藤原帰一教授 朝日新聞(時事小言) 米中首脳、オンライン会談 紛争防ぐ「わずかな」手立て

15日、アメリカのバイデン大統領と中国の習近平(シーチンピン)国家主席は、オンラインによる首脳会談を行った。では米中対立は和らぐのか。そうは考えにくい。
中国に臨むバイデン政権の姿勢は厳しい。政権発足直後のミュンヘン安全保障会議以来、中国の軍事的脅威と人権侵害に対する批判を明示し、同盟国・友好国との結束強化による対抗姿勢を打ち出した。
対中関係についてバイデン政権が用いる言葉が競合、すなわちコンペティションである。10月に開催されたジェイク・サリバン補佐官と楊潔チー(ヤンチエチー)共産党政治局員との会談においても、ジェイク・サリバン補佐官は中国との競合という言葉を使った。この背景には対中政策の転換がある。
クリントン政権以後のアメリカは中国とのつながりを深める関与政策によって中国の経済と社会が変わり、西側に接近することを期待してきた。だが中国は軍事的・経済的に台頭すればするほど西側諸国との協力から離れて対抗に向かう。オバマ政権の8年、関与政策の挫折は既に明らかだった。
トランプ政権が関与政策を捨て去って中国への対抗に舵(かじ)を切ったとすれば、バイデン政権は対中強硬姿勢を引き継ぐとともに、インド太平洋において中国に向かい合う国際体制を築いてきた。日米豪印戦略対話(QUAD)や米英豪3国による安全保障協力(AUKUS)はその一端に過ぎない。

政治理念でもスタイルでもトランプと対照的なバイデンの厳しい対中姿勢の背景には中国の攻撃的台頭がある。
国防総省が議会に提出した年次報告には、中国が軍民融合戦略に基づいて文民技術と防衛を一体化し、通常兵器はもとより核兵器の高度化を進めていることが指摘されている。香港や新疆ウイグル自治区における組織的な人権抑圧はいうまでもない。中国の政治体制や経済体制により適する形に国際秩序が組み替えられてはならない。アメリカ、そして民主主義と市場経済を共有する西側諸国は、台頭した中国と競合せざるを得ないという認識がそこから生まれる。
関与政策の転換は必要であるが、関与に代わって軍事圧力で臨めば中国の政策が変わるとは限らない。11日に閉幕した6中全会(中国共産党第19期中央委員会第6回全体会議)における歴史決議を見ればわかるように、習近平体制は国内政治における共産党指導部の権力保持を第一として展開しているからだ。北風でも太陽でも変えることができないとすれば、米中の競合は長期化するほかはない。
地球温暖化対策は米中協力が期待される分野であり、COP26(国連気候変動枠組み条約締約国会議)では米中首脳の共同宣言も発表された。だが会議終幕で中国は石炭火力廃絶のために先進諸国と協力することよりも先進国の資金支援に不満を募らせる発展途上国の声を代弁することを選んだ。米中の競合は国連における共通目標の討議にも影を投げかけていた。

競合が長期化して世界に広がるとき、コミュニケーションを保たなければ紛争、いや戦争さえ招きかねない。今回の首脳会談でもコミュニケーションの必要について触れられたとのことだ。競合の克服ではなく、競合の存在を踏まえつつ紛争発生を防ぐことが目的の会談だった。
避けるべき紛争の第一は台湾危機である。CNNが主催した会合で、中国が攻撃を加えた場合にアメリカは台湾を防衛するのかという問いに対してバイデンは、そうだ、アメリカにはそのコミットメントがあると述べた。台湾防衛について明示しない戦略的曖昧(あいまい)性を保つ基本方針から離れたかにも見えるこの発言は侵略を未然に抑止する目的によるものだろう。
確かに中国にとって台湾を先制攻撃するリスクは高い。だが、軍事演習によって力を誇示することは可能であり、台湾空域における中国軍戦闘機の活動は急増していると伝えられている。演習が中台両軍の衝突を招いた場合には中台ばかりでなく米中の交戦にエスカレートする危険は無視できない。
核兵器についても競合が生まれている。中国軍は通常兵器に加えて核戦力を拡大し、核弾頭などを搭載できる極超音速ミサイルの実験を行ったとも報道された。米ロに続く第三の核大国として中国が台頭するとき、米ロ2国を主体とする核兵器削減・管理の枠組みでは対応することができない。
軍事衝突のエスカレートも軍拡競争も、かつての米ソ冷戦では国際政治の日常だった。その日常がいま、米中競合のなかで復活してしまった。アメリカとロシアの緊張を加えて考えるなら、世界規模の冷戦にまで発展する懸念もある。米中首脳会談は、冷戦が熱戦とならないためのわずかな手立てに過ぎない。(国際政治学者)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2021年11月17日に掲載されたものです。