藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) G7広島サミット 核抑止ではなく廃絶を

主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開かれる。被爆地広島で開催されるこの会議は、核軍縮と廃絶への道を開くだろうか。
核兵器をめぐる状況は悪化している。ロシアのプーチン政権は新戦略兵器削減条約(新START)から離脱すると宣言し、核兵器使用を示唆する威嚇的発言を繰り返した。中国は通常兵器に加えて核兵器でも軍拡を続け、北朝鮮はミサイル実験を繰り返している。核軍縮のための国際体制は弱まるばかりか、実戦で核兵器が使用される可能性も無視できない。
だが、核軍縮体制の再構築は難しい。サミット参加国の多くにとって核軍縮の優先順位が高くないからだ。
G7諸国は民主主義と資本主義を共有する米国の同盟国である。広島サミットではインドやブラジルなどの新興経済圏諸国が招かれており、グローバルサウスへのアプローチは認められるが、ロシアと中国は招かれていない。西側諸国の集まりといってよい。
さらにG7過半数の4カ国はヨーロッパの国だ。ロシアのウクライナ侵攻が国家存立の危機であるために、これらの諸国では核軍縮よりもロシアへの抑止力保持が優先的な課題である。
NATO(北大西洋条約機構)諸国はウクライナ支援によってロシアの脅威を抑えながらロシアとの直接の戦争は回避してきた。プーチン政権による核使用の恫喝(どうかつ)は、核に訴えることでNATOのウクライナ支援を押しとどめる方策だった。

ウクライナがロシアへの反攻を準備しているいま、NATO諸国では、長射程ミサイルや戦闘機など、ウクライナへの武器支援を拡大する動きが広がっている。ドイツや英国など欧州を歴訪したゼレンスキー大統領は新たな軍事支援を得ることになった。
ウクライナ支援を第一の目標とするとき、米ロ核軍縮交渉再開の優先順位は低い。核戦争へのエスカレートを恐れてウクライナ支援を手控えたなら、ウクライナを見捨てロシアを利する結果に終わりかねないからだ。
今回のサミットでは西側諸国の中国への対応も問われている。米国、さらに日本は、中国への脅威認識の共有に基づいた東アジアの同盟とNATOの連携強化を模索するだろう。
米国ばかりか英国や日本も、核抑止力は中国による将来の軍事行動を抑制する手段になると捉えている。通常兵器による抑止に加えて核抑止力が不可欠だという認識である。
日本外交は核廃絶を訴えながら核抑止力に依存する二重性を抱えてきた。岸田文雄首相は外相時代から核問題に取り組み、核不拡散条約(NPT)再検討会議にも関わって長い。だが、岸田政権の下で採用された新安全保障政策は安倍政権も含めてこれまでの日本政府では考えることのできなかった防衛力拡大を目指している。中国との緊張が拡大するなか中国を抑止する先頭に日本が立とうとしている。

広島サミットではロシア、中国、北朝鮮、さらにイランの核政策が批判を受けるだろう。岸田首相がNPT再検討会議において提唱した核兵器不使用が合意される可能性も高い。だが、核兵器の不使用は核軍縮ではない。ロシアと中国に対する西側諸国の結束を第一に求めるなら、核のない世界どころか、核抑止に頼る必要性を確認するサミットになりかねない。
では、どうすべきか。ロシアの核兵器による脅しも中国の核軍拡も対抗措置を必要とする明白な脅威である。私はウクライナへの支援強化も、中国に対する通常兵器による抑止力の強化も必要だと考える。
だが、核軍縮は、ウクライナ支援や中国への抑止と矛盾しないどころか、同時に進めなければならない。戦争がエスカレートする危険がいまほど高い状況はないからだ。ウクライナの反攻が成果を上げ、ロシア本土への攻撃が広がるならロシアが核を使う可能性は飛躍的に上昇する。抑止力を保持しつつエスカレーションを回避するには核戦力の削減が不可欠なのである。
ロシアとの核軍縮交渉の再開は難しく、中国を核軍縮の枠組みに誘い込むことはさらに困難である。だが、抑止は常に破綻(はたん)する危険を伴う以上、核軍縮の枠組みがなければ核戦争勃発の危険は避けられない。核の不使用と核不拡散に加えて現在の核保有国が核兵器削減のプロセスを開始しない限り、このリスクを下げることはできない。
広島サミットでは参加した首脳による広島平和記念資料館の訪問が予定されている。核兵器が使われた場合に何が起こるのか、その犠牲に目を向けることが核軍縮と核廃絶の出発点である。いま必要なのは核抑止への過信ではなく、核抑止に頼らない平和を実現するための選択である。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2023年5月17日に掲載されたものです。