藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) 紛争地、大国の争いの外にも 国連の役割、後退させるな

イラクからウクライナまで、国連が阻止できなかった戦争は多い。
2003年3月20日、米英を中心とする有志連合がイラクに侵攻した。この侵攻は新たな国連安全保障理事会(安保理)の決議なしに行われた。
11年、アラブの春の中東で安保理はリビアに飛行禁止区域を設定する決議を行いながら、ロシア軍の基地があるシリアについては関与を控えた。リビアの場合も、安保理決議後のNATO(北大西洋条約機構)の軍事介入が反発を招き、国連の紛争関与に消極的な政府が増えてしまった。
そして言うまでもなく、国連はロシアによるウクライナ侵攻を阻止できなかった。開戦後、国連総会は数回の非難決議を行ったが、安保理がロシアへの制裁を決議することはなかった。
国連は常任理事国として拒否権を持つ米国やロシアを主体とする戦争を抑える力が乏しい。常任理事国の関与する戦争は大規模なものが多いだけに、それらの戦争に手出しができなければ国際安全保障における国連の役割も小さなものにならざるを得ない。

では、国連は無力なのか。まず確認しなければならないのは、安保理だけが国連ではないことだ。ポール・ケネディが『人類の議会』(古賀林幸訳)で論じたように、国連は機能によって違う顔を見せる組織である。安全保障理事会と平和維持活動の国連、発展途上国の経済発展を支援する国連、人権保障の世界的拡大を目指す国連、どれも異なる政策の領域である。地球環境の場合、国連は温暖化に立ち向かう国際連帯の中心となっている。
国連の取り組む多様な活動はSDGs(持続可能な開発目標)の掲げる17の目標にも示されている。飢餓の撲滅、質の高い教育、ジェンダーの平等、気候変動への対策、平和と公正など、SDGsの提示する課題は国連の活動と対応するものだ。世界が共同して取り組むべき課題を提示し、各国政府と国内世論の関心を喚起する上で国連が果たしてきた役割は大きい。
とはいえ、数多くの役割のなかでも加盟国の領土保全と諸国民の安全の実現は国連の中心的な使命である。安保理は常任理事国が主体の戦争に立ち向かうすべを持たないことは国連の限界であるといわなければならない。
だが逆に、常任理事国が主体ではない武力紛争について見るならば、国連なしに平和を考えることはできない。米ソ冷戦の時代においても米ソの関与の乏しい紛争について国連は平和維持活動を展開し、冷戦終結後には平和維持の数も規模も拡大した。
常任理事国はその拒否権によって国連が関与する紛争の選択を左右してきたが、国連の紛争関与における主導権を握ってきたとは言えない。日本やドイツは平和維持活動の経済的負担を担うことで、またインドやバングラデシュなどの諸国は軍事・警察要員を多く派遣することによって、常任理事国でないにもかかわらず、国連を中心とする紛争解決と平和維持に大きな影響力を持ってきた。
なかでも重要なのが安保理の非常任理事国に繰り返し選出されてきた日本である。現在日本は23年から2年間の任期で非常任理事国に選ばれたばかりか今年1月には議長国を務め、議題として法の支配を提起した。

国連による関与の焦点は長らくアフリカに置かれていた。安保理についての信頼できる情報を提供する米国のシンクタンク「セキュリティー・カウンシル・リポート」のウェブサイトは安保理の活動を詳細に紹介しているが、その圧倒的多数はアフリカ、次いで中東地域が対象である。そこに見えるのは、統治する力の弱い脆弱(ぜいじゃく)国家ないし破綻(はたん)国家において、独裁政権や武装勢力による犠牲がさらに広がらないように努力する国連の姿だ。自衛隊も加わった南スーダン派遣団(UNMISS)もそのひとつである。これこそが、国際平和に対する国連の貢献だった。
だが、NATOのリビア介入以後、平和維持活動に対する世界各国のコミットメントが弱まり、平和維持活動の対象地域も規模も縮小を続け、平和構築どころか国連の活動継続が困難に直面している。なかでもマリの派遣団(MINUSMA)は数多くの軍事・警察要員が犠牲となり、継続が危ぶまれる状況にある。
米国、ロシア、あるいは中国の軍事介入ないしその可能性だけから国際政治を語るとき、世界の数多い地域における内戦や戦争が視野から漏れてしまうが、国連が活動を続けてきたのはそれらの地域における平和構築だった。国連中心主義を外交の柱とし、国連のシンクタンクである国連大学の本部も置かれている日本は、国連による平和の構築が後退しないよう、その地道な活動を支えなければならない。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2023年3月15日に掲載されたものです。