藤原帰一教授 朝日新聞(時事小言) 対中警戒打ち出したG7 協調が招く、世界の分断
バイデン政権の下で世界の先進諸国は対中強硬策を共有しようとしている。中国台頭を前にしたこの選択は合理的で、必要でさえあるが、もたらす結果は米中対立を軸とした長期的な世界の分断である。矛盾に満ちた国際政治の構図を読み解いてみよう。
G7サミット(主要7カ国首脳会議)の議題が対中関係だけだったわけではない。トランプ政権下ではアメリカとヨーロッパとの隔たりがあからさまな会議が続いただけに、今回のサミットはアメリカが多国間協調路線に復帰し、主要先進国との連携を示すことが課題だった。
70項目に上る長文の首脳宣言にはパンデミックへの世界的対応、世界経済再生への選択、地球環境温暖化に立ち向かう一連の施策からジェンダーの平等に至る数多くの訴えが並んでいる。ここに示されるのはリベラルな政治体制を共有する諸国の協調、マルチラテラリズムの復活である。
だがリベラルな国際協調の裏側には、リベラリズムとは相容(い)れない諸国との明確な対抗があった。先に行われたG7外相会議を踏まえ、サミットの首脳宣言は、新疆ウイグル自治区での基本的自由や人権、香港の高度な自治の尊重を求め、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、強制労働についても新疆ウイグルとの明言は避けつつサプライチェーンからの排除を求めている。
香港、台湾、強制労働、どれをとっても中国政府が世界各国の関与を拒んできた課題である。サミットにおける人権と経済を始めとしたグローバルな諸課題における国際的連帯は、中国への警戒と対抗の共有でもあった。その後のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議でも中国とロシアへの対抗が鮮明に打ち出されている。
主要先進国が対中警戒で一致するのは新しい展開である。日本を始めとする東アジア地域における中国脅威論は今に始まったことではないが、東アジアから地理的に離れたヨーロッパ諸国では中国よりもロシアへの警戒が強く、経済成長の与える機会への期待のために対中政策は微温的であった。またトランプ政権の下のアメリカは中国への圧力を強めたが、中国における人権問題への関心は限られ、国防費や米軍駐留経費負担などを巡って同盟諸国の結束が弱まっていた。
バイデン大統領はアメリカの単独行動ではなく同盟国・友好国の結束を求め、国際体制の見直しではなくその強化を模索している。今回のG7サミット、NATO首脳会議、さらにEU(欧州連合)首脳会議への参加はアメリカの主導する国際協調を再建する試みだ。そして、この国際体制の担い手はリベラルな政治制度と経済体制を共有する諸国に限られている。多国間協調と国際連帯を確保した上でリベラルな体制を脅かす中国とロシアに立ち向かおうというのである。
国際連帯には限界もある。今回のG7やNATO首脳会議では、アメリカやイギリスとドイツやフランスとの間には、どこまで中国に対抗するのか、政策の距離が認められた。とはいえアメリカも、軍事介入によって香港や新疆ウイグルを解放すると言っているわけではない。政策の基本はあくまで中国における人権侵害や軍事的覇権への懸念の共有であり、軍事的には抑止力の強化が目的だ。そして逆説的になるが、介入ではなく抑止が重点だからこそ各国の賛同を得やすく、長期の国際連携を支えることも可能となる。
私は、リベラルな価値と制度を共有する諸国における国際協調は適切な政策であると考える。同時に、このような政策が中国政府の政策転換を引き起こす可能性はごく少ないとも考える。
トランプ政権の関税引き上げについては妥協を模索した中国も、一帯一路戦略は精力的に展開し、南沙・西沙諸島などにおける勢力圏の確保と拡大が続いた。サミット参加国やアメリカの同盟諸国が連携を強化したところでこの展開が変わるとは考えにくい。まして香港や新疆ウイグルにおける人権抑圧や強制労働は中国から見れば国内問題であり、国際問題とされること自体への反発が続く結果に終わるだろう。
ここにあるのは、アメリカを中心とする「西側」諸国と中国・ロシアを中心とする「東側」諸国が不寛容に対峙(たいじ)するという国際政治の構図である。双方が軍事介入ではなく抑止、そして勢力圏の維持を図るとき、仮に戦争は起こらなくとも、世界の分断は恒常化してしまう。地球環境の保全などのグローバルな課題については「西側」と「東側」が協力する場面もあるだろうが、それが世界の分断を克服する機会となる可能性は低い。
国際協調の再建が世界の分断を招いてしまう。そんな世界に私たちは生きている。(国際政治学者)
*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2021年6月16日に掲載されたものです。