医療×AIセミナーシリーズ第6回:シンポジウム「医療AIの臨床への実装とトラスト」

  • 日程:
    2019年06月15日(土)
  • 時間:
    14:00-18:00
  • 会場:
    東京大学本郷キャンパス 国際学術総合研究棟4F SMBCアカデミアホール
    地図
  • イベント名:

    医療×AIセミナーシリーズ第6回:シンポジウム「医療AIの臨床への実装とトラスト」

  • 対象:

    医師ら医療従事者、開発者、政策関与者、医療機器関係者など

  • 定員:

    100名(定員に達し次第受付を終了します)

  • 言語:

    日本語

  • 主催:
  • 協力:

    理化学研究所⾰新知能統合研究センター
    日本ディープラーニング協会(JDLA)
    世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)

定員に達したため申込みを締め切りました。
プログラム
  • 14:00-14:05
    趣旨説明
  • 14:05-14:20
    「医療AIシステムに関する議論の基盤となる医療AIのタイプ分類」(江間有沙氏)
  • 14:20-14:50
    講演1:原 聖吾氏「医療系ベンチャーのAIの取り組み」
  • 14:50-15:20
    講演2 : 岸本泰⼠郎⽒「精神科におけるAI活用の取り組み」
  • 15:20-15:30
    休憩
  • 15:30-16:00
    講演3 : 多田智裕氏「消化器内視鏡診断支援の取り組み」
  • 16:00-16:30
    講演4 :田中聖人氏「日本消化器内視鏡学会におけるAIの取り組み」
  • 16:30-16:40
    休憩
  • 16:40-17:50
    パネルディスカッション「臨床へのAI実装には何が必要か?」

    ディスカッサント:
    原聖吾氏、岸本泰士郎氏、多田智裕氏、田中聖人氏
    羽鳥 裕氏、江浪武志氏、江間有沙氏、藤田卓仙氏
    司会:長倉克枝氏

  • 17:50-18:00
    クロージング
講演者

原聖吾(はら・せいご) 株式会社MICIN代表取締役CEO
研修医として国立国際医療センターに勤務後、日本医療政策機構で政策の立案に携わる。米スタンフォード大学への留学を経てマッキンゼーに入社。厚生労働省「保健医療2035」事務局にて、2035年の日本における医療政策についての提言策定に従事した。横浜市立大学医学部非常勤講師。東京大学医学部卒、スタンフォードMBA。

岸本泰士郎(きしもと・たいしろう) 慶應義塾大学医学部専任講師
2000年に慶應義塾大学医学部卒業。精神科医・医学博士。国家公務員共済組合連合会立川病院、医療法人財団厚生協会大泉病院を経て、2009年よりThe Zucker Hillside Hospitalに留学。2012年Hofstra Northwell School of Medicine, Assistant Professor of Psychiatryに就任。2013年より慶應義塾大学医学部専任講師に就任、現在に至る。日本神経精神薬理学会評議員、日本臨床精神神経薬理学会評議員、日本遠隔医療学会理事等。精神科領域における情報工学等、他領域の技術の活用に積極的で、厚生労働省保健医療分野におけるAI活用推進懇談会構成員なども務める。

多田智裕(ただ・ともひろ) ただともひろ胃腸肛門科院長、AIメディカルサービス代表取締役会長・CEO
1971年生まれ。東京大学医学部ならびに大学院卒。東京大学医学部付属病院、虎ノ門病院、多摩老人医療センター、三楽病院、日立戸塚総合病院、東葛辻仲病院などで勤務。2006年にただともひろ胃腸科肛門科を開業し院長就任。2012年より東京大学医学部大腸肛門外科学講座客員講師。浦和医師会胃がん検診読影委員。日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医。『行列のできる 患者に優しい“無痛”大腸内視鏡挿入法』など著書複数。

田中聖人(たなか・きよひと) 京都第二赤十字病院 内科科部長 / 院長補佐
1990年京都府立医科大学卒。2007年京都第二赤十字病院消化器科副部長、2011年同医療情報室長を経て、17年より現職。専門領域は胆膵内視鏡・医療情報。日本消化器内視鏡学会特別理事長補佐、評議員・指導医、日本消化器病学会評議員・指導医、京都府立医科大学臨床教授、医療トレーサビリティ協議会政策提言部会長。

ディスカッサント

羽鳥 裕(はとり・ゆたか) 日本医師会常任理事、はとりクリニック院長
1948年石川県生まれ。73年早大建築学科卒。78年横浜市大医学部卒。神奈川県成人病センター、横浜市立港湾病院(現みなと赤十字病院)を経て88年川崎市にはとりクリニック開設。2014年より日本医師会常任理事。

江浪武志(えなみ・たけし) 厚生労働省大臣官房厚生科学課医療イノベーション企画官
厚生労働省健康局健康課予防接種室長等を経て、2018年より現職。現在、厚生労働省の健康医療介護分野におけるAI開発の推進に関する施策のとりまとめ等を担当。

江間有沙(えま・ありさ) 東京大学未来ビジョン研究センター特任講師/国立研究開発法人理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員
2012年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。京都大学白眉センター特定助教、東京大学教養学部附属教養教育高度化機構、同大学政策ビジョン研究センターを経て現職。日本ディープラーニング協会理事/公共政策委員会委員長、人工知能学会倫理委員会副委員長。人工知能の倫理やガバナンスについてを研究テーマとしている。著書に『AI社会の歩き方-人工知能とどう付き合うか』(化学同人)など。専門は科学技術社会論(STS)。

藤田卓仙(ふじた・たかのり) 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ヘルスケア・データ政策プロジェクト長
2006年、東京大学医学部卒業。慶應義塾大学メディカルAIセンター、慶應義塾大学イノベーション推進本部とも兼任。医療政策学、医事法学、医療経済学、医療情報学の観点から、学際的な研究を行う。健康医療情報のプラットフォーム化と情報の利活用、大学医学部における産学官連携、地域包括ケアシステム・在宅医療における法政策、医療事故と専門職の責任、ヘルスケアにおける広告表示規制、医療等個人情報保護法制、医学領域における知的財産権などを研究テーマとしている。

これまでの医療xAIセミナー一覧

東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部は、2019年6月15日に医療×AIセミナーシリーズ第6回シンポジム「医療AIの臨床への実装とトラスト」を開催しました。講師に原聖吾氏(株式会社MICIN代表取締役CEO)、岸本泰士郎氏(慶應義塾大学医学部専任講師)、多田智裕氏(ただともひろ胃腸肛門科院長、AIメディカルサービス代表取締役会長・CEO)、羽鳥裕氏(日本医師会常任理事、はとりクリニック院長)、江浪武志氏(厚生労働省大臣官房厚生科学課医療イノベーション企画官)をお迎えし、医療現場でのAIの開発・実装を進める医師らを講師にお招きし、現状と課題についてお伺いし、今後どのように実装されていくのか、政策関与者も含めて議論を行いました。

原聖吾 株式会社MICIN代表取締役CEO

まずは、株式会社MICINの代表取締役CEOの原聖吾氏が登壇し、「医療系ベンチャーのAI活用の取り組み」と題して発症リスクを予測するシステムやオンライン診療など同社の具体的な取り組みについて紹介し、AI(人工知能)を活用する上で直面している課題についても話した。

機械が診断や治療方針決めることに医師が反発した50年前

冒頭で原氏はまず「MICIN(マイシン)」という社名について説明した。1970年代に米国スタンフォード大学で開発された世界初の医療AI「MYCIN(マイシン)」に由来しているという。MYCINはエキスパートシステムと呼ばれるもので、例えば緑膿菌の感染など患者の症状に合わせて適切な抗菌薬を教えてくれるものだった。高精度だったが、医者の診断や治療方針を機械が決めることに対する反発もあり、結局実用化されなかった。そのMYCINに対して、50年たった今、意識も変わってAIをより活用できる時代になったという期待を込めて、社名をMICINにしたという。

同社が掲げているビジョンは、「すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を」。原氏が医師として患者と向き合っていた時、「こんなことになるならこんな生き方はしなかった」と後悔する人がかなりいることに気付いたという。納得感が得られる世界の実現を目指して設立した同社には現在、エンジニアやデータサイエンティスト、医療業界のエキスパートなど約50人が集まり、大きく分けて2つの事業領域に取り組んでいる。医療データをAIなどで解析・活用するデータソリューション事業と、オンライン診療向けのアプリ開発・運用などを手掛けるアプリケーション事業だ。

健康診断のデータから病気で休む人を予測

データソリューションとは、識別・予測・介入の3つの段階に分けて考えることができるという。そして医療では識別の部分を改善すると成果につながりやすく、実際に機械学習を使うことで精度が良くなるため研究開発の事例も多い。一方、同社は予測や介入の部分に注力している。疾患の状態がどう変わるかを予測し、その予測を踏まえて介入するという流れだ。例えば同社では企業向けに、健康診断のデータから病気で休む人を予測できるサービスの開発に取り組んでいる。これまでは産業医がデータから病気になりそうな人を見つけて注意を喚起し、介入するという形だったが、予測の部分に機械学習を使ったパターン認識を活用して休む可能性がある人をより早い段階でサポートできるようにしようとしている。

他にも名古屋大学との共同研究で、産後うつの対策にAIを活用しようとしている。産後うつは社会的にも大きな問題だが、どういう人にリスクがあるか予測が難しく、発症した時には患者は産科医の手から離れているため介入が遅れてしまう。名古屋大学では出産前のデータを集めて産後うつの発症の予測に役立てようとしたが、変数が多すぎて統計的な手法だけではうまくいかなかったという。そこで機械学習を使ったところ、予測がある程度可能だという手応えを得ているという。産前のタイミングで高リスクな人を見つけられれば、産科医が注視したり、必要なサポートをより早い段階で提供したりということが可能になる。

診断技術が今のように発展していなかった時代では、疾患は死に近いタイミングになってからしか見つけられなかった。それが、血液検査や内視鏡、画像診断などの診断技術の進歩によってもう少し早いタイミングで見つけられるようになってきた。さらに予測が可能になればもっと前に発見でき、早期の段階で治療を始められて重篤化を防げる。今後、さらに環境要因や患者本人の状態について、ウェアラブル機器やセンサーを使って情報を取れるようになると、もっと早いタイミングで疾患を見つけられるようになる、と原氏は期待する。今はまだ占いのような精度しかなくても、本格的な治療の前の段階として環境を見直すというような形で健康のマネジメントができるようになるかもしれない。

自宅でインフル検査、オンラインで医師が受診勧奨

同社のもう1つの事業、アプリケーション事業で取り組んでいるのがオンライン診療の普及だ。2015年に厚労省は離島・僻地以外での遠隔診療の実施を明確化し、同社も「クロン」というサービスを2016年から展開している。2018年の診療報酬改定でオンライン診察料が新設されたり、最近も実施指針改定の検討会があったりと制度が変わっていく中で事業を進めている。クロンは、医師と患者の間をスマートフォンやパソコンでつなぎ、予約や問診、診察、決済や医薬品の配送を担うシステムだ。保険適用はまだいくつかの疾患に限定されているが、患者は自宅にいながら診療を受けられる。クロンは約1300の医療機関に導入されているという。

昨年12月、内閣府のサンドボックス制度の第1号案件の1つとして、同社のインフルエンザのオンライン受診勧奨が選ばれた。患者は、オンラインで医師の指導のもとインフルエンザの簡易検査キットを自宅で使い検査をする。医師はオンラインでその結果を見ながら患者に受診を促す。これまでは、インフルエンザに感染していても、病院に行かずに出社し、多くの人と接触して感染源になってしまったりする可能性があった。

患者と医師の接点がオンライン上になると新しいデータも入手できるようになり、患者にとっても医療へのアクセスが改善するというメリットがある。クロンは診療所だけではなく大きな病院でも使われるようになってきていて、他にもがん研有明病院が遺伝性のがんの相談に活用したり、電子カルテとオンライン診療のデータ連携のために電子カルテ最大手のPHCと連携したり、様々な取り組みを進めているという。

電カル普及、使い勝手に課題が

様々な可能性がある医療用AIだが、特にデータを取り巻く課題がいくつかあると原氏は指摘する。データがそもそも使えなかったり、使えてもビジネスに活用するのが難しかったりということがあるという。そしてデータが使えないという状況も、データ化自体がされていない段階、データ化はされているが活用できる形になっていない段階、活用できる形のデータはあるが利用が制約されている段階がある。

電子カルテのように情報をデジタル化するツールの普及率がまだ低い。また、そもそも目的が異なるため必要なデータを収集できず、電子カルテのデータを健康維持や予防などに活用しにくいということもある。他の学会で議論された例として、生前はアルツハイマー病と診断されていた症例が、その後別の変性疾患だったと判明したというように、データの信頼性確保にも難しさがある。さらには患者本人の同意やデータの匿名加工も、データ活用のためには不可欠な手続きで、加えて最後の事業化でもルールの整備が十分にできていない。

データ活用に向けて診療報酬見直しを

そこで同社では課題解決に向けて様々な提言をしている。例えば現状の診療報酬の点数化のあり方やガイドラインではオンライン診療を大きく普及させることは難しい。オンライン診療をより使いやすくするために診療報酬の見直しなどを原氏は提言しているという。他にも対象疾患が、特定疾患療養管理料など管理料が算定できるものに限られていることや、30分以内に行ける医療機関があることが利用の条件になっていることなど制約がある。もう少し医師の裁量に任せて活用しやすくしたい、と原氏は考えている。また、事業化を踏まえると、AIを活用した医療機器の審査承認を迅速にする必要もある。AIは学習によって短時間で性能が上がっていくため、バージョンアップした時の承認プロセスの簡略化も検討すべきだとした。

AIの普及によって、将来、疾患の概念が再定義される可能性もある、と原氏はいう。もともと医師が認識して分類してきた病気の概念だが、機械学習を使うと医師が気付けなかった複雑なパターンも見えてきてさらに細かく分類できるようになるかもしれないからだ。人間が理解できない分類が出てきた時、どう説明して実際の診断や治療に活用していくのかは課題になるという。

講演の最後には、電子カルテとオンライン診療の連携の際の課題についての質問が会場からあった。原氏は、問題は多々あるとしながら、医療機関で運用されているシステムはメーカーによって異なること、データの構造もそれぞれ異なることを挙げ、どう補完していくかが大きな課題だとした。既存のシステムのデータを読み替えて活用していくのか、それとも一から新しくデータが作られる仕組みが広まるのか、後者の方がより早く普及する可能性もあるとした。

岸本泰士郎 慶應義塾大学医学部専任講師

次に慶應義塾大学医学部専任講師の岸本泰士郎氏が登壇し、「精神科におけるAI活用の取り組み」と題して講演した。症状の定量的な評価が難しい精神疾患の領域での人工知能(AI)の可能性や、新しい技術を使う際のルール作りなどについて話した。

定量的な評価が難しい精神疾患

うつ病や認知症などの精神疾患は、人類にとっての代表的な疾病負荷となっている。高齢化が進む現在では認知症の方が462万人と見積もられており社会費用も甚大だ。

一方、例えば雑誌「NEW YORKER(ニューヨーカー)」の2013年記事で報じられたように、精神疾患の治療薬の研究開発から大手製薬企業が撤退しているという危機的な状況がある。精神疾患の根本的な病理生理が分かっていないため、病態に直接作用する薬の開発が難しいからである。一方で、長年の開発の最後の関門である治験という場面において、薬の効果を証明するのが難しいことも少なからず影響している、と岸本氏は指摘する。

少し前のデータで、アメリカで最終的に米食品医薬品局(FDA)が薬として認可した薬がそれまでの治験でどれくらい失敗していたかという割合を見ると、抗うつ薬は半分以上、抗不安薬も半分以上、向精神薬で4分の1程度というように、プラセボと比較して有効性を示せていない現状がある。岸本氏の話では、これらの薬が臨床現場で効かないと感じることはなく、むしろ多くの患者の症状を改善できる有用なものだと実感しているという。こうした現状の背景にあると考えられる理由の1つが、精神疾患の症状は判断基準が曖昧で、専門医であっても定量的な評価が難しいという点だ。

例えば抗不安薬の治験で、HAM-Aという評価尺度で20点以上の患者に参加してもらう場合、専門医による評価で条件に合致していた人が選ばれる。だが患者自身で自己評価をしてもらうと、本来治験に参加すべきでない人が入っていると示唆されるようなことがあるという。多くの精神疾患でも同じような評価尺度があり、誰が点数をつけても同じ点数になるような仕組みを整えたり、評価者が訓練を積んだりしているが、中には「どの程度気持ちが沈んでいるのか」という質問など、数値で定量的に答えにくいものもある。

精神疾患の患者に限らず、気持ちというのは移ろいやすく、質問するタイミングや聞き方でも答えが変わってしまうという難しさがある。一方の医師側としても、治験に参加できる該当者をできるだけ紹介してほしいと頼まれることがあり、迷った時には該当する方向になるように点数をつけてしまっても不思議ではないという。各項目の点数を加算していく評価手法の場合、4-5点程度の差はすぐに出てしまう。こうして本来は対象ではない患者が治験に入ってしまい、プラセボと候補薬の効果に差が出なくなるという現象が起きるのではないかとされている。

もう1つ、治験で候補薬の有効性を示すのを困難にしているのが「多次元性」だという。患者によって点数が高く出る項目や低く出る項目は異なり、症状の現れ方にも差があるが、合計点数としてまとめられる。臨床症状が異なる患者も評価尺度では同じように判断されるという問題点は昔から指摘されてきたという。

また、認知機能検査に関する課題も多くある。検査には認知機能を広く浅く測る尺度もあれば、特定の認知領域を中心に詳細に検査するものもあるが、簡便なものは大雑把な結果になるという問題があり、一方で、詳しい検査は1~2時間かかって患者にも医師にも負担を強いてしまうという問題がある。さらに、もともと高い能力があった場合はある程度機能低下が進まなければ症状が把握できない「天井効果」、能力がある程度下がってしまうとそれ以上の変化は追跡できない「床効果」、同じ検査を繰り返すと患者側が慣れてしまう「学習効果」などが生じる。

カメラやマイク、表情検知ソフトで精神疾患患者の症状を定量化

こうした状況に対して、IT機器などのテクノロジー、ビッグデータとAIを使った解析を活用して、症状の特徴量を抽出しようとする研究も増えてきている。精神科領域の研究では脳で何が起きているのか、病態生理を直接反映するようなバイオマーカーを捉えられるようになる事が理想だが、こうした新たな取り組みの中にも可能性が感じられるものがあるという。精神疾患の症状は日常の行動と密接に関連している場合が多く、センシング技術などで簡単に患者に負担をかけずに変化を見られるようになってきたことも、こうした展開に関連していると岸本氏は見ている。

例えば海外では、スマートフォンを使って躁うつ病患者の活動状態を定量化したり、会話の仕方を解析して患者の気分を定量化したりする研究があるという。実際の臨床でも、躁状態の患者はよく話すというような特徴があるため、こういった手法で特徴量を定量化できると感じるという。岸本氏自身も日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けたPROMPTというプロジェクトに3年半ほど前から取り組んでおり、うつ病や認知症の患者の精神症状の定量化を目指している。うつ病では重症になると体の動きも重くなり、話しかけても返事が返ってくるまで時間がかかるようになり、話す時の声の抑揚もなくなるという特徴が見られるという。

カメラや指向性の高いマイク、人の表情を読み取るソフトなどを使って、診察中の患者の表情、体の動きのスピード、患者の声やトーン、話すスピードなどのデータを収集し、動きが遅くなる「精神運動抑制」の定量化を試みている。こうしたデータを精神科でこれまで利用されてきた評価尺度と照合して、機械学習に活用できれば、新しい患者の重症度を機械が自動的に推定できるようになる。現状でもある程度の精度で重症度や症状の有無を推定できることは確認できており、研究チームが目指していた相関係数に到達したという。同じように、ウェアラブル装置を使って数日間の日常行動からうつ病の症状の強さを推定するシステムも開発している。

言葉遣いの特徴から患者の重症度を推定

これまでとは違う新しい着眼点で精神状態の定量化を目指す取り組みもある。共同研究先の東京工業大学の研究チームは声の音響学的な特徴から認知症患者と健常者を区別する方法を探っている。検証ではかなりの精度で認知症が発症しているかどうかを推定できた。臨床医がこれまで気付いていた特徴だけではなく、これまで気付いていなかった新しい要素も、今後の診断や重症度の評価に役立つ可能性があると期待を込めた。

また、岸本氏は科学技術振興機構(JST)の支援を受けているUNDERPINというプロジェクトで、自然言語処理の技術を使って言葉遣いの特徴から患者や重症度を推定しようとしている。どんな語彙を使っているか、指示語はどれくらいの頻度で出てくるか、文章全体の構造はどうなっているかなど、様々な特徴が数値化できるようになってきている。

このプロジェクトでは患者一人につき30分から1時間のインタビューを受けてもらう。岸本氏らは、今までに350時間分のデータを収集した。海外からも類似の研究が報告されているが、例えばうつ病の患者は一人称代名詞が増えて、話すことを断言する傾向があるという報告があり、患者の話し方を定量化したデータが利用できる可能性がある。岸本氏の研究においても類似の傾向があると言う。

また、岸本氏のチームは言葉や文章を「ベクトル化」する技術を使い、10分程度の会話を書き起こしてAIにテキストから認知症の可能性を推定する研究にも取り組んでいる。会話の特徴をベクトルで表し、データ空間にプロットすると特徴量が似たケースが集まり、症例の分類が可能になる。ある程度の精度で認知症やMCIの患者が推定できる段階まできているという。

AIを使って、患者に合う治療法を選びやすくするための手がかりにしようという研究もある。電気痙攣療法は精神科領域で治療効果が高い治療法だが、患者は何週間も入院して週2~3回施術を受けるなど手間もコストもかかる。岸本氏らはMRIで撮像した脳領域の構造に対する機械学習によって、この治療法が有効かを予測しようとしており、今まで反応性の指標として知られていた人口統計学的な因子や症状の特性に脳領域の構造に関する情報を加えることで、その予測精度が大きく伸びたという。

医師は機械の結果をどのくらい信用すべきか?

以上のようなデータの蓄積や機械学習を用いた取り組みを通じて、良い医療を患者に提供できるようになるかもしれないと岸本氏は大きな可能性を感じている。自身の取り組みは暗黙知の形式知化、もしくは情報空間の可視化だと表現し、定量化しにくかった精神疾患の重症度を客観的に示すことができるようになれば日常の治療の効果が判断しやすくなり、新薬の開発にも役立つかもしれないという。精神科領域にはもともと精緻なラベル付きのデータがなく、重症度や病気の判定に使えるバイオマーカーもなかったため、全てを一から蓄積している状況だ。

集めているデータがこれで適切なのか、ラベルの付け方は正しいのか、精度はどの程度に設定すべきなのかなど迷うことも多い。機械の出す結果をどれくらい信用すべきなのかという難しい課題もある。例えば、今までのデータから治療の効果が望めそうにないという推定がなされれば、その患者には効果があるかもしれないのに、その治療を選択肢から外してしまうことがありうるからだ。また、このような技術が多くの社会場面で幅広く利用されるようになる際には、その社会的影響についての検討も必要だ。例えば、検査を希望していない人の音声から勝手に認知症の進行を推定できてしまうといったことが生じてしまうかもしれない。今後、規制や開発の責任についての議論も必要になると岸本氏は指摘した。

講演の最後には、会場からの音声認識の技術の使い勝手についての質問があり、岸本氏は現状では患者の会話に適用できるレベルではないとした。結局10分程度の会話であれば書き起こすためのコストはさほどかからないため、将来的には診療報酬との兼ね合いもあるものの技術を実用化する際のハードルにはならないとの見通しを示した。

多田智裕 ただともひろ胃腸肛門科の院長

次に、ただともひろ胃腸肛門科の院長で、AIメディカルサービスの代表取締役会長・CEOでもある多田智裕氏が登壇し、「消化器内視鏡診断支援の取り組み」と題して講演した。多田氏のチームが進める、診断支援が可能な内視鏡AIの研究開発の現状について紹介した。

内視鏡AIで日本の強み発揮

医療現場での利用を考えた様々なAI機器の研究開発が進められているが、AI(人工知能)が最も得意とする画像診断支援の分野から普及していくと、多田氏は今後の展開について言及した。中でも日本企業3社が世界7割のシェアを占める内視鏡の分野は医師の技術も世界最高レベルにあり、内視鏡AIで日本の強みを発揮できる可能性が高いという。5月18~21日にサンディエゴで開催された世界最大級の消化器関連の学会である、第50回「Digestive Disease Week (DDW)」で内視鏡AIをテーマとする講演は日本勢が半分以上を占めた。多田氏のチームも12演題を発表し、1つが学会の最高賞Best of DDWを受賞した。消化器内視鏡は日本発で世界を制する可能性がある唯一といってもいい分野だと多田氏は強調した。

2019年3月、オリンパスの超拡大内視鏡専用のAI「エンドブレイン」が発売された。ただ、これはまだ始まりに過ぎないという。このAIは超拡大内視鏡向けだが、超拡大内視鏡は一本800万円する非常に高価なもので普及率はまだ1%未満。国内でも200本前後しかまだ利用されていない。今後は通常の内視鏡で使えるAIが主戦場になってくると多田氏は見ている。

AIを道具として使いこなせるかどうかで差がつく

一方で社会実装となると、新聞ではキャッチーな「医者 vs AI」と見出しを打つこともあり、医者とAIが手を組むことでより良い医療が実現できるようになるということがもっと理解されるべきだという。少しずつこうした形で最近の動向を伝える新聞社も出てきており、理解されつつあるのかもしれないとした。今後もAIは医療現場にどんどん進出し、画像診断や検査の解釈、治療方針決定のサポート、鑑別診断のサポートなどを担うようになる。医者にとってAIは、例えばスマートフォンやインターネットのように便利な道具であり、グーグル翻訳を使いこなせる人とそうではない人で差がつくように、これからはAIを道具として使いこなせるかどうかで差がついてしまうようになる、と多田氏は指摘した。

AIは人の知能をコンピューターに再現したもので、ディープラーニング、ビッグデータ、そして高性能GPUが揃ったことで第4次産業革命が起きると表現されたり、人類最後の発明と言われたりする。ディープラーニングは繰り返しの学習が可能で、例えばがんの画像を間違えてポリープと判定したら正しくがんを認識できる回路ができるまで何回でも教えられる。人のものの覚え方と同じ方式でAIで学ぶので、これまでのように検出してほしい特徴量のコードを人が書いて入力する必要がなくなった。しっかりとしたデータを与えれば、AIが特徴を確認する。画像認識のコンテストでも、ディープラーニングを使うと機械は数パーセント程度しか判別ミスをしなくなっている。一般人の5%の間違い率なので、2015年には画像認識ですでに機械が人を超えたというのがAIの研究者の間では常識として認められているという。

AIでできることは基本的には2つ。例えば画像の中に胃がんがありますよと印をつけて教えるdetectionと、ピロリ菌の有無を判定するような鑑別のclassificationだ。最新の研究では、detectionの一部とも言えるがsegmentationもできるようになってきていて、矩形の印で病変の周りを囲むのではなく、ピクセル単位で病変の境界線を示す、ということが可能になってきているという。

国内68施設で内視鏡AIの臨床研究

こうした技術を活用して多田氏は内視鏡AIの研究開発を進めているが、現時点で国内の68施設の協力を得ているという。そして内視鏡で捉えた静止画ではなく動画を使ったリアルタイムの支援技術に取り組むために、昨年ぐらいからデータ収集の対象を変えたという。すでに数万回分の検査データを集めており、制作したプロトタイプのAIの精度を上げていくための教育を行っているところだという。胃がん、大腸がん、食道がんの順番でAIの開発に取り組み、他の研究グループが追いつけない精度を今年9月に実現し、年内に治験を始める予定だ。

ピロリ菌の有無の判定では、1700人から収集し33万ものデータをディープラーニングによってAIに学ばせたところ、医者の平均的な精度を上回るところまで実現できているという。胃がんでも多田氏のチームは世界初の成果を発表しており、胃がんがどこにあるか、胃炎に紛れて発見が難しい場合もあるが0.02秒で見つけられるという。1万枚の画像で学習をしたプロトタイプのAIと専門医70人がそれぞれ200枚の胃がんの画像が含まれる3000枚の内視鏡画像の判定をしたところ、専門医でもがんの画像を6割、非専門医になると約半分しか見つけられなかった。一方で、AIは数人の医師しか見つけられなかった発見が難しい早期がんも捉え、8割の精度だったという。まだ改良を進めていく余地はあるが、人間の医者と比較するとかなりの精度が実現できるところまできている。

AIが病変を拾い上げ、さらに鑑別支援

最近の研究は内視鏡AIで病変を拾い上げてさらに鑑別するという方向に進んでいるという。潰瘍とがんの区別が人間の医師でも難しい場合は、AIでも難しいという結果もあるが、AIがリアルタイムでがんかどうかを推測できるようにはなってきている。遠くからではAIもびらんか胃炎と推定してしまうような病変も、近くに寄って正しくがんだと予測できるという。AIも人間と同じように遠目で病変がありそうだと目星をつけて近づいてより詳しくて見てから推定をしているようだと多田氏は見ている。

また、食道がん向けのAIでは、通常の白色光ではなく光の波長を変えて狭帯域光観察(NBI)を使ってAIも病変を認識しやすくする研究もある。病変から遠すぎたり、病変が一部しか画面に映っていなかったり、周りの炎症が強かったりすると、専門医でも難しいようにAIでも病変の発見が難しいということがあるが、病変を拾い上げることができればかなりの精度で鑑別の支援ができるところまできているという。実際の使い方としては、通常の検査と同じように内視鏡で検査を進めていくと、病変を通過したときにAIが画像を記録してアラートを出すようになる。医師は戻って該当部分を見て近寄って確認し、がんがあることを確認する。こうしてAIは人間が見逃してしまいそうな早期がんを見つけるのを支援してくれるようになることを想定しているという。

内視鏡切除か手術か、治療方針決定をAIが支援

鑑別支援の具体例としては、例えば食道がんの場合は内視鏡で切除できるのか、それとも手術で食道を取る必要があるのかというような治療方針の決定をAIが手助けできるようにする研究も進めているという。現状ではAIの推測結果は専門医とほぼ同等の精度を実現できているという。

大腸がんについては様々な研究チームが取り組んでいるが、AIでポリープを見つけるところまではほぼ100%の精度でできるようになってきている。多田氏のチームはその見つけたポリープが腺腫か過形成か、つまりは放置しても問題ないか切除する必要があるのかを見分けるところまで、拾い上げるのと同時にできるようにしようとしている。この研究成果こそがDDWで最高賞をとった演題だ。

通常光以外にも対応したり、拡大内視鏡のズームを使えるようにしたり、数ヶ月おきに登場する新しいアルゴリズムを試したり、より良いAIが開発できるように研究開発を進めているという。様々な臓器に成果を応用し、さらにはカプセル内視鏡の開発にも取り組んでいるという。内視鏡AIは薬事承認まで行けば全世界の医療現場で使われる可能性があるプロダクトだと多田氏は改めて強調した。

AIで医師の負担軽減へ

医者とAIの関係についても、多田氏は自身の考え方を説明した。AIは確定診断は下さず、確率を出すだけで、患者の気持ちに寄り添って説得するということもなく、単純に画像認識をするだけだ。現状では複数の情報を統合して判断を下せるような汎用型AIはできていない。こうしたことを理解し、現場の医師もAIアレルギーを持たず、AIを活用することでより良い医療を実現しようとするべきだとした。

AIは知の拡張で、実用化の近い内視鏡画像診断補助では患者も高精度な検査を受けられるようになり、検査する側の医師の負担も軽くなる。そして業務効率化に繋がる。こうしたウィンウィンのプロダクトを実現するために、多田氏は単にデータをベンダーに丸投げするのではなく、自らが最終的なプロダクトビジョンや、センス・オブ・オーナーを持っていいAIを作って行きたい、と改めて意気込みを語って締めくくった。

田中聖人 京都第二赤十字病院内科部長/院長補佐

次に京都第二赤十字病院の内科部長/院長補佐の田中聖人氏が登壇し、「日本消化器内視鏡学会におけるAIの取り組み」と題して講演した。田中氏が特別理事長補佐を務める日本消化器内視鏡学会が進める取り組みを中心に、消化器の領域での内視鏡AIの研究開発や、開発を通じて気付いた点や課題などについて話した。

田中氏は約10年前に、病院の看護師の代わりにと開発した薬を運ぶロボットの話から始めた。このロボットはPHSを使ってエレベーターと通信して各フロアを移動可能なところまで開発していたが、公的資金が切れることで、開発中止をせざるを得なくなり、ロボットも動かせなくなった。そしてこのロボットは現在、クリスマスの時期に看護学生がクリスマスキャロルを披露する時の指揮者になっているという。現在、研究開発が進められている様々なAI機器がこのロボットのような末路を辿ることになってはいけない、と強調した。

情報系研究者との議論から課題に気付く

日本消化器内視鏡学会では内視鏡に関連するあらゆる情報を集めてテキストベースの巨大データベースを構築する「JEDプロジェクト」を進めており、これに加えて画像情報収集の仕組み作りに着手してすでに172万枚の画像を集めている。

その中で、田中氏は共同研究先の国立情報学研究所(NII)の情報系研究者らとインタラクティブな議論ができたことが内視鏡AIの研究開発を続ける上で課題に気付くきっかけとなるなど、メリットが大きかったと振り返る。例えば、病変のデータを集めると、AIの教育のためには正常な場合のデータも必要と指摘された。変更があるたびに倫理委員会を通す必要が生じたという。

こうした経験を通じ、研究をスムーズに進めるためにどうするか、また、研究としては進めることができたとしてもその後の商用展開をどうするか、法的な制約がこれからの問題として残っているという。一方で、県立病院、大学病院、そして市中の病院から、フォーマットや用語が統一された画像付きの大量のデータがサーバーに集約されるようになったことの意味は非常に大きいとした。情報基盤ができたことがAI開発そのものよりも重要なことだと考えているという。

煩雑な倫理手続きに対応へ

現状の方法論では研究テーマや対象の画像群の変更のたびに倫理的な手続きが必要になるため、多くの施設と協力して研究に取り組む場合、手続きの工数も増える。そこで、学会ではまず先行画像提供施設を策定、先に倫理委員会の承認を得たうえで、多数の画像を集めてある程度自由なトライアルを行うことにした。その中で研究の方向性やアルゴリズムを決めてから他の施設にも必要な倫理書類を一斉に配布し、倫理委員会の了承が得られたところから研究に参加してもらうという形にしている。このように大量の画像を集めるために戦略を練る必要があるという。

日本消化器内視鏡学会のAIプロジェクトでは昨年から内視鏡AIに関連した7領域の研究開発を進めているが、田中氏は自身が「4D」と名付けた注力4分野について説明した。病変を見つけるdetection、診断の中でも特に質的診断や鑑別診断に当たるdifferential diagnosis、画像を撮影時の逸脱管理のdeviation monitoring、そしてデバイス開発のdeviceだ。病変検出のdetectionについては胃がんから着手しており、AIの教育に使うデータを増やしていくと確かにAIは賢くなっていくという手応えが得られているという。一般的に普及している内視鏡で撮影した画像に対応できるように研究を進めているとした。

アノテーション用ソフトを開発

ただ、detectionの研究を始めてから様々な課題に直面しているという。例えば、学会では医師が使う用語の標準化プロジェクトにも取り組んでいて、日常診断で診るうちの3%以下の病変名については「その他」とすることにしたが、それでも多数の病名をAIに学習させなければがんを見分けることができない。そのため、画像の中の病変に1つずつ印を付ける地道なアノテーション作業が必要になる。

そこで、国立がんセンター東病院の研究者らと内視鏡で撮った大腸ポリープの画像が各医療機関のファイリングシステムに保存されて病変について記述する時にアノテーションもできるようにソフトを開発した。こうしてAIの教育に利用できるデータを集め、その後、教育したAIを病変の推測に使ってみると、95%以上の精度で大腸ポリープを見つけられるようになったという。このようなソフトを、普通の医師がインターネット上で見つけられるパーツを集めて開発したという点にも田中氏は驚いたという。

AIは医師向け教育ツールに有効

質的診断については、今後登場するであろう様々なAI医療機器の評価手法の開発や、医師向けの教育ツールの開発について話した。例えば胃がんは様々な種類があるが、熟練の内視鏡医ではほぼ全て適切に診断できるという。AIも同等の精度が発揮できなければ意味がないため、全国の医療機関で内視鏡で撮影した画像に病理情報をつけて、AIの教育用の画像として活用している。ただ、それだけではなく、せっかく集まった高品質なデータを学会が標準化データセットとしてまとめ、AI医療機器を客観的に評価するためのセットにすることも考えているという。

また、画像中の病変の病名は分かっているので、学会では逆引きの索引がある診断クイズができる教育ツールも作成しているという。協力をいただけるHigh Volume CenterからAIのアルゴリズム開発用の後ろ向きデータセットをまずは集め、その後は前向きのデータを収集したデータベースの構築を進める予定だが、こうした質的診断のためのツールの開発も進めていくとした。

AIで複数画像を統合し、診断へ

もう1つ、質的診断を実現するために進めているのが、AIを使った複数画像統合診断を目指した取り組みだ。病変によっては特定の臓器の部位の画像で診断することになるが、潰瘍性大腸炎のような炎症性腸疾患(IBD)は広範囲に症状があり、多数の画像を統合して診断することになる。そのため、AIを活用できるようにするためには、多数の画像がそれぞれ大腸のどの部位のものなのかの情報も必要だが、専門家でも見分けることが難しい場合もあるという。そこで、病変の画像を収集する時に、部位の構造的な特徴も別のパラメータとして教師画像に含めると、症状と部位あるいは臓器という2つのパラメータを統合できるということが分かってきたという。

こうした部位認識に活用するために、田中氏はクラスタリングの技術に現在着目しているという。これまでは画像を近いものと全く異なるものの2つに分けていたが、やや近いものも集められるようにしてクラスタリングの精度を上げる手法で九州大学のチームと連携している。

画像の特徴量を見直す再学習ではあまり効果がなかったが、内視鏡で撮影した動画は撮る順番が決まっているため、時系列情報を使った内視鏡画像列分割によって、画像がどの部位のものかをAIが推定できるようになる可能性があるとみている。時系列セグメンテーション問題として定式化することによって、より詳細な部位分類ができると田中氏は期待している。

十二指腸乳頭の内視鏡画像から治療難易度判定

実際に田中氏らは十二指腸乳頭の内視鏡画像にクラスタリングの技術を適用した。胆膵内視鏡では内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)という手技があり、石が見つかったら除去するという処置を行っているが、メリットが大きい一方で内視鏡を使う手技の中では比較的リスクが伴うものだという。そこで、胆膵内視鏡で最初に診る乳頭の画像を集めて、治療の難易度や偶発症の有無、手技にかかった時間などのテキストデータと合わせて、これまでの猪俣分類とは異なるAIによる新しい分類を試みている。乳頭の形によって治療時間がかかるもの、出血しやすい場合などのリスク因子を予測し、治療の際の注意点が分かるようになる。このように、画像だけではなくJEDプロジェクトで集積しているような付帯するテキスト情報をどのように活用するかも重要なテーマだと田中氏はいう。

画像を撮影時の逸脱管理のdeviation monitoringでは、昨年、胃の内視鏡画像から部位を特定するエンジンを開発したという。2万枚の画像を集めて31分類をAIに学習させたところ、高精度に分類を推測できるようになったが、中には苦手とする分類があることが判明した。そこで正しく分類できなかったものを集めてもう一度この画像をクラスタリングしてからAIに教えるということを繰り返したところ、90%以上の確率で画像から胃のどこの部分かわかるようになってきたという。この技術は最終的には2次読影に役立てることができると田中氏は見ている。

人間の思考回路を分解して機械に出していく

内視鏡を使い慣れていない医師が操作する場合、専門医が見落としがないかを確認するが、この工程は1次読影の医師に対してどんな画像を撮り忘れているかなどを指摘する教育的な役割が強い。開発を進めているAIを組み合わせて使えば、病変のdetectionがAIによってサポートされ、クラスタリングによって臓器のどこの部分の画像を撮影したかも分かり、さらには不足している部位の画像がどこなのかということを指摘できるようになる。

ここまでできればAIが医師の診察をダブルチェックする役割を担うことに抵抗を感じる人が少なくなるのではないかと田中氏は期待する。内視鏡の使い方は、これまで指導者の「背中を見て」覚えていくという側面が強く、言葉で説明されることが少なかったという。そこへ新たに登場したAIを活用するために、時間はかかったが人間の思考回路を分解して機械に出していくということが必要になった。田中氏は人間の思考回路を出していかなければ何も開発が進まないことを実感したことが重要な経験になったとした。

臨床現場でのデータ収集容易にするツール開発

こうしたAIプロジェクトの一連の取り組みを進めるために、日々の臨床の現場でのデータ収集を容易にするための様々なツールの開発も進めているという。例えば画像の上でがんの範囲に印をつける場合、これまでは境界線を指し示すように小さな矢印を並べていた。それをもっと簡単にベジェ曲線で囲むだけで済むように、内視鏡ファイリングベンダーにソフトを作ってもらったという。また、アノテーションソフトでも、これまでは病変を矩形で囲まなければいけなかったが、こうした病変を曲線で囲む機能に加えてラベリング機能も付けた新しいソフトを開発し、クラスタリングにも応用できるようにした。こうしたソフトは、アノテーションに苦労している血液内科など他の専門領域の医師にも無償で提供しているという。

内視鏡の領域では画像と合わせてJEDプロジェクトで集積しているような構造化された用語が使用されて、パラメータが標準化されたテキストデータが揃っていることが大事だが、医療機関で利用されているファイリングシステムではこの2つがうまく紐付けされていない場合がある。そこで、学会のプロジェクトの1つとしてファイリングシステムのメーカーと協力して、構造化と標準化がされたテキストデータと病理のデータをリスト化でき、合致する画像を合わせて出力できる仕組みを今作っているという。

また、患者のIDを使って、こうした情報をリンクさせてから匿名化をするというプログラムも開発した。テキストのデータベースから欲しい情報を探し出して、該当する画像を抽出するということができれば、AIの教育にも使いやすい。このような使い勝手の向上を進めなければ、掛け声だけでは確実なデータは集まってこないという。使いやすいプログラムを配布し、AIの普及に取り組んでいる。

非構造化データを有効活用

研究を進める中で、田中氏が特に最近興味を持っているのが非構造化データの有効利用だという。内視鏡で撮影された病変について病理医がテキスト入力するが、改行が入っていたりするなどテキストデータとして使いにくい。こうした病理のテキストはある程度構造が決まっているため、自然言語解析の手法で構造化できるプログラムの開発にも病理学会とともに取り組んでいるという。完成したら無償で配布する予定で、確実な病理データが付いた内視鏡のデータを検索して抽出できるようになるので、さらにAIの研究開発にデータが使えるようになると見ている。

そのほかにも内視鏡レポートの標準化とISOの取得や、統合診療情報の構築に向けた取り組みもあるという。医薬品についているバーコードや、内視鏡についているRFIDタグ、看護師が入力した患者の様子、薬剤の流量を記録するスマートポンプなどから、どんな薬をどれくらい使ったか、内視鏡はいつ誰が洗浄したかといったさまざまな情報を得ることができる。こうしたありとあらゆるデータを集めて、大きなデータベースにすることを考えているという。

根幹にあるのは診療のデキストデータを集めたJEDで、AI用に画像も加えたenhanced JED、薬や機材などの他の情報もまとめたintegrated JEDという形で、情報を統合してできるだけ広い領域に使えるAIを作っていく。学会では華々しいことができるわけではないが、ガイドラインなどを設定することで多くの医師に協力を呼びかけることができるため、AIの研究を促進できるような基盤作りを引き続き進めていきたいとした。

臨床へのAI実装には何が必要か?

続いて、「臨床へのAI実装には何が必要か?」をテーマにパネルディスカッションで意見交換が行われた。冒頭では日本医師会常任理事の羽鳥裕氏と厚生労働省大臣官房厚生科学課医療イノベーション企画官の江浪武志氏がそれぞれ取り組みについて紹介した。

江浪武志 厚生労働省大臣官房厚生科学課医療イノベーション企画官

まず、江浪氏は「健康・医療・介護領域におけるAI開発の加速について」と題して、厚生労働省で議論されたことや国全体のAI(人工知能)開発の位置付けなどについて講演した。

「医療AIの開発が政府の中でも期待が高まっている」

厚労省は2017年1月に設置した「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」(厚労省のHPはこちら)でAI関係の議論を深めたという。この懇談会はAIが「ディープラーニングの登場により新たな局面を迎えた」ことを受け、「保健医療等においてAIの導入が見込まれる領域を見据えながら、開発推進のために必要な対応およびAIを用いたサービス等の質・安全性確保のために必要な対応等を検討する」ために設置された。そして日本の医療技術の強みを発揮できること、医療情報の増大や医師の偏在といった日本の保健医療分野の課題解決に役立つという2つの観点から、ゲノム医療、画像診断支援、診断・治療支援、医薬品開発、介護・認知症、手術支援を重点6領域に選定したという。

一方政府も2016年4月に総理大臣の指示を受けて、人工知能の研究開発目標と産業化のロードマップを策定するために「人工知能技術戦略会議」を設置。その後、2018年8月に「人工知能技術戦略実行計画」(暫定)がまとめられたが、AI戦略としては不十分とされ新しい体制で改めて戦略をまとめるべきだという動きになったという。そして総合イノベーション戦略推進会議の下に有識者会議が設置され、今年政府としての「AI戦略」がまとめられた。4つの戦略目標と、その達成のための具体目標と取り組みが設定され、健康・医療・介護の分野での医療AIが社会実装の項目の中では一番最初に挙げられた。医療AIの開発が政府の中でも期待が高まっていると江浪氏はいう。

医療従事者支援に電子カルテ自動入力システムは重要

こうした中、厚労省は昨年7月に「保健医療分野AI開発加速コンソーシアム」(厚労省のHPはこちら)を立ち上げてAIの開発を加速するために何が必要なのか、どんな取り組みをすべきなのか議論をしてきたという。前半では医療AIの中でも画像診断支援の分野を中心に開発に当たっての課題を主に議論、後半では保健医療分野全体についてAIの開発を加速するために必要な取り組みについて話し合ったという。

前半の議論では、実際の画像診断支援領域のAIの開発の各段階の課題についてまずは整理された。倫理審査、インフォームドコンセント、アノテーションやラベリング、薬事承認というように、それぞれの論点を議論し、有識者らから課題解決のためにどのような取り組みを進めればいいか提案が出されたという。また後半の議論のなかでは、保健医療分野においてAI開発が期待される分野の俯瞰図も作成された。

羽鳥氏の講演でも紹介された内閣府のAIホスピタルの話にも触れながら、江浪氏は医師と患者の診察の場面で言葉を認識してカルテに入力するような技術も、純粋な医療技術というよりも汎用技術的なものではあるが、医療従事者支援の観点からは重要なのではないかとした。こうした技術を含め、健康医療介護福祉の分野のどの領域でどんなAIが開発されているかを把握しながら、AI開発を加速するために必要な取り組みについてもさらに議論していくことになったという。

医療従事者とIT技術者の連携が非常に大事

主にコンソーシアムの後半の会議で話し合われた保健医療分野全体についてAIの開発を加速するために必要な取り組みについての議論では、例えばそもそも電子カルテが標準化されていないこと、AIの学習に利用する教師データを作ることが難しく非常に労力がかかるなどといったことが指摘されたという。

江浪氏は1年間のコンソーシアムでの議論は、大きく4点の意見にまとめられるのではないかとした。

まずは社会実装の加速をする必要があるということ、現在開発が進められているそれぞれのAIについて壁がどういったところにあるのかを具体的に把握して1つずつ解消していく必要があるという指摘があったという。そして2点目は情報基盤整備についてで、データ収集の時の負担軽減やデータの標準化などの必要性が強調された。3点目の人材育成についても、そもそも国全体でIT技術者を養成しなければいけないという点、医療従事者のAIリテラシーの向上の重要性、本当に医療現場で役立つAIを開発するためには医療従事者とIT技術者の連携が非常に大事であるという点が挙がった。最後の4点目としては、これからの我が国の産業を考えると海外展開も大事な視点で、日本で生まれてくる技術をどう海外展開するのかが今後の大きな課題だという指摘があったという。

AIの活用で保険医療分野のさまざまな課題解決が可能になると期待されているため、今後どんなAIが開発されてくるのか、社会実装に当たってどんな課題があるのかなどを把握しながら、厚労省では引き続き議論をしていくという。コンソーシアムでのこれまでの1年間の議論を取りまとめたが、会議の開催を続けて現場で医療AIの開発に取り組んでいる専門家の意見を聞き、制度上の課題について解決に向けて議論を重ねていく予定だという。

羽鳥裕 日本医師会常任理事

次に羽鳥氏は日本医師会でのこれまでの医療AI(人工知能)に関連する議論について振り返り、気付いた課題についても話した。

医療AIの倫理、個人情報をどう保護していくか

日本医師会には約50の委員会が設置されており、特に柱となるのが学術推進会議、医療倫理を議論する倫理懇談会、医療政策会議の3つだという。AIについてはまずは2018年までの2年間、学術推進会議で当時日本医学会の副会長だった清水孝雄氏を座長にして議論がされた。主に「人工知能の基礎」、「人工知能と医療応用例」、「人工知能ー医療と倫理、法、患者」の3項目について精査したという。AIの基礎については、ディープラーニングの歴史、データマイニング、機械学習といった基本的なところから学び、医療応用例についてはIBMのワトソンやNECの画像認識の研究開発といった日本企業の取り組みなどについて理解を深め、そして最後に医療AIの展開と倫理的・法的・社会的課題について議論した(日本医師会の報告書「人工知能(AI)と医療」はここからダウンロードできる)。

特に医療AIの倫理的、法的な側面では、データの確保や今後の展開について注目した。2015年の個人情報保護法改正に合わせ、個人情報をどう保護していくかが重要になった。個人の遺伝情報を見ると誰しも何かしらのリスク因子を持っていることになるが、その情報が公開されると血縁関係のある人たちも保険に入れなくなるなどの影響が出る可能性がある。会議の最後のまとめとして、こうした課題の検討も急務だが、医療の発展にも尽くさなければならないということを含む提言をしてきたという。

患者と医師間コミュニケーションの補助、AI実装はまだ

一通りの議論が終わり、またこうした議論をするのはある程度時間を置いてからだと羽鳥氏は想定していたが、予想に反して同会ではさらに議論を深めるべきだということになり、今年も医療AIに関連した様々な検討を続けているという。「AIの進展による医療の変化と実臨床における諸課題」を諮問され、今年初めの1回目の会議では東京大学大学院特任准教授の河添悦昌氏に「AIとICTが変える医療-電子カルテデータを活用するための課題について」という講演、そして東大教授大江和彦氏には「AIを利用した今後の医療の課題」という講演を依頼した。内閣府で検討されていた「人間中心のAI社会原則(案)」(こちらからダウンロードできる)を参考にしながら議論を進めているという。

続く2回目の会議では、公益財団法人がん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長中村祐輔氏の講演「医療現場に必要なAI/IoT:内閣府AIホスピタルプロジェクト」という講演、横須賀共済病院院長の長堀薫氏の講演「患者、スタッフに優しいAIを活用する診療記録の自動入力化と良好なコミュニケーションシステムの開発」、株式会社9WD代表取締役の井元剛氏の講演「AIが紡ぐこれからの医療」を通じて、実際の医療現場で何が求められていて、AIの活用をどのように進めているかを議論した。

中村氏からはAIホスピタルプロジェクトについての紹介と、医療現場で実際に必要な人工知能についての話があったという。特に実際に必要とされている人工知能については研究グループの中のサブテーマの1つ「標準化関連情報の提供・共有」で具体的に取り組まれているが、羽鳥氏の印象としては患者と看護師の間のコミュニケーションの補助にはAIが活用されつつはあるが、患者と医師の間ではまだ実装段階までは到達できていないとした。また、開業医でも最新の情報が入手しやすい仕組みへの利用、患者とその家族への説明不足によるトラブルを避けるためのインフォームドコンセントなどの補助というようなAIの活用も進められている。こうした話を通して、開業医向けの医療AIが近く開発されると羽鳥氏は見ているとした。長堀氏らの横須賀共済病院での取り組みは、実際に病院の看護師らが医療AIを活用できるまでにはまだ時間がかかりそうだとしながらも、働き方改革や患者の満足度の向上などにつながりそうだと期待を込めた。

内視鏡AI「手の届く値段で実現したら二次読影で使いたい」

AIを取り巻く社会の動向に目を向けると、6月13日に茨城県つくば市で開催されたG20茨城つくば貿易・デジタル経済大臣会合でも「人間中心のAI社会原則」がG20として初めて合意されるなど、適切な推進体制の構築が進められている。一方で、AIやICTの活用によって医師をサポートしていきながらも、最終的に診断を決めるのは医師だという点を羽鳥氏は強調した。例えば飛行機では万一事故に直面した時に、パイロットではなくコンピューターの判断で回避方法を決めてしまうこともある。こうした状況が医療AIでも生じる可能性があり、今後も議論が必要だとした。

現在、日本病理学会や日本医学放射線学会、日本消化器内視鏡学会や日本眼科学会がAIの研究開発を進めていて、症例数が集まるに連れてAIの予測の精度も向上してきているという。日本医師会としてもこうした取り組みを応援しているという。自身も内視鏡を使う医師として、未知の領域なので恐怖感もあるものの、羽鳥氏は内視鏡AIが手の届く値段で実現し、まずは二次読影という形で利用してみたいと話した。そしてその実現のために、引き続き医療AIの研究開発のサポートをしていきたいとした。

パネルディスカッション

「臨床へのAI実装には何が必要か?」をテーマにパネルディスカッションで専門家ら8人による意見交換が行われた。同シンポジウム内で個別の講演をした6人に加え、東京大学未来ビジョン研究センター特任講師の江間有沙氏、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターのヘルスケア・データ政策プロジェクト長の藤田卓仙氏が加わり、これまでの講演で見えてきた課題について話し合われた。

医療はデータ化されていないものがあまりにも多い

まず最初に、医療AIの学習に使うためのデータの収集や作成をよりスムーズにするにはどうしたら良いかという課題が提示され、ディスカッション参加者がそれぞれ意見を述べた。 株式会社MICIN代表取締役CEOの原聖吾氏は、医療に関してはデータ化されていないものがあまりに多いというのが大きな課題だとした。しかもデータ化されているものは、例えば電子カルテは記録のため、レセプトは支払いのためというように、健康医療や予防、診療のためのデータが作られていない状況で、目的に合わせたデータ化が必要だとした。

慶應義塾大学医学部専任講師の岸本泰士郎氏は、精神科でAI開発を進めている立場から、紐付けデータが非常に不足しているという実感を話した。精神科は診断基準はあるが、専門医同士でも診断が一致しないこともあり、ゴールド・スタンダードというべきものや「正しい答え」が果たして何なのか、正しいバイオマーカーが何なのか情報が不足している領域で、模索しながらデータ蓄積を進めているという。時間はかかるが価値があることで、こうした取り組みを理解して支援してくれるファンドや協力者が必要だとした。

「厚労省は電子カルテの構造を統一すべきだった」

ただともひろ胃腸科肛門科院長で、AIメディカルサービス代表取締役会長・CEOの多田智裕氏は、データ収集でどのような工夫をしているか、自身のチームの場合について紹介した。消化器の内視鏡AIは内視鏡で撮った画像、内視鏡のレポート、そして病理データの3つのデータが揃うことで研究開発が可能になる。病理データはもともと記述される情報が決まっているため集めやすく、内視鏡のレポートも日本消化器内視鏡学会が進めているJEDプロジェクトによって用語が統一されたため、データとして集めやすくなっているという。加えて、多田氏のチームでは画像の匿名化、動画の匿名化、アノテーションツールなど自前のデータ収集のツールも作っていて、臨床研究自体が日本医師会の倫理審査委員会に内視鏡AI研究という広いテーマで承認を受けているため、追加データ収集も追加申請でオプトアウトの手続きで進められるようになっているという。

京都第二赤十字病院の内科部長/院長補佐の田中聖人氏は、やはりデータの構造化が課題だと強調した。患者の背景情報の構造化と、その情報を他の診断情報などとクロスリンクして活用できる環境を整備する必要があるという。JEDのプロジェクトでは喫煙や飲酒、家族歴、その他の生活習慣などの患者の背景情報も収集しているが、AI用と電子カルテ用と内視鏡医は二重入力を余儀なくされている状況だという。問診の構造化と標準化を進めないと、大量のデータの中から意味のある情報を取り出せる真の意味でのビッグデータにはならないと指摘した。既往歴や家族歴のバリエーションはそんなにないため、問診の基本フォーマットがあればあとは各診療科でそれぞれが必要な情報だけを追加するだけで済むようになるという。田中氏は中国の早期がんの研究の例を紹介し、患者の住まいの水や地質のマグネシウム、食事、お茶や飲酒の状況までデータを収集していてビッグデータを構築している点を見習う必要があるとした。

日本医師会常任理事の羽鳥裕氏も、電子カルテの構造化の問題を挙げた。レセプトデータを電子請求に切り替えた時に厚生労働省は電子カルテも構造を統一すべきだったのではないか、とした。現状、電子カルテは各メーカーがそれぞれ開発している。既往症や家族歴などの本当に重要な基本的なデータこそ入力すべきで、さらに問診も統一すれば必要な基本的なデータの大半が集められるようになるとした。羽鳥氏は、日医標準レセプトソフトウェアORCAと連携する電子カルテはデータの標準化に役立つかもしれないと期待する一方で、新しいシステムが登場するとこれまでのデータが使えなくなってしまう可能性もあると指摘した。

データ作りの省力化が重要に

厚生労働省大臣官房厚生科学課医療イノベーション企画官の江浪武志氏は事務局を担当する「保健医療分野AI開発加速コンソーシアム」でのこれまでの議論を振り返り、質の担保されたデータをAIの開発に向く形で集めることが議論の中心だったとした。日本医療研究開発機構(AMED)のプロジェクトは、学会を中心として質の担保されたデータを集めるというもので、日本独自の世界に誇れる方法だという。一方で国が整備するビッグデータもありうるため、棲み分けながらきちんとデータ収集をしていくことが非常に大事だと強調した。

また、AIに向く形のデータ、アノテーションにかかる労力の省力化についての意見も多くあったという。各学会の中で自動でアノテーションをつけるツールの開発などが進められており、いかにデータを作るところの負担を軽減できるかも重要だとした。

江間氏は、診療科によってデータ収集の面での課題が違う点を指摘し、そもそも何が標準データなのかというところから考える必要があるとした。社会からはざっくりと医療AIと一括りにされてしまうが、中身に違いがあることを政策を作る側、利用者、メディアなどがきちんと理解すべきで、そのための場も必要だと感じたという。

また、患者が自身の基本的なデータを持つポータビリティーも課題として挙げた。どうやって患者側が自身のデータを管理し、医療従事者にどう渡すかということも医療AIには広い意味では関わってくるとみているという。医療AIの関係者とは誰を指すのか、データから考えることも大事な論点だとした。

藤田氏は、データの構造化には2つの方向性があるとした。1つは構造化されていない山のようなデータを使えるようにするという方向で、しかしそれでは品質が担保できないのでやはりAIのために構造化されたデータを取れるようにしようというのがもう1つの方向だ。そして実際に各学会が協力しながらアノテーションをし、狭くて深い、いいデータベースの構築も進んでいるという。ビッグデータということで、匿名加工した情報を組み合わせて新しい発見ができないかというところも出てきている。病院の中だけではなく日常生活の中の情報も集められるが、集めるだけではなく、患者を中心とするデータとつないでその後の経過を追っていくことも必要になると指摘した。いかにコストをかけずにデータを集めるかということも課題になるとした。

診療報酬請求の要件として問診項目の設定を

参加者全員から意見が出た後に、田中氏は様々なデータをリンクさせるために、フォーマットが重要である点を改めて強調した。課題が指摘されているレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)も、東日本大震災後に患者のデータが喪失してしまった地域ではバックアップに活用することができたとして、有用に活用された事例を紹介した。

また、診療報酬請求の要件にすることで医師が実施しやすくなるため、診療報酬請求と紐づけてあらかじめ問診の重要項目を設定するなど、インセンティブを作ることも有効かもしれないと提案した。他にもヘルスケアや健診と医療のデータが繋がっていない点を課題として挙げた。それぞれで問診があるが、患者側からすると同じことが繰り返し聞かれることが多いという。医療だけではなくヘルスケア、そして健診のどれでも使えるような緩やかな問診の標準化ができれば、高精度なデータが集められるのではないか、とした。

国のAI戦略、人材育成がその柱に

2つ目の課題として、医療AIの開発や利用に携わる人材育成について議論された。藤田氏は、AIがこれまでの歴史的な経緯から擬人化して捉えられがちで、「医師対AI」とされがちなことを指摘した。実際は医師にとって役立つツールになるという視点と、いかにそうしたツールをうまく使うのかという教育が必要だとした。

厚生労働省大臣官房厚生科学課医療イノベーション企画官の江浪武志氏は、国全体でAI戦略の策定を進めている中で、人材育成はその柱になっているとした。一方で、育成された人材が医療の分野に来るかどうかは課題になるとも指摘した。その上で、AIの答えだから絶対に正しいという誤解が起きないように、AIの限界についても分かる人材の育成が必要だとした。また、社会実装を考えると国民全体の理解も欠かせないため、AIリテラシーの教育も大事だという視点も重要だとした。

AIは医師の働き方改革や医療機関の効率化に役立つ

日本医師会常任理事の羽鳥裕氏は、日本と比較して桁違いの人材育成に取り組んでいる中国や米国を挙げながら、日本の現状に危機感を示した。また、現状ではAIが人間の道具と言い切っているものの、いずれAIが人間を超える時代も来る可能性があり、医療の現場にいる身としては危機感を感じているのも事実だとした。

かつては人間の医師が読んでいた心電図も、今では心電図計に入っているコンピューターが自動判定するようになっている。コンピューターに頼るようになることで医師の腕が落ちる可能性もあるのではないか、と問題提起をした。

羽鳥氏の意見に対し、京都第二赤十字病院の内科部長/院長補佐の田中聖人氏は確かに診断を下す際に医療機器の推測に頼る場面が増えているため、AIの登場でも人間の医師が「劣化」する可能性はあるとした。そして、だからこそAIを医師の教育にも活用する必要があると強調した。また、日本全国の患者数を考えると、内視鏡医の数は不足する中、AIなどを活用して医師の負担を軽くし、精密診断を医師が担当するというような方向になっていくべきだとした。

一方で、AIは医師の負担軽減のために利用するとなるならば、巨大な利益を生むものというよりも医師の働き方改革や、医療機関のトータルな支出の削減に役立つものという見方をすべきだと指摘した。また、様々なオープンなリソースを活用しているというのがAIの強みでもあり、技術者の育成も工学部や医学部という分け方をするよりもオープンな形で取り組むべきだとした。

他にも、ただともひろ胃腸科肛門科院長で、AIメディカルサービス代表取締役会長・CEOの多田智裕氏はAIの社会実装を見据えて、他の機器とどうAIを接続するかなどプランを立てて実行できる人、エンジニアと医療の現場の両方の視点を持てる人を育てることが必要とした。慶應義塾大学医学部専任講師の岸本泰士郎氏もAIの限界を理解した上で現場で使える人が大事とし、 株式会社MICIN代表取締役CEOの原聖吾氏も橋渡しの役割を担う人材の育成を課題として挙げた。また、新しい人が進出してくるように、何らかの出口が見えていること、報酬が得られる世界が必要だともした。

電子カルテの標準化、厚労省も検討

こうした医療AIの研究開発について議論されることに対して、会場からは電子カルテなどこれまで医療現場へのICT導入が必ずしも成功していないことについての整理が必要なのではないかという質問が出た。この質問を受けて、羽鳥氏は各医療機関が診療報酬を電子請求しなければならなくなった時にレセプトコンピューターが導入されたが、同時に電子カルテも導入するように厚労省が要求すべきだったと改めて強調した。北欧の諸国のようにきちんと標準化されたデータが収集できる国では、人口は少ないものの全員のデータが安全な形でデジタル化されていて国の平均像などが分かるようになっているという。厚労省がせっかくの機会を逃してしまった点を指摘した。

江浪氏も電子カルテが標準化されていないということがデータを取り出すところの障害になっているのはその通りだとし、電子カルテを標準化する方向も含めしっかりと検討したいとした。一方で、データを取り出す部分を標準化できないかということも検討されているという。そもそも電子カルテが医療従事者の支援に役立っているのかという意見もあり、電子カルテの入力にAIを活用できないかということもAIホスピタルで取り組みを進めているという。

医療データは患者本人に集約するべき

一方で、田中氏は、利用する医師や医療機関側がそれぞれに電子カルテをカスタマイズしてしまっているために統一できていないという問題があると指摘した。ただ、現状でデータを共有できるようになっているため、記入するフォーマットを標準化できれば電子カルテのシステムそのものを変える必要がないと捉えているという。

むしろ医療機器の臨床試験に莫大な費用とエネルギーがかかるため、開発を進めた機器が世に出るまでのハードルが高すぎることが課題だとした。AIのアルゴリズムが開発できるところまではオプトアウトの仕組みにしたり、AIのバリデーション(評価)のルールを国が決めてAIの進化を阻まないようにしたり、今あるデータをどう利用するかを考えるべきだとした。

また、誰がデータを保管管理するかという問題については、過去歴などの情報は患者本人に集約するべきだと田中氏は提言した。病院が患者のデータを扱っていて、本人が管理していないのは日本だけで、国民の考え方も変えていく必要があるという。本人が基本情報を持っていれば、万が一に救急搬送されるような事態でも医師側が安心して対処できるとした。

こうした議論を踏まえて、最後に江間氏は医療AIの実装のための制度をどう作っていくかという議論に加えて、国民一人一人の意識改革も必要だとまとめた。住みよい社会をどう作っていくか考えていくためにも、議論の場を今後も提供していきたいとした。

 

« 医療×AIセミナーシリーズ一覧