「ダウンサイドリスクを克服するレジリエンスと実践知の探究 – 新型コロナ危機下のアフリカにおける草の根の声」最終シンポジウム
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日程:2025年10月31日(金)
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時間:18:30-20:15 (JST)
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会場:ハイブリッド形式 【対面】東京大学伊藤国際学術センター3階中教室 【オンライン】Zoomウェビナー
*対面ご参加会場 地図 -
主催:
東京大学未来ビジョン研究センター(IFI) SDGs協創研究ユニット
*SDGs協創研究ユニットは、2025年9月に研究活動を終了いたしました。本イベントの事務局業務はSDGs協創研究ユニットから引き継ぎ、グローバル・サウスにおける資源ガバナンスユニット(RG)が行います。 -
共催:
日本アフラシア学会(JSAS)
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言語:
日本語(英語同時通訳あり)
*ご注意: Zoomウェビナーを通じての同時通訳のため、対面会場でご利用の際は、スマートフォンまたはPC、およびイヤフォンをご持参ください。 -
お申込み:
*対面でご参加のお申し込みは定員に達し次第〆切とさせていただきますので予めご了承ください。
*Zoom参加用のURLはイベント前日に事務局よりお送りいたします。
*未来ビジョン研究センターと日本アフラシア学会(JSAS)は、本イベントのZoom URL情報を提供するため、また、今後の活動についての情報を提供するため皆様の個人情報を収集させていただいております。この情報はいかなる第三者にも開示いたしません。
東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)SDGs協創研究ユニットと日本アフラシア学会(JSAS)は、2021年12月から2024年11月までの3年間、日立感染症関連研究支援基金の助成による国際共同研究プロジェクト「ダウンサイドリスクを克服するレジリエンスと実践知の探究―新型コロナ危機下のアフリカにおける草の根の声」を実施してきました。
本研究の目的は、アフリカにおいて新型コロナの感染拡大と各国政府による対応策の両方が人々にもたらすリスクとリスク認知の実態をとらえたうえで、人々が実践知を駆使してリスクを克服していく過程を明らかにし、政府機関や援助機関等による感染症対策に対する政策提言を行うことにありました。そのため、コンゴ民主共和国、ケニア、南アフリカ、タンザニア、ウガンダ、ジンバブエ、エチオピアにおいて人々の草の根の声を集めて分析し、2025年5月に成果書籍『Exploration of Practical Wisdom and Resilience Overcoming Downside Risk: Grassroots Voices in Africa Under COVID-19』(Springer)を出版するとともに、9月に政策提言「サハラ以南のアフリカにおける感染症対策に関する提言」を公開しました。
今回の最終シンポジウムでは、3年間の研究成果を発表するとともに、本プロジェクトのアドバイザーおよび国際保健分野の実務者からフィードバックをいただき、学術界および実務界でのさらなる議論の発展に貢献することをめざします。
1. 開会挨拶
福士謙介 東京大学未来ビジョン研究センター 教授/センター長
2. 研究成果報告
華井和代 東京大学未来ビジョン研究センター 特任講師/研究プロジェクト代表
3. アドバイザーからの講評
稲場雅紀 アフリカ日本協議会 共同代表/国際保健部門ディレクター
岸本充生 大阪大学D3センター 教授
武見綾子 東京大学先端科学技術研究センター 准教授
4. 質疑応答
登壇者と研究メンバーが参加者からの質問に回答します
5. 国際保健専門家からのコメント
喜多洋輔 外務省 国際協力局 国際保健戦略官
高橋順一 厚生労働省 大臣官房国際課 国際保健・協力室長
西野義崇 (公財)日本国際交流センターリサーチ・オフィサー
6. まとめ
グローバル・サウスにおける資源ガバナンスユニット
email: rg[at]ifi.u-tokyo.ac.jp *[at]を@に変更してお送りください。
2025年10月31日、東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)SDGs協創研究ユニットは、日本アフラシア学会(JSAS)との共催で、国際共同研究プロジェクト「ダウンサイドリスクを克服するレジリエンスと実践知の探究―新型コロナ危機下のアフリカにおける草の根の声」の最終シンポジウムを開催しました。
本研究は、2021年12月から2024年11月までの3年間にわたり、アフリカ7か国(コンゴ民主共和国、エチオピア、ケニア、南アフリカ、タンザニア、ウガンダ、ジンバブエ)を対象に、新型コロナ感染拡大そのものと政府による感染症対策がもたらすリスクの双方に着目し、人々のリスク認知やレジリエンスの実態を明らかにすることを目的として実施されたものです。
開会あいさつにおいてIFIの福士謙介センター長は、本年8月に開催された第9回アフリカ開発会議(TICAD9)において日本とアフリカの連携が大きく動き出したことに触れながら、アフリカ7か国における「草の根のレジリエンス」をとらえた本研究の意義を述べました。
続く研究成果発表において華井特任講師は、研究調査の概要を説明しました。オンラインで実施した質問紙調査840件からは、7か国すべてで新型コロナへのリスク認識が低く、政府への信頼は低い一方で医療専門家への信頼は高いことが示されました。各国で実施した聞き取り調査とフォーカスグループ・ディスカッションの結果として、以下の点が明らかになりました。
ジンバブエでは、著名人の死去により一時的に危機感が高まったものの、農業リスクへの注意が薄れるというリスク・トレードオフが発生していました。人々は政府の汚職を批判しつつも感染症対策を支持し、地域のつながりやインフォーマルな支援ネットワークをレジリエンスの源泉としていました。南アフリカでは感染状況が深刻であったにもかかわらず、人々は経済打撃や公共サービスの悪化を主要なリスクとして認識し、家族や市民社会とのつながりを通じて困難を乗り越えました。特に中間層市民は社会全体のレジリエンスを支える存在としての役割を担い、その行動はUbuntuの精神に基づく助け合いとして肯定的に評価されました。
ウガンダでは選挙とパンデミックの重なりにより感染症対策の政治化が顕著となり、人々は感染よりも政府のロックダウンを主要なリスクと認識していました。ケニアとタンザニアでは、若者がオンライン学習の移行や家計支援のために小規模ビジネスを開始する「ハッスリング」が広がり、インフォーマル・ネットワークを基盤とした地域レベルの対処戦略として機能しました。エチオピアではSNSや口コミによる誤情報がワクチン接種に影響し、宗教的信念を介した専門家への信頼が接種行動に関与していることが明らかになり、文化や伝統的指導者との連携による誤情報対策の重要性が示されました。コンゴ民主共和国では紛争影響地域の女性や避難民の生活困難が自尊心や社会資本を低下させ、パンデミック対策による支援制限が女性の回復力を弱めることから、生計維持支援の重要性が強調されました。
これら各国調査の結果から、本研究より導かれた政策提言として、1)感染症対策と経済活動の両立によってリスク・トレードオフを最小化する必要性、2)感染症対策の政治化や権力集中がもたらす民主主義のリスクへの警戒、3)地域文化や信頼関係を踏まえた誤情報対策の重要性、そして4)危機時にレジリエンスの基盤となるインフォーマル・ネットワークを平時から支援・強化するための援助の必要性の4つが提起されました。
研究成果発表を受けて、本プロジェクトのアドバイザー3名から講評をいただきました。
アフリカ日本協議会の稲場雅紀氏は、本研究がアフリカを舞台に社会科学的視点で感染症対策を検討したことの重要性を指摘しました。コロナ危機後も世界的なインフレや債務問題、SNSによる偽情報拡散などを含む、コロナの延長に私たちが生きており、特に情報空間が対立闘争の場になっているとの危機感を示しました。アフリカでは感染症そのものよりも対策によるリスクが重視される一方、日本では社会規律によって危機を乗り越えたもののその基盤は現状では弱まっていると指摘し、こうした変化の中で実践知の再定義と持続的な社会構築の必要性が今後の課題であると強調しました。
大阪大学の岸本充生教授は、リスクとは単なる危険を指すのではなく、不確実性の中で意思決定するための広範な概念であり、「何を守るか」を明確にすることが重要だと指摘しました。守る対象が命や財産に加え、人権や生態系まで広がることでリスク・トレードオフが昨今複雑化していると述べ、リスクを総量だけでなく分配の観点で分析する必要性を強調しています。規制や対策は人間の行動に左右されるため、平時から、何を守るかを議論し、予測困難な行動を考慮したシミュレーションが不可欠だとしました。また、専門家の独立性を保ちつつ、リスク評価と管理を分離し、日頃からインフォーマル・ネットワークの信頼を築いておくことがガバナンスの鍵であるとまとめました。
東京大学先端科学技術センターの武見綾子准教授は、感染症対応では文化・社会的コンテクストが重要であり、パンデミック対応の公平性や南北問題の文脈においても現場の実情を精緻に把握するアプローチが政策形成に不可欠であると指摘しました。また、感染症対策の政治化・安全保障化に備えた事前準備や分業の重要性に加え、日本が議論を主導する国際的意義にも触れ、本研究成果は先進国・途上国双方に応用可能で有用な示唆を与えると強調しました。さらに、情報規制の進む国やアフリカの表現の自由・政治不安との両立課題を踏まえ、デジタル主権と情報マネジメントの在り方を検討する重要性も述べています。
シンポジウムでは、国際保健分野の実務家からもコメントをいただきました。
外務省の喜多洋輔氏は、HPVワクチン導入やダイヤモンド・プリンセス号への対応の経験から、感染症対策では科学的知見だけでなく、人権・経済・国際的な信頼のバランスを保つことが課題であると指摘しました。現在のパンデミック条約交渉においては、グローバルサウス諸国の医療資源不平等への不満が強く、本研究が示す対応の政治化や非公式ネットワークによる相互扶助が国際交渉を理解する上で重要であると評価しました。今後の国際保健外交においては物資供給の公平性だけでなく、草の根レベルのレジリエンスを制度的に支える枠組みが必要であり、本研究成果がその羅針盤となると述べました。
厚生労働省の高橋順一氏は、保健システム強化を通じたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成により平時から備えておくことが、有事の社会・経済ショックを緩和し、社会全体のレジリエンスを高めることになると述べました。その上で、UHC達成に向けて保健システムを各国で設計する際は、本研究が示唆するように、草の根の実情を反映させることと政治化を避けた中立公正なものとし運営していくことが重要であると指摘し、保健システムへの信頼が民主主義や政治体制への信頼につながる点も強調しました。
日本国際交流センターの西野義崇氏は、今回の提言は国際機関向けのものであるが、これを具体的なアクションとして現場に落とし込むには、人々の価値観やリスク認識の違いを踏まえ、平時から対話を重ねることが重要であり、フォーマル・インフォーマル両セクターや民間・市民社会の多様な主体が連携し、信頼に基づく柔軟な社会を構築するステップが求められると指摘しました。その際、同じ政策でも人によって異なる影響を与え得ることを認識した上でリスクへのケアやコミュニケーションを重視すべきだとも述べました。
質疑応答では、誤情報への対応について、影響力のある人物を通じた発信が逆効果となる場合もある中でどのように対処すべきか、という質問や、提言の対象を国際社会や援助機関とした背景に加え、アフリカ各国政府との関係性・現地研究者の意見をどのように反映したのかについての質問が寄せられました。
研究プロジェクトにおいてウガンダを担当した愛知学院大学のヴィック・サリ講師は、同国ではコロナ禍で病院へのアクセスが限られる中、人々が伝統的ハーブ療法に頼り、家族や地域コミュニティが精神的支えとなったと報告しました。政府への高評価は、欧米の大量死と比較して自分たちの命が守られた実感によるもので、地方政府への不信や政治的弾圧にもかかわらず、当時は生命の保護が優先されたと述べました。南アフリカ担当の佐藤氏は、同国の人々の政府への信頼は低いものの、感染対策と並行して貧困層支援が行われたため、批判一辺倒にはならなかったと指摘しました。すべての政策が成功したわけではないが、多くの人々が政府の努力を評価していたと報告しました。
これからの私たちには、人々の命と暮らしの両方を守るために、感染症対策と経済の調和を図りつつ、民主主義を揺るがす政治化の危うさと向き合いながら、困難な時にも相互扶助で支え合えるインフォーマル・ネットワークを醸成していくことが求められています。