藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) 安保政策、大転換 NATO化する日米同盟

岸田政権は、自衛隊の新たな装備と体制拡充を盛り込んだ3文書を閣議決定した。今後10年を想定した「国家安全保障戦略」を中心に、防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画と呼ばれてきた文書を改定した「国家防衛戦略」と「防衛力整備計画」を置く構成だ。
3文書は、日本の安保政策を転換するものだ。防衛費増額は防衛関連予算の目安であった国内総生産1%を2%に倍増する規模である。自衛隊の装備では反撃能力の名の下にミサイル基地を「たたく」、つまり攻撃する手段を持つ方針に転じた。国産ミサイルの射程延長と米国製巡航ミサイル、トマホーク購入も計画されている。
反発が生まれた。基地攻撃能力は専守防衛の骨抜きではないかと懸念され、防衛力整備財源の多くを増税に頼る点にも批判が集まった。
私は、やや異なる角度から考えてみたい。今回の安全保障戦略は抑止力強化を目的に掲げているが、その役に立つのか、戦争を防ぐことはできるのかという問題である。

日本を取り巻く安全保障環境は厳しい。中国は通常兵器と核兵器の両方で軍拡を進め、北朝鮮はミサイル発射を繰り返している。中国、北朝鮮、あるいはロシアによる攻撃を未然に阻止する抑止力の強化は確かに必要だ。
では長射程ミサイル保有が抑止力を強化するのか。日本単独で攻撃の抑止を試みるなら、その効果は限られている。どれほど日本がトマホークを購入しても既に大量のミサイルを保有する中国とのギャップは著しい。日本のミサイルのために北朝鮮が攻撃を思いとどまるとも考えにくい。
だが、日本だけを取り出して抑止力を考える意味は少ない。海上自衛隊の演習を見ればわかるように、自衛隊は米軍との共同行動を想定している。日本の戦力は、米国とその同盟国の持つ抑止力の一環として考えなければならない。
既に米国と中国との競合はテクノロジーから軍事まで全面的な対抗に至り、中国脅威論は米国に加えてその同盟国に共有されている。米国と同盟国の軍事力を合算すれば現時点では依然として中国に勝っているが、その差は縮小している。
バイデン政権は、同盟国との連携のもとで対中抑止力の強化を進めている。先だって国防権限法によって米議会の認めた国防戦略は攻撃に対する台湾の持久力を支援することを明記し、インド太平洋軍司令官の権限を拡充する一方、同盟国との連携の強化を求めている。軍事力拡大を進める中国に米国の同盟国が結束して立ち向かう構図である。
ここで拡大抑止の実効性が課題となる。有事において米国が日本を守るのか。逆に、日本が米国の戦争に巻き込まれても良いのか。同盟と抑止力のつながりは繰り返し問われてきた。
拡大抑止は核抑止力を含むがそれだけではない。通常兵器による攻撃を核によって抑止する効果は限られているだけに、米国は核に加えて通常兵器による対中抑止力強化を模索し、同盟国の協力を求めてきた。
またNATO(北大西洋条約機構)と比べるなら、アジア太平洋地域の安全保障は米国との二国間の同盟の束にとどまり、地域の連携は乏しかった。さらに日本は米国と同盟を結びながら、専守防衛に基づき日米協力の範囲に限定を加えてきた。

今回の3文書は日本単独ではなく、米国とその同盟国と連携した抑止力強化の試みとして捉えられる。陸海空の自衛隊と米軍との調整を行う常設統合司令部を創設する構想も米軍との連携強化を進める一歩である。
これは、いわば日米同盟のNATO化である。専守防衛に基づいて制限してきた日米協力の範囲を広げ、有事における自衛隊と米軍の連携を強め、日米防衛協力をNATOにおける同盟国の連携に近づける構想だ。
だが、中国や北朝鮮は以前から自衛隊の戦力を米国、オーストラリアや韓国など米国の同盟国のそれと一体のものと捉えてきた。日本が戦力を増強しても両国の行動が変わることは期待できないが、西側に対する脅威認識は拡大する。その結果は米ソ冷戦の時代のような軍事緊張の恒常化である。
侵略に対する抑止は必要であるが、抑止に頼る対外政策は戦争の危険を高めるリスクがある。このジレンマがあるからこそ、抑止戦略と並んで外交による緊張緩和の可能性を模索しなければならない。
外交によって中国や北朝鮮との緊張を打開することは極度に難しい。だが、岸田政権には外交の機会を模索した跡が見られない。抑止力強化に積極的な政権の、そこが危うい。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2022年12月21日に掲載されたものです。