医療×AIセミナーシリーズ第7回「臨床現場を効率化するAI・IT活用」

  • 日程:
    2019年07月21日(日)
  • 時間:
    15:00-17:00
  • 会場:
    東京大学本郷キャンパス 国際学術総合研究棟4F SMBCアカデミアホール
    地図
  • 対象:

    医師ら医療従事者、開発者、政策関与者、医療機器関係者など

  • 定員:

    50名(定員に達し次第受付を終了します)

  • 言語:

    日本語

  • 主催:

    東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部

  • 協力:

    日本ディープラーニング協会(JDLA)、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)

定員に達したため申込みを締め切りました。
概要

医療現場での課題解決に向け様々なテクノロジーが導入される中、AIやITの臨床現場での実装も進みつつあります。現場での課題を熟知する医師による開発や実装、医師と協働する開発者ら、社会実装に向けた仕組みをつくる政策関与者も増えてきました。

本セミナーシリーズは、こうした医師や開発者、政策関与者らが、それぞれの経験や知見を基に、開発・臨床現場で役立つ情報を共有し、関係者同士の交流をはかることで、医療現場での新しいテクノロジーの実装を進めていくことを目的として行います。東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学AIメディカルセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部が主催して開催します。

第7回は講師に黒田知宏氏(京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授)、中山善晴氏(株式会社ワイズ・リーディング代表取締役、放射線科医)、阿部吉倫氏(Ubie株式会社 共同代表取締役/医師)をお迎えし、医療機関等の臨床現場の過剰負担を軽減・効率化するIT・AI活用についてお伺いいたします。

  • 15:00-15:05
    オープニング
  • 15:05-15:35
    講演:黒田知宏氏(京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授)
  • 15:35-16:05
    講演:中山善晴氏(株式会社ワイズ・リーディング代表取締役、熊本機能病院地域医療連携画像診断センター放射線科部長、画像診断センター長)
  • 16:05-16:35
    講演:阿部吉倫氏(Ubie株式会社 共同代表取締役/医師)
  • 16:35-16:55
    質疑応答・ディスカッション
  • 16:55-17:00
    クロージング
講師プロフィール

黒田知宏(くろだ・ともひろ)
京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授
1971年生まれ。94年京都大学工学部情報工学科卒業、98年奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科情報処理学専攻博士後期課程修了、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科助手。2001年京都大学医学部附属病院講師、03年同医療情報部副部長(兼任)。07年大阪大学大学院基礎工学研究科准教授、09年4月京都大学医学部附属病院准教授、13年京都大学医学部附属病院教授、同医療情報企画部長(兼任)、同病院長補佐(兼任)、同情報学研究科教授(兼担)、 現在に至る。 仮想・強調現実感、福祉情報学、医療情報学、ウェアラブル・コンピューティング等の研究に従事。日本ME学会阿部賞等受賞。IEEE、電子情報通信学会、生体医工学会学会、医療情報学会等の会員。博士(工学)。

中山善晴(なかやま・よしはる)
株式会社ワイズ・リーディング代表取締役、熊本機能病院地域医療連携画像診断センター放射線科部長、画像診断センター長
1970年生まれ。放射線診断専門医師。1995年熊本大学医学部卒業。2002年熊本大学大学院博士課程修了。天草郡市医師会立地域医療センター研修医、国立療養所再春荘病院レジデント、健康保険人吉総合病院医員、熊本大学医学部附属病院放射線診断科助手などを経て07年(株)ワイズ・リーディング設立。08年熊本機能病院地域医療連携画像診断センター長、17年熊本大学医学部臨床教授。医学博士。放射線専門医。専門は遠隔画像診断、腹部画像診断、骨関節画像診断、交通外傷画像診断。

阿部吉倫(あべ・よしのり)
Ubie株式会社 共同代表取締役/医師
2015年東京大学医学部医学科卒。東京大学医学部付属病院、東京都健康長寿医療センターで初期研修を修了。血便を放置し48歳で亡くなった患者との出会いをきっかけに データサイエンスの世界へ。独学でアルゴリズムを学び、Ubie質問選定アルゴリズムを開発。データベース構築に 使用した論文は5万件以上。17年5月にUbie株式会社を共同創業し、全国の病院向けにAIを使った問診システム(AI問診Ubie)の提供を始める。

ディスカッサント

江間有沙(えま・ありさ)
東京大学未来ビジョン研究センター特任講師/国立研究開発法人理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員
2012年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。京都大学白眉センター特定助教、東京大学教養学部附属教養教育高度化機構、同大学政策ビジョン研究センターを経て現職。日本ディープラーニング協会理事/公共政策委員会委員長、人工知能学会倫理委員会副委員長。人工知能の倫理やガバナンスについてを研究テーマとしている。著書に『AI社会の歩き方-人工知能とどう付き合うか』(化学同人)など。専門は科学技術社会論(STS)。

藤田卓仙(ふじた・たかのり)
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ヘルスケア・データ政策プロジェクト長
2006年、東京大学医学部卒業。慶應義塾大学メディカルAIセンター、慶應義塾大学イノベーション推進本部とも兼任。医療政策学、医事法学、医療経済学、医療情報学の観点から、学際的な研究を行う。健康医療情報のプラットフォーム化と情報の利活用、大学医学部における産学官連携、地域包括ケアシステム・在宅医療における法政策、医療事故と専門職の責任、ヘルスケアにおける広告表示規制、医療等個人情報保護法制、医学領域における知的財産権などを研究テーマとしている。

東京大学未来ビジョン研究センター、慶應義塾大学メディカルAIセンター、エムスリー株式会社m3.com編集部は2019年7月21日に医療×AIセミナーシリーズ第7回「臨床現場を効率化するAI・IT活用」を開催し、講師に黒田知宏氏(京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授)、中山善晴氏(株式会社ワイズ・リーディング代表取締役、放射線科医)、阿部吉倫氏(Ubie株式会社 共同代表取締役/医師)をお迎えし、医療機関等の臨床現場の過剰負担を軽減・効率化するIT・AI活用についてお伺いしました。

まず京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授の黒田知宏氏が登壇し、「AI管理に資する診療情報管理」と題して、京大病院が医療のデータを活用するためにこれまで進めてきた取り組みなどについて話した。

京大病院では1970年から電子カルテ作りの取り組みを開始。情報工学科ができた年で、かなり早い時期から手作りの医事会計システムがあった。黒田氏は2001年に京大病院に着任し、2003年から電子カルテ導入のプロジェクトに着手、2005年に実際に導入したという。こうした京大病院の電子カルテの歴史は、日本全体の傾向と一致する部分が多い。流れとしては1970年代から医事会計システムが広まり始め、1980年代には部門システムが導入されるようになり、1990年代にはオーダーエントリーシステムが登場し、2000年代に入ってから電子カルテが普及していった。こうした現状の中で現在、臨床判断支援システム(CDSS)や医療安全、AI(人工知能)について議論されるようになっていると捉えることができるという。

2000年までは効率化のためにこうしたシステムを作ってきたのが、ここに来て急にデータを使いたいと言われている状況で、電子カルテを構築してきた側としてはそもそもそんな目的でデータを集めていないため、すぐに役に立つデータになっていないのが現状だと黒田氏はいう。医事会計システムは国が定めたルールに則っているもので、部門システムは機械由来の形でデータが生み出されていて、オーダーエントリーシステムになって患者の状態などについて2~3行の文章が出てくるようになった。つまりは機械の立場からすると、ルールベースで構造がある古いデータほど使いやすいということになる。実際、包括医療費支払い制度(DPC)集められたデータなど、政策立案に利用されるものの多くは医事会計データを活用している。個別の病気のデータ分析になれば少しはカルテの情報を活用することもあるが、カルテのデータはほとんど分析対象になっていないのが実際だという。

医療情報データ活用には構造化入力が必要

なぜ電子カルテのデータは活用されていないのか。黒田氏は、コンピューターが扱いやすいのは機械可読のデータであるのに対して、カルテは本来人間が書いて人間が受け取るもののため、AIなどの機械にとって「美味しい」わけがない、と指摘する。今までの研究用医療データは、人間が紙に書いたカルテを研究したい人がエクセルに入力して作ってきた。電子カルテが登場して、単に入力する場所が病院側に、入力ツールがテンプレートに変わっただけだ。

京大病院では2005年にテンプレートを使い始めた。当初は電子カルテの導入そのものに対する反発があったものの、エクセルに記入したものを電子カルテに直接貼り付けられるようになれば、カルテとエクセルを同時に書く手間(二重入力の手間)がなくなるのであれば、電子カルテを使っても良い、という声もあったという。そんな意見を反映して作ったのがテンプレートデータベースだった。研究に必要でも、カルテに書く必要が無いデータがあることも考慮して、テンプレートに記入されたデータの一部をカルテに、残りは研究用の別のデータベースに保存して、両方をまとめて検索できる仕組みである。2010年ごろには、このデータベースに1日当たり1万3000件のデータが入力され、1カ月で430回くらい検索が実施されていたので、よく活用されていると言えるのではないか、と黒田氏は見ている。

「二重入力がめんどくさい」

一旦仕組みが作られると、医師たちもそれを使いこなし、新たな使い方も散見されるという。京都大学では、テンプレートを活用してバイオバンクが構築された。がんの治療のプロセスごとに患者のゲノムサンプルと診療情報を収集した、かなり質の高いデータベースも作られ、データを使って企業と共同研究するベンチャー企業KBBMも設立された。この一連の動きのきっかけになったのは、2003年にある医師が放った「二重入力がめんどくさい」という一言だったのだと、黒田氏は改めて振り返った。

テンプレートには、研究に使える構造化されたデータが集められるという利点があるが、記入に手間がかかるという問題点がある。テンプレートはデータを使いたい人の視点で作られているため、入力する側の思考の流れを壊してしまいがちである。京都大学のバイオバンクのテンプレートも大きく2回作り変えられた。最初は詳細なデータを取るために細かくしすぎたために診療現場に受け入れられず、次は用語の標準化がされていないためにデータがバラバラになるという事態になった。プルダウン型等の選択式入力が導入されて、やっと使えるものになったという。

人間が入力しなくてもいい仕組みをつくる

こうした過程を経て、入力する人とデータ使う人で思考プロセスが異なるために質の良いデータをテンプレートで集めるのは相当困難であることに気付いたと黒田氏は言う。

2011年の電子カルテの更新のために2010年に調査を実施したところ、1000人の医師と1000人の看護師がいる京大病院で、パソコンを約3000台設置してほしいと言う要望が出てきた。なぜこの要望があるのか詳しく見てみると、看護師は勤務時間の7割ほどはパソコンに向かってカルテの入力をしている状況が浮かび上がってきた。業務の効率化の道具のはずだった電子カルテシステムが、看護師の時間を奪い取っているという事実を目にして、何のためにカルテはあるのか、人が入力しない良い方法はないのか、と考えるようになったそうだ。

1990年代初めからあるIoT(Internet of Things)という考え方を提唱したケビン・アシュトンも、人間は入力チャネルとしては性能が悪いこと、低速で低周波、さらには不確実なメディアを排除しないとコンピューターは仕事ができない、と指摘している。そこで、直接機械やデバイスから情報を収集する仕掛けを作ることで、「AIに資する」データを集められないか、京大病院で取り組むことにしたという。

ベッドの横でデータを自動収集する

病院で欲しいデータは計測値と計測した状況だが、状況の情報収集が難しい。だがそれも整理すると、どんなデータを収集すればいいのか見えてくる。5W1Hのうち、whyを除く4W1Hの情報が必要になるが、電子体温計など使うデバイスが決まるとhowとwhatが決まる。コンピューターの時計でwhenも決まるので、残るのはwhoとwhereになる。病院という環境に限って考えると、この二つはベッドの横に誰がいたのかが分かれば明らかになる。京大病院では全てのベッドの横に電波灯台を立てた。発信バッジをつけた看護師が近づくと、誰が来たのかわかる仕組みだ。最後に、デバイスを電波灯台に装置をかざすとデバイスが測ったデータが収集され、看護師が確認ボタンを押すと入力が完了する。ほとんどタイムラグなしにデータを集めることができるようになった。

こういうことができるようになると、もっと分析してみようということになるという。例えばいつもある病棟で特定の看護師だけが長時間ベッドサイドでやたら業務をしているというような「異常な」データに注目して、現場の状況を調査すると、その病棟における人間関係が良くないということも見出すことができ、医療事故の温床になるので、配置転換を検討しようというようなことが言えるようになる。

さらに現在は医療機器のメンテナンス記録と現在の設置場所を収集できる「医療機器の電子カルテ」を作ることも進めているという。ベッドサイドに運び込まれた機器が未整備の場合に警告を出せることになる。さらに、外からデータを書き込める装置も増えているので、患者のカルテの指示と計測された血糖値から薬の滴下速度を決定し、患者のベッドサイドにいる看護師の携帯端末等に情報を出して確認を求め、手術する腕を避けて注射をするようにとメッセージを送ったりできるようになる。こうして、「ここだけ今だけあなただけ」のさりげない情報支援を行うことで、人と機械が連携する「人間機械系システム」が構築できるという。

この人間機械系システムが集まると「サイバーフィジカルシステム」ができる。全体が協調してさりげない情報サービスの提供が可能になる。使う人は、機械が良いサービスを自分に与えてくれるよう、正確なデータを与えるようになり、「一次フィードバック・インセンティブ」がうまく機能するようになる。現在京大病院では実験を進めているところで、次の電子カルテの更新までにこうしたシステムを導入するかを判断する予定だという。

データ分析を「データレイク」に切り替える

こうしてデータが入手できると、分析したくなるものだ。分析に広く用いられるデータ・ウェアハウス(DWH)の良さはデータを紡ぎ直せることだという。例えば糖尿病患者の薬を変えたタイミングを調べて、新しいDPP-4阻害薬が出た2010年前後でどう投薬行動が変化したかということも分析できる。切り替えがうまくいった症例とそうでもない症例など、データを紡ぎ直すことで今まで見えなかった事実が見えてくることもある。

一方で、データの紡ぎ直しが必要なことがDWHの泣き所でもあると黒田氏はいう。DWHは、予め整理した通りにしか分析ができないため、新しいことを始めるためには紡ぎ直しが必要である。紡ぎ直しにはコストがかかるため、何かを試しに分析するということには向いていない。そこで、とりあえずデータを投げ込んでおき、カタログを作っておいて何が入っているかを分かるようにしておくデータレイクというIBMが提唱している考え方を導入する予定だという。データレイクがある世界では、丁度湖からの水系に浄水場を設置するように、何かを分析したいときに小さなデータセットを作ればいい。

このアプローチへの切り替えは、ナショナル・データベース(NDB)を広く使ってもらえるようにするプロジェクトがきっかけになっている。レセプトは分析に向いていない構造で保管されていて、ユーザーそれぞれが紡ぎ直してデータベースを作る前提で運営されているため、みんなが使いやすい構造になっていないのだという。黒田氏は次世代のNDBをデータレイク方式にすることを厚労省に提言していて、今年8月23日に都内で開催されるNDBユーザー会でもこうした議論を行う予定だという。

データ収集・利用には患者への配慮を

AI開発においては、AIの教師データセット作成に取り組む人が脚光を浴びがちだが、分析可能なデータを作り出しているのは、データソースとなる患者、データを電子カルテに入力する医療者、電子カルテシステムを支える人などだ。こうした仕組みを分かっていない人がAI用データ収集システムを作ると悲惨なことになる、と黒田氏は厳しく指摘する。医療情報学会では、AMEDからの委託を受けて、黒田氏らを中心に、データの抽出・キュレーション・匿名化など、電子カルテや医療データを取り巻くルールを満たしたデータ収集システム実現のためのガイドラインを定めている。

また、患者側への配慮も重要だと黒田氏は強調する。以前、病院のデータが企業の金儲けに使われるのではないかと疑った患者の批判を受けた京大病院では、2年もかけて医療情報の提供方針を作成したという。外部機関が京大病院のデータを学術研究に活用する時には、分析経費1回500万円を支払い、データそのものでは無く分析結果を受け取れるルールを整備した。得られた収入を経費に充てた後の余剰分は専用の基金を通じて患者のアメニティに使い、その使途は公開する予定だという。

個人情報保護法の下ではデータのコントロール権は患者側にあるので、データサイエンスにデータを使わせて貰うためには、社会的受容を得ながら物事を進めることが極めて重要だという。医療データ活用先進国であるフィンランドのキーマンは、Trust is the key for success, nothing to hide is key for trust(成功の鍵は信頼で、その信頼を得るためには隠し事をしないことが鍵だ)といい、もう一つの医療データ活用先進国エストニアのキーマンも、データを活用した患者向けのサービスを先に始めることが重要で、データの二次利用を優先することは失敗の要因になるといっている。その点日本は、絶対安全で何も問題は起きないから、医学のためにデータを提供してください、というメッセージを発信するという、まるで正反対のことをしていると黒田氏は厳しく批判した。

社会的受容を醸成するためには、技術を理解していてマネジメントもできる医療データ人材、つまりはアクセルとブレーキを知っている人が今後欠かせないと黒田氏はいう。今後、京大と東京大学が文部科学省の予算を受けてこうした人材育成に取り組むことになっている。京大では修士課程の学生向けのプログラムと企業向けの短期間のプログラムを準備している。いずれ、大学病院はAIを育てる場へと変化し、AIを育てるプロセスを体験することで、人も学べる場になるだろうとのことだ。つまり、大学は医療データを実際に触って学べるサンドボックスへと変化することになるのだそうだ。

 

次に株式会社ワイズ・リーディング代表取締役の中山善晴氏が登壇した。「医療AIイノベーション」をテーマに、遠隔画像診断を行う会社を設立した医師としてこれまでの取り組みや今後の展望などについて話した。

中山氏が12年前に設立したワイズ・リーディングは遠隔画像診断を行う会社だ。放射線科の専門医として現在も熊本大学で臨床に携わっており、会社では21人の従業員とともに60人ほどの放射線科医のネットワークを運営しているという。

日本の人口動態の分布を見ると、今後は高齢者が非常に増えて生産年齢人口が減少していくことが明らかだ。国内の各産業が衰退していく中、高齢化とともに医療費と医療従事者が増えていき、医療や福祉の分野は今後も様々なニーズが出てくると考えられる。違う見方をすると、情報通信産業と医療福祉産業以外は今後20年で衰退していくということだ。ただ、今は医師不足で日々忙しくても次第に医師も充足され、2035年以降は医師は過剰になるかもしれないと中山氏はいう。今までの医師は医療を中心に物事を見ていればよかったが、それでは時代に置いていかれてしまうようになる。その時に医師は自分たちの仕事をどう守るか。医療以外の技術や、発想、考え方が必要になってくるのではないかと中山氏は見ている。

熊大放射線科での研究から遠隔画像診断の会社を起業

12年前、熊本大学放射線科にいた中山氏は3次元画像の研究に携わっていた。それが家庭の事情で、研究を諦めて違う生き方をしなければいけないという事態になった。研究をやめることを上司である教授が納得する理由が必要だと考え、遠隔画像診断の会社を作って地域社会を守ることに貢献する、と言ったことが起業につながったという。高邁な思想があったわけではなく、もともとは食べていくために会社を作ったのが実際だという。

それでも、研究ができないのであれば事業で社会に役立ちたいという思いはあったという。日本はCTやMRIの装置が多く設置されているが、一方で放射線科医は少ないと長らく言われてきた。この状況は熊本でも同じで、熊本市に放射線科医が集中していて、他の地域中核病院には放射線科医がいないにもかかわらず日夜CTやMRIが動いているという現状がある。

熊本県内の医学部は熊大にしかなく、熊大には地域医療を支える使命があるといえる。そこで、中山氏は産学連携で遠隔画像診断事業を作りましょうという話をして、今のネットワークを構築した。放射線科医がいない病院やクリニックから画像を送ってもらい、その画像を放射性科医が診て返す、という仕組みだ。現在、熊本県を中心に全国80施設と契約をしていて、1日に250~300件の画像を読影しているという。この1日当たりの件数は地方の大学病院よりも多い。

普段仕事で困っていることの解決にむけ、AIエンジニアとシステム開発

ワイズ・リーディングは4年前にシステム開発にも着手した。遠隔画像診断サービスの市場は伸びていたが、現場の負担が重く、解消するためにどうにかしなければならないと経営者としても感じていた時だった。とはいえ、一人前の専門医になるまで10年はかかるため、簡単に人は増えない。

改善できる部分を探して改めて業務時間を見直すと、画像を見る時間はそんなに多くないことが分かった。要は見て診断ができるかできないかの判断を下しているだけで、一方で、その判断を文章化するのに時間がかかっていたのだ。タイピングしたり、文章の確認をしたり、参考資料を見たりという文章化の部分を改善できるのではないかと思ったという。そこでエンジニアを雇い、開発体制を整えて社内に人工知能研究所を立ち上げた。当時は今ほどAI(人工知能)への関心は高くなかったが、いずれ医療もAIの時代が来ると感じていたため、仕事を変えていこうと考えていたと中山氏はいう。現在11人のエンジニアがいるが、遠隔画像診断を主力事業にしている企業でこれほどエンジニアがいるのは珍しい。

実はこうした現場のニーズ、仕事で普段困っていることとして大手システム会社に製品開発をずっと相談していたが、10年経っても成果が出てこなかったという。ニーズとシーズが切り離されている状況を変えるために、掘り起こされたニーズを持った自分たちがAIのエンジニアと一緒になって開発に乗り出し、日々議論を繰り返して2年がかりでようやく完成させたのが、Y’s CHAINだったと中山氏は振り返る。

画像診断レポート作成時間が半減、AI支援で

放射線科の画像診断のレポートで書く文章は、いつかどこかで書いたものでほぼ代用できるという。そこで文章の使い回しができるように、Y’s CHAINには過去の何十万という放射線科の報告書を学習したAIが搭載されていて、目の前の患者のレポートに必要な文章のリストを選んでくる仕組みだ。文章がなかったら利用者が追加し、AIはさらに学習してより良いものになっていく。自然言語解析の分野の開発で、文章の中の名詞を抽出、名詞と名詞の距離を計算してリスト化し、距離が近いもの、つまりは数字が高いものを表示する。さらに画像診断の用語集も独自に開発して活用している。国内、そして原理的には英語でもできるので米国でも特許を取得済みだ。

医師が画面上で文章を書くと、その文章の前後にありそうな文の候補が出てくるため、クリックで選んでいくとすぐにレポートが完成する。個々の文章の細かい修正も可能だ。過去に自分が書いた文章から引っ張ってくることを「サーフィン」するような感覚だと中山氏は表現する。他にも、あまり出合わない難しい症例は注意すべき他の関連の疾患なども丁寧に文章を書いておくと、未来の自分がその情報をすぐに使えるようにAIを学習させることができる。参考資料を保存できるので、20-30分はかかる検索の手間も次回以降は省略できる。記憶を引き出せるように何かキーワードを用意しておくことも、文章候補を探し出しやすくするのに役立つ。ベテランの名医の脳の中で起きていることをネットワークに乗せて見えるようにしていることでもあるので、若い研修医とこうした知識を共有できる仕組みでもあると中山氏は捉えている。

実際、Y’s CHAINを使うと作業をかなり効率化できるという。1所見にかかる時間は標準的には2分の読影と6分のレポート作成の合計8分だが、レポートを書く時間を半分の3分にできるため、合計時間が5分になる。たったこれだけ、という意見もあるが、影響を単純計算してみると、これまで1日60件にしか対応できなかったのが96件に対応できるようになり、仮に1件8000円とすると病院経営に年間で7200万円の増収に貢献できる。あるいは医師の仕事量として捉えると、1日60件をこなす場合、この3分の短縮で年間750時間も減らすことができる。

医療従事者とエンジニアが集まって交流する場を作る

こうした仕組みで文章を作成する手法は、看護師や薬剤師、リハビリの分野のレポートというような医療関連以外にも記録業務がある業種、例えば弁護士や金融業界にも応用できる可能性があると見ている。定型文が多くなると探すのが大変になりそうだが、開発したツールであれば候補文を瞬時に絞り込んで引っ張ってくることができるため、定型文がいくらあっても問題ないという。

医療の未来は、これからもテクノロジーによって変わっていくと中山氏は実感していて、引き続き画像関係でAIの研究開発を進めていきたいと思っているという。例えばCT画像では、AIが直接的に画像診断に関わるというよりも、医師が欲しそうな情報をAIが提示してくれるような仕組みがあれば、時間をかけて情報を集める必要がなくなり、臨床の効率化ができる。他にも、社内にエンジニアがたくさんいて医療の困りごとはよく分かるため、同社は様々な課題解決のための開発に取り組んでいて、認知症患者の見守りシステムのY’s KEEPERは、ビーコンを患者の靴に入れておき、自由に歩き回れるようにするが、出口や階段など危ないところに近付いたらナースセンターにアラートを出す。現場の負担軽減につなげられると見ている。

医療とAIの領域で活動してきた中山氏は、医療従事者とエンジニアが集まって交流できる場が重要だと感じているという。そこで、倉庫を買い取ってリノベーションし、3Dプリンターやレーザーカッターなど試作品作りの道具を揃えたSOCKETというラボを作り、両者の交流を促そうとしている。病院のニーズとエンジニアのシーズを組み合わせて、新たなものが生まれる場を作っている。加えて、「アントレドクター」を育てるために医学部生に医学だけではなく、技術や起業、デザインについての話も第一線で活躍している先人から聞ける「みらいクラブ」も開催している。医師というのはあらゆるものを突破していく力があるライセンスで、課題を見つけて解決していくためのテクノロジーの知識も持っていれば医療や介護をどんどん変えていけると期待しているという。

 

最後に、Ubie株式会社の共同代表取締役で医師の阿部吉倫氏が登壇した。同社で開発している「AI問診票」や、今後どのような方向で改良を進めていくかなどについて話した。

書類作成で医師は疲弊

阿部氏はまずUbieについて説明した。東京大学の学生だった阿部氏と共同創業者のエンジニアが医療のシミュレーションをやりたいと考えて2人で研究開発を始めたことが起業のきっかけだったという。東大病院で勤務していた阿部氏は病院の中で事務作業が多いことに気付き、ニーズとシーズが出合い、ソフトウェアを開発してこの課題に取り組もうと2017年に創業した。

例えば救急外来では、シフトをこなした後に次の担当医に引き継ぎをする。記録しておくべきことがたくさんあり、残業して帰るが、明日もまた通常通りに出勤するという日々になり現場の医師は疲弊している。残業は、救急患者の対応や患者への説明、手術、あるいは勉強会など本業と言えることよりも書類作成のためという場合が圧倒的に多いという。例えば医療機関でよく利用されている紙の問診票は、便利なものとは言えない。事務的に患者が名前や生年月日、住所を記入し、カルテ登録に使う。主訴についても聞くが、医療者が便利に活用できる情報になっていないため、結局診察室で医師が患者に一から症状を聞き、カルテに打ち込むことになる。結果、患者から「この先生はカルテしか見ていない」と言われてしまう事態になる。そこで同社では、タブレット端末を使って年齢、性別、地域、季節、主訴などに基づき、患者の病状を予測しながら回答に応じて動的に質問を繰り出す問診票システムを開発、サービスを提供している。患者が回答した内容を医師の言葉に翻訳して、専用のテンプレートが自動生成されるところまでシステムでできる。

問診AI、高齢者が使いやすいようにデザインを作りこむ

開発したシステムには3つの特徴がある。1つ目は、高齢者向けに作り込んだインターフェースだ。医療機関のメインユーザーは高齢者で、平均して70代になるため、若い人が普段使っているようなスマートフォンのユーザーインタフェースでは使い方が分からない。例えばタイマーの設定に出てくる「ドラムロール」は操作の仕方を知らない。ユニバーサルデザインを実現するため、同社では70代の方々に同行し、普段の生活行動の理解を深めた。その結果、高齢者はカラオケによく行くことが分かったので、カラオケの曲名入力画面の文字入力を問診票でも参考にすることにしたという。

2つ目が2013年からずっと研究開発をしている内容で、患者ごとに質問項目が変わって提示されることだ。頭痛や発熱が主訴の場合、必ず聞くべき質問がある。痛みはいつからか、同じような症状は以前もあったか、症状が軽くなる時や悪化する時はどのようなときか、などだ。医師が回答に沿ってどんな病気なのか仮説を組み立てていくように、システムも3000もの症状の中から選ばれたものに応じて次の質問を選定し、その後の質問を変えていくというロジックになっている。

3つ目は、システムを導入してもこれまでとオペレーションフローが大きく変わらないということだ。実際の導入先はあまりにも変わらないため拍子抜けすることもあるという。紙の問診票では記入済みのものをクリアフォルダに挟んで診察室に持っていくが、システムでは患者のIDを登録して送信するということになる。大手の電子カルテメーカーの製品と連携できる部門システムの一つとして、送信内容に飛ぶリンクが作成され、電子カルテに表示されるリンクをクリックすると同社の問診票サービスで集めた情報が閲覧できるようになっている。

問診時間が3分の1に

サービス提供は1年半くらい前から始めており、診療所は約100施設、病院はつい先日10施設目の導入が決まったという。実際にシステムを導入した病院によると、医師の患者への対面ヒアリングの時間を増やせたという声が多いという。医師の負担軽減に役立ち、患者側の満足度も増え、そして患者の待ち時間も減っている。初診問診が一人につき約10分かかっていたのが3.5分と3分の1ほどにでき、診療と記載の医師が取り組まなければならない2つのプロセスのうち、記載の部分も短くなるので全体の診療時間が減らせる。医師のカルテ記載時間は、100床程度の規模の病院では年間約1000時間ほど浮く計算になる。最近では病院経営の観点から関心を持たれることも増えているという。

主な導入先はリソースが限られる地方の病院が多く、最初の導入は山形県の日本海総合病院だったという。9カ月前に救急科に導入し、その2カ月後には総合受付でも使うようになった。4月にシステムを導入した長野中央病院は人手が足りていなくて、内科の初診患者30人の事前問診を看護師3人で対応していた。システムによって事務の人に事前問診を任せられるようになり、タスクシフティングが実現した。それまでは予診待ちの患者が多く、医師も予診を終わるのを待っていたような状況もあったが、10分の予診を事務の人が5分でできるようになり、全体の流れがスムーズになったという。

初診時の事務作業をさらに削減へ

今後は、初診時の事務作業をもっと減らせるように追加機能を増やすことを考えているという。例えば服薬歴から既往歴の推測、可能性がある病気の標準的な検査に関する教科書連携、トリアージのサポートなどだ。また、現状での電子カルテとの連携はテキストの「コピー&ペースト」で、より利便性の高い連携を求める声が出てきているため、電子カルテベンダーと連携してより使いやすい形を目指したいという。他にも2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、多言語対応も進めている。患者が母国語で事前の問診に答え、回答内容は日本語の文章にして医師に渡せるようにして実装する予定だという。

最後に、阿部氏はタブレット画面に見立てたパソコン画面で問診票のシステムのデモを実演した。来院理由を聞いた後、症状についての質問、飲酒や喫煙の習慣について、そしてアレルギーの有無について聞く質問が続いた。自由入力が多いと高齢の患者は時間がかかってしまうため、選択肢で答える質問を使って病状を絞り込んでいくようにしているという。そして回答が終了すると、情報が電子カルテでも見られるようになった。患者には分かりやすい表現だったのが、医師向けに医学的なテキストに変換されて表示された。

 

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