藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) 新たな冷戦、最前線の日本 経済による緊張緩和を

ロシアのウクライナ侵攻とイスラエルのガザ攻撃という二つの戦争が長期化するなか、中国と米国の競合が全面的な軍事対立に発展している。中国、イラン、北朝鮮を一方の極、米国とその同盟国を他方の極として、グローバルイーストとグローバルウェストが軍事的対立を続けつつ、インドや東南アジアなどグローバルサウスへの影響力拡大を求めて競いあう。かつての米ソ冷戦を想起させるような国際政治の構図が生まれている。
米ソ冷戦と現在の米中競合との間には違いもある。なかでも注目すべきなのは、東アジアが東西対立の最前線となったことだ。
米ソ冷戦の中心は欧州の東西分断であり、朝鮮半島とベトナムで戦争が起こったにもかかわらず、アジアは冷戦の周辺地域だった。だが、現在の米国が軍事経済の両面で最大の脅威と目するのはロシアでもハマスでもなく中国であり、その脅威に対抗する最前線は台湾、韓国、そして日本である。ロシアのウクライナ侵攻が続くとはいえ、欧州は東西分断の周辺に過ぎない。

NATO(北大西洋条約機構)という多国間安全保障の枠組みを築いた欧州と異なり、これまでの東アジアでは日米・米韓・米豪という米国を中心とする二国間同盟が防衛協力の基礎であった。しかし、ウクライナとイスラエルを軍事的に支援しつつ中国と対抗するためには、米国は同盟国の協力を動員しなければならない。バイデン政権の下で、米国と同盟を組む諸国の防衛協力が飛躍的に拡大した。
既に日豪両国は防衛協力を進めてきたが、今年8月の米キャンプデービッドにおける日本・韓国・米国の首脳会談によって、日韓の防衛協力の基礎が築かれた。東アジア同盟のNATO化と評してもよい。
私は、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の下で韓国が日本との関係改善に取り組んだことを高く評価する。日本は、韓国とオーストラリアをG7(主要7カ国)首脳会議のメンバーに加えることも支持すべきであると考える。韓国が核兵器の開発を含む独自の防衛戦略に向かうことを阻止するためには日米韓3カ国の協力が必要であり、さらに米国と欧州諸国を中心としたG7を欧米以外の先進諸国との協議体に発展させることが望ましいからである。
問題は、日韓関係の強化が北朝鮮と中国の脅威に対抗することを主な目的として進められている点にある。日米韓首脳会談における合意は防衛協力だけではないが、3カ国の防衛訓練から経済安全保障に至る軍事的連携が中心となっていることは否めない。
中国から見れば、東アジアにおける同盟の強化が冷戦期における封じ込め政策の復活として映り、中国による西側諸国への軍事的対抗がさらに強められる危険がある。中国の軍事力拡大が脅威だからこそ、抑止力を強化する一方で中国との緊張を緩和する方策を見いだす必要も生まれることになる。

では何ができるのか。第2次世界大戦後の日本外交の柱は、日米同盟と並んで経済外交であった。東南アジア諸国への賠償と経済援助はASEAN(東南アジア諸国連合)諸国との信頼醸成と輸出市場拡大につながった。日中関係正常化と、それに続く膨大な対中経済援助も同じような効果をもたらすことが期待されていた。
いうまでもなく現在の中国は世界第二の経済大国であり、日本が経済援助を行う対象ではない。だが、中国経済は低迷するばかりか、中国を中心とするサプライチェーンは米国を中心とするものに転換し、一帯一路政策の下で進められてきた中国主体の経済協力事業は明らかな行き詰まりを示し、膨大な負債が生まれた。この中国経済の姿は、かつて日本が高度成長から長期の経済停滞に転じた過程と酷似している。
日中韓3カ国は自由貿易と経済的安定を維持するという共通の目的を持っている。中国の経済再建に日韓が協力するといえば驚かれるかも知れないが、中国が主要な市場であるからこそ、中国経済の破綻(はたん)は避けなければならない。バイデン政権が貿易政策の提案に消極的ないま、軍事的対抗とは別に経済的連携を強める意義は大きい。外相会合で早期の開催を確認した日中韓首脳会談で取り上げるべき課題だ。
岸田政権は国家安全保障戦略などの外交・安全保障の基本戦略によって中国への軍事的対抗を強化し、経済安全保障の模索によって経済も地政学的対抗と結びつけている。だが、経済までも安全保障の領域とするなら、東西の分断は加速し、緊張の激化も避けられない。東西対立の最前線となったからこそ、日本は経済の安全保障化ではなく、経済による緊張の緩和を求めなければならない。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2023年12月20日に掲載されたものです。