ブックローンチイベント “石油が国家を作るとき: 天然資源と脱植民地化”

  • 日程:
    2025年03月26日(水)
  • 時間:
    17:00-18:30
  • 会場:
    本郷キャンパス 伊藤国際学術センター3F 中教室
    地図
  • 主催:

    東京大学未来ビジョン研究センター 安全保障ユニット (SSU)

  • 言語:

    日本語(同時通訳なし)

  • お申込み:

    下記お申込みフォームからお申し込みください。

    *未来ビジョン研究センター(IFI)は、今後の活動についての情報を提供するため皆様の個人情報を収集させていただいております。
    この情報はいかなる第三者にも開示致しません。

定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

安全保障研究ユニット(SSU)では、この度「夕暮れの人文書」と題したブックトークイベントのシリーズを立ち上げ、その第一回として、2025年1月に発刊された、本ユニット所属の向山直佑准教授の著書『石油が国家を作るとき:天然資源と脱植民地化』(慶應義塾大学出版会)を取り上げます。

天然資源の追求は植民地支配の原動力の1つであり、植民地化と脱植民地化のプロセスの中から、今日存在する主権国家の多くが誕生しました。それでは、旧植民地における国家の形成に、天然資源はどのような影響を与えたのでしょうか。また、もし天然資源がなければ、現在の世界地図は違ったものになっていたのでしょうか。『石油が国家を作るとき』では、現代における最も重要な天然資源である石油に主に焦点を当てつつ、こうした疑問に回答を与えます。

本書では、植民地時代の石油をめぐる政治がいかにして「本来存在しないはずの」国家の誕生に貢献したかについて、ブルネイ、カタール、バーレーンを事例として説明を行います。これらの国々は脱植民地化にあたって、宗主国と地域大国が推進する合併プロジェクトに組み込まれたにもかかわらず、それを拒否して単独での独立を選択しました。本書は、歴史資料を用いつつ、小さな植民地が宗主国の意図に反して独立したプロセスを、石油と植民地の統治形態という2つの要素を切り口に解き明かします。

登壇者

3月26日、東京大学未来ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)は向山直佑准教授(東京大学未来ビジョン研究センター)をお迎えし、藤原帰一特任教授(順天堂大学国際教養学研究科)の司会のもと、著書『石油が国家を作るとき:天然資源と脱植民地化』(慶應義塾大学出版会)のブックトークイベントを行いました。向山准教授の基調講演に続けて、酒井啓子特任教授(千葉大学グローバル関係融合研究センター)と谷口友季子研究員(アジア経済研究所地域研究センター)が討論に加わり、その後、フロアから質問を募りました。

基調講演

 向山准教授はまず本書の目的を、「本来存在しないはずの国家」はなぜ誕生したのかという問いに対して、天然資源が国家形成に与える影響の理論的かつ体系的な説明を通じて接近することであると位置づけました。脱植民地化に際して宗主国は、友好的で安定した国家に主権委譲することと、生き残れない不安定な失敗国家が生まれるのを避けることを重視しました。その結果、中央アフリカ連邦や西インド連邦、南アラビア連邦、ソマリア、カメルーンなど、複数の植民地の合併を通じた大きな単位での独立が達成されました。ところが、合併計画に組み入れられた植民地のほとんどは合併を余儀なくされる一方で、一部は合併を拒否し単独での独立を達成したのです。なぜそのようなことが可能だったのでしょうか?向山准教授はこれを「パズルとしての単独独立」と呼び、このパズルに対する回答として、「植民地が合併計画に組み込まれた際、植民地時代の石油生産と保護領制度という2つの要素が単独独立をもたらした」という主張を提示します。
 具体的な事例として、本書ではボルネオ島のほかアラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、クウェートといった中東地域も扱われますが、本講演ではボルネオ島の紹介に限定されました。向山准教授は、ボルネオ島に存在していた北ボルネオ、サラワク、ブルネイ、オランダ領ボルネオという4つの植民地の内、ブルネイが唯一単独独立を達成した理由が、まさに石油生産と保護領制度であったことを、事例分析を通じて示しました。ブルネイ以外については、保護領制度を有していたものの石油生産量が十分でなかったサラワクは、財政援助の必要性からマレーシア加入を決定します。石油も保護領制度も持たない北ボルネオもマレーシアに併合され、石油生産はしていたがオランダの直接統治を受けていたため保護領制度を持たなかったオランダ領ボルネオは、インドネシアに併合されるという結末になりました。
 以上のように、石油は世界に存在する「本来存在しないはずの国々」の一部を生み出したことを実証した本書は、これまで研究されてこなかった資源と国家形成の関係を明らかにした他、読者に国家形成の偶発性を意識するよう促し、資源政治、とりわけ「資源の呪い」の研究群に再考を迫るという点で意義のあるものだと向山准教授は述べました。

討論及び質疑応答

向山准教授の基調講演を受け、酒井特任教授と谷口研究員が討論を行いました。まず中東政治を専門とする酒井特任教授は、本書の議論における「保護領」という概念の歴史的な背景をさらに考察すべきではないかと指摘しました。オスマン帝国時代、イラクの部族連合ムンタフィクやイランのムハンマラは、その地理的な位置から帝国の圧力に晒されていましたが、クウェートがイギリスに保護領化された後、自分たちもクウェートと同じように保護領化されることで帝国からの独立を維持できるのではないかと考え、イギリスと交渉を行うようになります。このように、オスマン帝国との距離がどれだけ離れているかによって、イギリスの保護領制度を言わば利用する形で帝国からの独立を維持しようとするインセンティブが働くか否かの違いが生じるのであり、こうした違いが、帝国の外にあったアラブ首長国連邦と内にあったカタールやバーレーンの、脱植民地化に際しての行動の差異を説明し得るのではないかと酒井特任教授は述べました。また、アフリカ諸国の独立と石油やダイヤモンドといった資源の関係性について本書で検討されていないのはなぜか、イギリスの中東における保護領政策をめぐる本国政府とインド政庁の緊張関係を考察してはどうか、というコメントも加えて提起しました。
 続いてマレーシア政治を専門とする谷口研究員が、本書の素晴らしい点として、質的手法のみを用いて分析の外的妥当性を高めたこと、量的手法や因果効果測定を重視する近年の研究潮流に挑戦したこと、過程追跡や反実仮想、差異法、合意法といった方法論を駆使して理論を精緻化したことを挙げました。また、ブルネイのスルタンが保護領制度を通じて内的主権を確立していたためにイギリスに対して高い交渉力を有したと論じる前に、そもそもブルネイにおいてそのような強い現地支配者が存在し得たことの理由を検討すべきではないかという疑問を提起しました。
 他にもフロアのオーディエンスからは、石油・保護領制度という両条件がありながらも単独独立につながらなかった事例はあるのか、矢内原忠雄など日本の植民地主義論を踏まえて言えることはあるか、といった質問が投げかけられました。
 向山准教授は、まず酒井特任教授のコメントに対して、保護領の歴史的背景、並びにイギリス本国とインド政庁との関係性の考察は今後の課題にしたいと述べ、アフリカを取り上げなかった理由としては、アフリカ大陸において石油開発が進んだのは脱植民地化の最中あるいは以後のことであり、単独独立につながるような事例がなかったからだと回答しました。またダイヤモンドについては、南アフリカ連邦計画とダイヤモンド採掘開始時期がずれていたことから扱わなかったと述べました。続いて、谷口研究員の質問に対しては、ブルネイの指導者はイギリスに保護領化される前から強かったわけではなく、石油の発見を受けてイギリスから支援されたことが大きかったと述べました。石油・保護領制度という両条件が揃っていながらも単独独立できなかった事例はあるのかというフロアからの質問に対しては、アブダビであるが、アブダビはむしろ連邦計画を自ら推進する立場にあったので、本書の理論の適用外であると回答しました。日本の植民地主義論との関係を問う質問に対しては、大戦時代の日本の南進政策には石油生産地域を見つけて支配したいという動機があったと答えました。また向山准教授自身、第二次世界大戦中の日本の支配地域における石油産業のあり方について今後研究を広げる予定であると明らかにしました。
 最後に、司会の藤原特任教授は、ネイションやエスニシティといった概念に頼らずに国家形成を論じたことが本書の画期的な点であると強調しました。また、直接統治を経験した植民地は単独独立できなかったという本書の議論の延長線上に、元来多元的な植民地が独立後も一体性を保つことができたのは植民地期にcolonial stateと呼ばれる行政政府が発達し中央集権化が進んだことが原因だとする議論が成り立つのではないかという藤原特任教授の見解が提示され、今後の研究の発展可能性に対する示唆と共に、イベントが締め括られました。