたものである。政府は2020年12月にグリーン成長戦略を発表し、地球温暖化対策推進法の改正を進めている最中である(本稿執筆時点)。また、エネルギー基本計画の見直しも行われており、2021年夏をめどに策定される予定である。今月(2021年3月)は、東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故から10年の節目でもあり、エネルギー・気候政策に関する議論は転換点にある。

菅首相は所信表明演説で「産業構造や経済社会の変革」を強調した。これは決して控えめな表現ではなく、脱炭素の課題は広く認識されており、脱炭素化への移行には技術革新や社会の変化を加速させるための幅広い政策を総動員することが必要である。かつてないほどのエネルギー政策の転換のためには、それを支える様々な分野の科学的エビデンスを向上させることが必須である。

モデルに基づくエネルギー・シナリオは、そのような科学的エビデンスの一つを成す。気候・エネルギー政策におけるシナリオの活用は、京都議定書のトップダウン体制から、パリ協定のトップダウンとボトムアップのハイブリッドなレジームへの移行により、最近特に拡大している。

エネルギー・シナリオには様々な不確実性が知られているが、特に重要なのはモデルの違いに起因する不確実性である(Krey,2014)。非線形性が強い複雑なモデルの場合、前提条件を揃えたとしてもモデルによって結果が異なることは往々にある。そのため、政策的な判断をするにはモデルの差異に起因する不確実性を明示的に考慮し、分析する必要性がある。スタンフォード大学のEnergy Modeling Forum (EMF)は1970年代からこうした枠組みで研究を行ってきている(Huntington et al.,1982)。

EMF 35 Japan Model Intercomparison (JMIP)(Energy Modeling Forum, n.d.)では、様々な不確実性を考慮した日本の2030年削減目標と長期戦略(2050年削減目標)に関する複数モデルのシナリオ分析を実施した。日本の現行のNDC(Nationally Determined Contribution, 国が決定する貢献)は、2030年度までに2013年度比26%の削減、長期戦略は2050年までに80%の排出削減が目標とされている(NDCは今年中に更新される予定である)。EMF 35 JMIPのシナリオ設計には100%の排出削減が含まれているが、プロジェクトが2017年4月から始まったこともあり、分析の中心的なシナリオは2050年までの80%の排出量削減である。それでもEMF 35 JMIPの分析結果はネットゼロの分析のための礎となるものである。

政策提言

複数モデルの分析とその含意を以下にまとめる。

  • 2050年までに温室効果ガス排出の大幅削減(80%、実質ゼロ)のためには、全ての排出部門で大幅排出削減が必要である。電力部門がよく議論の俎上に載せられるが、すべての部門での対策が不可欠であることを忘れるべきではない。
  • 対策については、ロバストな対策と不確実な領域を峻別すべきである。モデル分析によれば、経済全体のエネルギー効率の向上、需要側の電化の推進、電源の低・脱炭素化は、シナリオの仮定にもモデルの選択にも依存せず、非常に頑健な政策である。一方、具体的な電源構成やエネルギー・ミックスは不確実である。政策論議では特定のミックスについて関心が集中するが、2050年という長期のエネルギー・ミックについては柔軟性を残し、適宜見直す適応的な政策枠組みが肝要である。
  • 実質ゼロ排出のためには大気からCO2を回収する大規模なCDR技術が重要になる。CCS付きバイオマス発電やCO2の直接空気回収など、イノベーション・技術開発を大幅に強化した上で導入を加速し、大規模導入を目指す必要性がある。
  • CDRのような新たなイノベーションも必須であるが、連続的・漸進的なイノベーションの役割も見逃すべきではない。例えば日本における太陽光発電はドイツなどの2倍程度のコストがかかり、固定価格買取制度やオークション等の政策コスト、すなわち電気料金の賦課金の負担を増やしている。太陽光発電等のコストを国際水準に収れんさせることができれば政策コストを着実に低減できるため、再生可能エネルギーのコストの低減に向けた政策を一層強化すべきである。

この政策提言は、東京大学未来ビジョン研究センター国際エネルギー分析と政策研究ユニットの研究成果の一つです。全文は以下よりダウンロードいただけます。