藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) 新冷戦、固定化した分断 結束弱き二極、招く不安定

世界は新しい冷戦の時代に入ったと指摘されて久しい。このコラムでも2018年12月に米中競合による新しい冷戦の可能性を論じ、22年2月にロシアがウクライナへ侵攻する直前には、この危機を契機として新しい冷戦が始まってしまったと書いた。
ウクライナ侵攻が始まって1年半が過ぎ、米国とその同盟国を一方の極、中国とロシアを他方の極とする国際政治の分断はさらに進んだ。東西対立の固定化は既に現実となった。
だが、過去が繰り返されるとは限らない。米ソ冷戦と比べるとき、現在の国際政治では二つの極の結束は弱いことがわかるからだ。
米ソ冷戦には三つのレベルがあった。第一は米ソ両国の対立であり、その軍事的表現が核兵器で相手を脅し合う核抑止体制である。第二に、米ソ両国はその政治的影響下に置かれる勢力圏を国外に築き、勢力圏の保持と拡大を競った。最後のレベルが各国の国内政治であり、米国、あるいはソ連の求める政策に従う体制を維持すべく、国内政治への干渉が続けられた。
二極体制などと呼ばれるように、米ソ冷戦下の国際政治は二つの国家を頂点とする覇権秩序であった。現在は、冷戦後に圧倒的な優位を得た米国の覇権が、中国とロシアの挑戦によって揺るがされている。さらに、ウクライナ侵攻は勢力圏の軍事的競合を招いた。米国を中心とする同盟が拡大・強化され、ロシアはベラルーシ、さらに北朝鮮との軍事連携を強めている。

だが、米国の同盟国は世界的に限られているばかりか、NATO(北大西洋条約機構)諸国はもちろん日本や韓国についても、米国が各国の国内政治に介入する力は弱い。米ソ冷戦における西側同盟には共産圏に対抗する軍事秩序と米国主導の覇権秩序という両面があったが、現在の米国は冷戦期ほどには同盟国に政策や政治体制を強制する力を持ってはいない。
ロシアはベラルーシやカザフスタンなど5カ国との間で集団安全保障条約機構(CSTO)と呼ばれる軍事同盟を主導している。だがその結束は弱く、加盟国のひとつであるアルメニアは、9月11日から米国との軍事演習を開始した。ロシアがウクライナ侵攻への協力を期待できる同盟国はベラルーシ一国に留(とど)まっているのが現状であり、北朝鮮を加えても西側同盟に伍(ご)する力を持っていない。
中国は習近平(シーチンピン)国家主席の下で一帯一路に見られるようなユーラシア地域の連携を進めてきたが、共同防衛を期待できるほどの軍事的連携を築いた相手はまだ存在しない。また習近平体制の下で中ロ両国の軍事的連携が強化され、ウクライナ侵攻後に中ロ貿易が拡大したが、ウクライナ侵攻の軍事支援について中国は慎重な姿勢を崩していない。中ロ両国に一つの軍事ブロックとしての実体を見ることはできない。
このように、米ソ冷戦と異なり、現在の国際政治における同盟と勢力圏は、地域的に限定され、各国の結束も強固とは言えない。そのなかで、どちらの陣営にあるのか不明確な諸国に近づく競争が生まれた。米国に与(くみ)するか、中国、ロシアに与するか明らかではない各国を取り込むべく、米国、中国、ロシアが競い合うのである。

G7広島サミット(主要7カ国首脳会議)の課題の一つは、欧米を中心とするG7諸国・地域と、インド・ブラジルなどグローバルサウスの諸国との連携だった。他方、南アフリカで開催されたBRICS(新興5カ国)サミットは、プーチン大統領は対面参加を見送ったものの、新興国がロシア・中国との連帯を示す場となった。
国際政治の周辺に追いやられてきたグローバルサウスが既存の国際秩序に異議申し立てを行う空間がこうして生まれる。だが、グローバルサウスはかつての非同盟諸国会議のように国際政治の第三極をつくるとは限らない。グローバルサウスのなかに主導権を求める競争が展開しているからだ。
9月9~10日にインドで開催されたG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)では、習国家主席が欠席したこともあり、議長国インドがグローバルサウスを代弁するかのように会議を主導した。他方、9月15~16日には、1964年に77の国連加盟国が結成した77カ国グループに中国を加えた首脳会議がキューバで開催された。名前は77カ国でも参加国が77よりはるかに多いこの会合によって、中国は新興国との結束を誇示した。
国際政治の東西への分断は米ソ冷戦と共通している。77カ国グループの声は第三世界の名の下で脱植民地化を求めた時代を想起させる。だが、分断は固定化しても陣営の結束は弱い。その流動性が新たな国際的不安定を招いてゆくだろう。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2023年9月20日に掲載されたものです。