医療×AIセミナーシリーズ第1回「開業医とAI」
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日程:2019年01月19日(土)
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時間:15:00-17:00
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会場:理化学研究所革新知能統合研究センター
医療現場での課題解決に向け様々なテクノロジーが導入される中、AI(人工知能)などの萌芽的技術の臨床現場での実装も始まりつつあります。現場での課題を熟知している医師による開発や実装、また医師と協働する開発者ら、社会実装に向けた仕組みをつくる政策関与者も増えてきました。
そこで、医療現場でのAIの活用を進める医師や開発者らを講師にお招きし、具体的な臨床現場の課題解決にどのように役に立つのか、現状と課題についてお伺いいたします。また、今後どのように実装されていくのか、政策関与者も含めて議論を行います。
目々澤肇(めめさわ・はじめ)
目々澤医院院長
1981年獨協医科大学卒。卒後日本医科大学第二内科で脳卒中研究に取り組み、医学博士取得後、スウェーデン・ルンド大学実験脳研究所にて大学院医学博士課程修了(Ph.D)。日本医科大学附属病院第一病院内科医局長。日本医科大学付属千葉北総病院脳神経センター副所長を経て開業、医療法人社団目々澤醫院院長となる。現在東京都医師会理事を務め、都内病院の電子カルテを結ぶ東京総合医療ネットワークを構築中。
田澤雄基(たざわ・ゆうき)
慶應義塾大学医学部精神・神経科、MIZENクリニック豊洲院長
2014年慶應義塾大学医学部卒。医学部生時代に医療IT系企業を起業し、売却。研修医を経て慶應義塾大学医学部精神・神経科に入局。大学院生として、人工知能やIoTを活用した精神疾患の診断研究に従事。また同時に同医学部の産学連携プロジェクトを担当し、健康医療ベンチャー大賞を設立、実行委員長を務める。独自の取り組みとして夜18-22時に診療する予防専門MIZENクリニック豊洲を開業し、働く人のための夜間診療を行っている。
東京大学政策ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部は、2019年1月19日に医療×AIセミナーシリーズ第1回「開業医とAI」を開催しました。講師に目々澤肇氏(東京都医師会理事、目々澤医院院長)、田澤雄基氏(慶應義塾大学医学部精神・神経科、MIZENクリニック豊洲院長)をお迎えし、開業医にとってのAIの利用の現状と課題についてお伺いしました。
まず、目々澤医院院長の目々澤肇氏が登壇し、頭痛外来で活用しているAI問診システム「Ubie」の有用性について紹介した。問診の時間を、従来のほぼ3分の1程度の7~8分に短縮できるという。
慢性頭痛の問診自動化を目指して
目々澤医院の専攻領域は、脳卒中の一次・二次予防、慢性頭痛、認知症、めまいの4つ。電子カルテはオープンソースの「Open Dolphin」を使用しており、Mac上で走っている。そのほか医療画像管理・処理ソフトウェアの「OsiriX(オザイリクス)」のほか、医療介護連携ツール「Medical Care Station」サイトや携帯心電図「Check Me Pro」などを組み合わせて診療を行っている。なお目々澤医院では「Ubie」は慢性頭痛の問診自動化を目指すツールとして導入しているが、初期からモニター的な立場として株式会社Ubieからの使用料請求を受けていない。
問診は平均で15分程度かかる。診療時間は問診に加え、身体所見、疾患説明、検査予約などで時間がかかるが、実際にはそんなにかけられない。通常の診療は半日(3時間)で約50人。単純計算すると一人あたり平均3.6分しかとれないことになる。だが現実には、慢性頭痛患者の新患3人で45分かかることもある。また、めまいは所見取りに時間がかかる。認知症は疾患説明に時間がかかり、慢性頭痛は問診に時間がかかる。目々澤氏は、このうち、現在のAIで時間を短縮できるのは「問診」部分ではないかと考えた。
片頭痛には、動けなくなる、嘔気を伴う、光・音・嗅覚過敏があるという3つの特徴があると目々澤氏は紹介した。一般に、医師の約8割は、肩が凝っている頭痛の患者に対し緊張型頭痛と診断することが多いが、目々澤氏は「肩凝りが片頭痛のスイッチになる。そういうことが大事だ」と述べ、「症状そのものよりも、病歴と随伴症状で診断が決まる」と語った。普通の神経疾患の所見取りには時間がかかるが、慢性頭痛については顔と首にある特徴的圧痛点を押して見るだけで十分という。
そして片頭痛の問診において欠かせないポイントをしっかり評価しているシステムとして「Ubie」を紹介した。
AI問診システム「Ubie」 患者の言葉を医師の言葉に翻訳
「Ubie」は、患者がタブレット端末を使い、いくつかのあてはまる項目を選ぶだけで問診ができるツールだ。医師はそこから出てきたデータを電子カルテに移し、修正しながら問診を進めることができる。一般に患者は、その場で出た直近の痛みについて問診で話しがちだが、診断において重要なのは隠れている履歴である。最近の痛みについてはタブレットで確認し、実際には隠れていた要素を問診で確認しながら聞いていくことで手間を省く。服用中の薬もチェックする。目々澤氏は、顔と首のどこを押したら痛むかといった所見も書き込んでいる。
目々澤氏は、Ubieで一番重要なのは「こういう症状はない」、つまり陰性症状を自動記載してくれる点だという。この機能によって、後になって医師が「あの患者さんのあれはどうだったか」と確認したくなったときの安心にも繋がる。
目々澤氏は実際のUbieの画面を紹介しながら解説した。なお会場にはUbieを開発するUbie株式会社の共同代表取締役で医師の阿部吉倫氏も参加しており、開発当初から、高齢者が実際に使えるかどうかを確認しながら進めたと説明した。問診が終わると、病名の候補が複数表示される。例として目々澤氏が自身の症状を入力したところ、片頭痛が一番上に表示された。この病気予測部分と、実際に電子カルテに貼り込めるテキストの自動生成の部分に、AIが活用されている。
なお最新版は、以前のバージョンの紋切り型の表現から、より人が書いたような文章が生成されるようになっているという。キーポイントはきちんと表記されており、陰性症状も記載されている。さらに「お薬手帳」の読み込み機能も実装し、取り込むと内服薬がずらっと出て来るようになった。ジェネリック薬の製剤名にカーソルを合わせると先発薬の商品名も出てくる。これは現場の医師にとって、とても助けになるという。
Ubieは、患者の言葉を医師の言葉に翻訳して、電子カルテに貼り付けすることができる。推測精度の改善には国内外の5万件の論文を使っているだけではなく、リアルな医師の問診データを使って、より精度を上げている。
問診時間は約1/3に 意外な発見、多言語対応も
目々澤氏はUbieの活用によって、問診時間は7~8分程度、従来のほぼ3分の1になった。Ubie利用前後の問診時間を比較して確認すると、10.3±2.0分から、3.5±1.8分へと短縮されていた。6~7分の短縮に繋がったことになる。
ただ、Ubieにはもちろん限界もあった。RCVS(可逆性脳血管攣縮症候群)や性交時頭痛など特殊な頭痛には対応していなかった。また、めまいと合併して起こる頭痛との分離ができなかった。また、もともとあった頭痛と今回来院を決心した頭痛との切り分けはできない。それは医師が実際に診断で確認する必要がある。
一方、目々澤氏が「おっ」と思った事例もあったという。Ubieからの第一候補で「副鼻腔炎」が挙がったが、患者の前額部や頬部を押したりしても痛まない。だがめったにないことだったので念のためCT撮影をしたところ、実際に副鼻腔炎だったという。あまりにも圧が高まりすぎたので鈍痛があったが、押しても痛まなくなっていたのだった。さらに、重篤度の高い疾患である椎骨動脈開離の正答率が高いことも有用性が高いとコメントした。
目々澤氏は、Ubieの他にも、問診をサポートするシステムを紹介した。一つ目は「メルプWEB問診」だ。当初はLINEベースで動いていたが、今は独立したウェブベースになっている。患者が来院する前にスマホで入力してから診療所に来るもので、予約機能もある。中国語にも対応している。
このほか、筑波大学の医師が開発した「問診ナビ」というシステムもあるが、少しインターフェース画面が細かすぎるのではないかとコメントした。東京女子医科大学の医師も「今日の問診票」というシステムを開発しているが、まだリリースはされておらず、詳細については手書きで入力するようになっているのだが、患者にそこまでやらせても、得られた情報がうまく医師にフィードバックされるかは疑問である。目々澤氏は「完璧を目指すよりは簡単にできたほうがいいのではないか」と述べた。なおUbieも今では英語・中国語・韓国語への対応を準備し始めている。目々澤氏は東京都医師会の医療情報担当の理事でもあり、ICT活用の推進を進めているほか、外国人医療の副担当でもある。東京都医師会では訪日外国人への対策が急ピッチで進められており、外国人の患者の医療翻訳が重要視されている。問診が自動でできるようになれば、外国人患者の対応はかなりハードルが下がる。自動問診システムの多言語対応はその面でも期待されていると述べた。
AIを活用して医師が患者の目を見る診察へ
では本当に目指すべきAI導入の診療の未来とは何か。問診の自動化は道筋ができている。必要とされる検査項目、可能性のある疾患の列挙、処方箋・治療法の提案、患者指導の画面表示なども自動化ができる可能性がある。
一番大切なことは、医師が患者のほうを向かずにパソコンと向かいあっている今の医療の改善だと目々澤氏は強調した。「患者さんの目を一度も見ない医師がいる。それをなくしたい。電子カルテを書くことが目的になった現代の医療を打破しないといけない」と述べ、患者を治すために向き合って診察することを主目的とした医療が重要だと語った。
そして河北医療財団の河北博文氏からの「医者が患者と向き合い、問診・理学的診察をすませると電子カルテの書き込みが自動的に済んでいるような仕組みができないか」というメッセージを紹介した。自分もそう思っているし、もしできたら真っ先に使いたい、その思いを実現したいと述べた。自動運転車に代表されるように、これまで人が行うのが常識と考えられてきた面倒な作業や危ないと考えられていた作業もAIによって実現できるようになりつつある。それと同じようなことが医療の世界にも必要なのではないかと考えているという。
最後に目々澤氏は「医療用ICTは面倒ではいけない」と強調した。PCが通信したり演算したりしている間は少し待たされる。ICT機器に慣れている医師ならば待たされることにも慣れているが、一方でICT系ツールから離れている医師であればあるほど、ちょっとでも待たされると「使えない」「面倒だ」と拒否反応を起こしてしまう。だから簡単で素早い反応が求められる。そして「AIは医療者の判断をサポートする役割を果たしてほしい」とまとめた。
次に慶應義塾大学医学部精神・神経科、MIZENクリニック豊洲院長の田澤雄基氏が講演した。
田澤雄基氏は医学部生の頃に起業、事業売却後に医師になったという経歴を持つ。現在は平日夜間のみ開業しているMIZENクリニック豊洲の院長として、働く人のライフスタイルに合わせた生活習慣病治療に取り組んでいる。また慶應義塾大学医学部の精神・神経科では、研究者として日本医療研究開発機構(AMED)による「ICTを活用した診療支援技術研究開発プロジェクト」の1つにも携わり、精神疾患の重症度の定量評価に取り組んでいる。セミナーではこの3つの観点からヘルスケアIT活用について、開業医として必要なサービスや事業開発ポイントについて紹介した。
AIのブラックボックス問題、なぜ判定できているのかわからない
MIZENクリニック豊洲は18時から22時までの4時間、平日夜間のみ開いており、働いている人の生活習慣病を中心に診療を行っている。
慶應大での研究としては、デジタルデータとAIを用いた精神症状の定量化の研究を進めている。精神疾患にはバイオマーカーが少ない。そこで表情や音声、体動などの生体データをウェアラブルのデジタルデバイスで24時間連続して取得して、アルゴリズムで精神症状を定量化することを目指している。
田澤氏は、特にウェアラブルデバイスを用いた日常生活のモニタリングを担当している。TDKの「Slimee」という活動量計を使うことで、非侵襲で24時間患者のモニタリングを行う。数値データなので従来の面談評価よりも客観的なデータが取れる。安価で、実際の一般臨床現場でも使いやすい。このデバイスを用いた研究で高い精度でのうつ状態の判定や重症度評価の実現を試みているという。
ウェアラブルデバイスで取得したデータ量は膨大で、扱う特徴量は最大で160程度になる。約60人の計3000日分について、それぞれ歩数や睡眠量、心拍、紫外線量などのデータを取得し、それらの平均値や分散、相関など、通常は63種類の特徴を扱っており、掛け合わせると2億7千個もの数値を用いたモデルを扱っていることになる。
この生データを見ただけでは、うつ病かどうかは医師には判別できないので、機械学習を用いて分析する。田澤氏は、機械学習を使っている上で課題と感じていることは、「これだけの判定精度を出しているが、データを見せられても、なぜAIが判定できているのかわからないこと」だと述べた。これはAIの根本的課題の一つだと感じているという。
従来の医学統計と機械学習の違い
田澤氏は、「医学統計とAI(機械学習)は、どちらも統計学をバックグラウンドとしているので被っている部分もあるが、違う部分もある」と続けた。従来の統計では通常扱う変数は少数で、臨床上は変数の意義を解釈することが重要視されている。
一方、そもそもAIは判定を行うという実用上の用途のために開発されることが多く、扱う変数の臨床上の意義はAIにとっては重要視されない。AIを活用するほど複雑な変数を基にモデルを作ろうとするなら、各変数の意味は通常は解釈が難しい場合が多い。いわゆる「AIのブラックボックス問題」だ。
現場の医師に納得感を持って使ってもらえるか
開発者が取り得る対策の一つとしては、なぜAIが見分けられるのか、別の方法で再検証することになる。実用化の上では、「成立根拠が理解できないモデルを医師は臨床で安心して使用できるか」という課題がある。医療現場でAIが間違えると医師の責任問題に発展し得る。一方で、モデルが簡単に理解できるのであれば、普通の統計解析でも十分だったのではないかとなる。このバランスが臨床に用いるAIを開発する上での問題だと田澤氏は指摘した。
複雑な解析をしないとAIを使う意味がないが、解釈が難しいと納得感が得づらく、臨床で広まらない。その納得感をどう作るか。サービス実装上はそれが大きな課題であり、「AIを活用するためには、研究開発の前から、臨床医の実用目線で納得感を持って使えるようなUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)の検討まで行うべきだ。その上でどんなデータを取っていくかが重要だ」と述べた。
簡単なシステムで患者待ち時間の最適化は可能
田澤氏は最後に開業医の立場からMIZENクリニックで使っている問診システムについて紹介した。普通の診療所は来院までにどんな患者がいつ来るかわからない。これは診療所のマネジメント上の課題である。患者の待ち時間の長さにもつながってくる。また疾患管理リスクも高い。
田澤氏の診療所は夜間診療中心のため患者は20代から50代が多く、院外から問診票をスマホで入れてもらって、来る前から医師の手元に受診情報がある状態で来院するので、診療時間がどの程度になるか、いつ来院すると待ち時間が一番少ないのか事前に予測ができる。
田澤氏の診療所では、ウェブ問診システム「MELP」を開発した吉永和貴氏が、その前身として開発したシステムを使っている。入力には患者はクリックするだけでいい。重要なことは陰性初見が一目でわかること。それを自動的にテキストとして吐き出して、電子カルテに貼り付けることもできる。
同時に、問診内容の主訴によってパラメーターが変わる計算式を入れたシステムをタイムマネジメントに用いている。このシステムは非常に便利だとのこと。田澤氏の診療所の平均在院時間は10分程度だが、患者の待ち時間も自動で計算されて最適化されるので、待ち時間は最小で、最大数を診療することが実現しているという。
これにはAI技術は全く使われてない。田澤氏は「AIを活用して、たとえば稀な疾患を見つけたりすることは便利だが、他にも臨床現場には多くの問題がある。それらの課題の解決は低コストなシステムでも十分に解決可能な場合も多い。」と述べた。
どんなメリットを医療従事者/患者に与えたいのか
AIに高い開発費をかけると診療所側の費用負担が多くなってしまい、その結果広まりづらいものになってしまう可能性がある。しかしながらAIを使う必要がないようなものも多く、エビデンスが少なかったり、月額費用が高いのに保険点数がつかないため赤字になっていたり、使用する際にネットワーク上の問題があることもある。そもそも医師のあいだに「AIとは何か」という基本的な理解も広がっていない。「実際にサービスを開発して医療機関に導入していくためには、それぞれの課題に対してどのような解決策を盛り込んでいくかが重要だ」と述べた。
そして「研究面としてはAIは期待値が高く、今後、様々な解析で画期的な新事実がわかったりするだろうが臨床面では導入面のハードルは高い」と課題を改めて指摘した。また、「これならAIは不要なのではないかとか、AIを持ち出すことでコストが不要に高くなることも少なくない。」と述べて、「研究開発前からどの領域でどんなメリットを医療従事者/患者に与えたいのかを考えた上でサービス事業開発をするのが臨床で本当に使えるものにするには重要だと思う」と講演を締めくくった。
講師プロフィール
目々澤肇(めめさわ・はじめ)
目々澤医院院長
1981年獨協医科大学卒。卒後日本医科大学第二内科で脳卒中研究に取り組み、医学博士取得後、スウェーデン・ルンド大学実験脳研究所にて大学院医学博士課程修了(Ph.D)。日本医科大学附属病院第一病院内科医局長。日本医科大学付属千葉北総病院脳神経センター副所長を経て開業、医療法人社団目々澤醫院院長となる。現在東京都医師会理事を務め、都内病院の電子カルテを結ぶ東京総合医療ネットワークを構築中。
田澤雄基(たざわ・ゆうき)
慶應義塾大学医学部精神・神経科、MIZENクリニック豊洲院長
2014年慶應義塾大学医学部卒。医学部生時代に医療IT系企業を起業し、売却。研修医を経て慶應義塾大学医学部精神・神経科に入局。大学院生として、人工知能やIoTを活用した精神疾患の診断研究に従事。また同時に同医学部の産学連携プロジェクトを担当し、健康医療ベンチャー大賞を設立、実行委員長を務める。独自の取り組みとして夜18-22時に診療する予防専門MIZENクリニック豊洲を開業し、働く人のための夜間診療を行っている。