藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) イスラエルとハマス 暴力は己の安全も脅かす

イスラム組織ハマスによる10月7日の襲撃と殺戮(さつりく)の後、ハマスが拠点とするガザに対し、イスラエルのネタニヤフ政権は空爆を繰り返している。地上軍投入も時間の問題であると伝えられている。
関心はこの武力紛争がどこまで広がるのかに集まっている。すでにイスラエルはレバノンとの国境付近で同国のイスラム教シーア派組織ヒズボラと戦火を交え、ヨルダン川西岸での武力衝突も伝えられている。
イラン政府の指示によってハマスが襲撃したとする議論の根拠は示されていないが、イランがハマスに武器を供与してきたことはほぼ確実である。ヒズボラも、イランの支援を受けているだけに、イランとイスラエルの緊張がヒズボラが南部を実効支配するレバノン、そしてシリアに拡大し、さらにイランとイスラエルとの直接の戦争にエスカレートする危険もある。イランがロシアに武器を供与していることも考えるなら、さらに紛争が拡大する可能性も無視できない。
武力紛争がエスカレートする危険に目が向かうのは当然だろう。だが将来を考える前に、目を向けたい二つの暴力がある。

まず、10月7日のハマスの攻撃によって数多くの人が殺され、人質をとるかのようにガザに連れ去られた。音楽イベントで殺された人々を始め、犠牲者のほとんどは兵士ではなく一般市民である。武力紛争の予測をする前に、いわれのない暴力によって奪われた人々の命に目を向けなければならない。
そしていま、ガザの人々が殺されている。既にイスラエルによって外界との接触を断たれてきたガザは、ハマスの侵攻後、電力・食糧・水の供給を断たれ、繰り返し大規模な空爆にさらされ、南部への移動を強要された。人道的災害と呼ぶほかはない極限的な暴力の行使である。
片方だけの犠牲者に関心を向け、ハマスの攻撃による犠牲者とイスラエルのネタニヤフ政権によるガザ攻撃の犠牲者のどちらかだけを考えるなら、犠牲を強いた相手に対する暴力に与(くみ)する危険がある。
ハマスの無差別殺戮だけを見るなら、ガザ攻撃、ヒズボラ、さらにイランへの攻撃さえ自衛権の行使として正しい選択として映るだろう。ガザの犠牲者だけを見るならば、ユダヤ人に対する無差別テロを容認することになりかねない。どちらの選択も紛争の拡大と犠牲しか招かない。
ハマスはイスラエル国家の存在を否定し、イスラエルを倒すための武力行使を訴えてきた。これまでにない数の人々を殺害した今回の無差別攻撃が成果とされ、力によってイスラエルを打倒できるという破滅的に誤った観念が生まれる可能性がある。
イスラエル政府が自衛権行使として武力によるハマスの排除を進めることは、その限りでは正しい。21世紀の初めにテロを引き起こしたアルカイダやいわゆるイスラム国などによるグローバルテロは力を失ってきたが、ハマスの攻撃をきっかけとしてグローバルテロが復活する危険も見逃せない。
しかし、いまのイスラエルのネタニヤフ政権によるガザ爆撃と移動の強要は、ガザに住む人々の生活を破壊し、生命を奪う人道的災害である。軍人と民間人、軍事目標と民用物の区別を度外視した武力行使は、国際法に違反するばかりか、紛争の犠牲と規模を拡大する危険がある。これは自衛権の行使をはるかに逸脱しており、決して認めてはならない選択である。

およそ30年前の1993年9月、オスロ合意によってイスラエルとパレスチナが互いに相手の存在を認める枠組みが示された。だがイスラエル側にもパレスチナ側にも反発は強く、どちらの側でも相手を力で倒すことを辞さない急進派が台頭した。ガザの権力を掌握したハマスはイスラエルへの攻撃を繰り返し、ネタニヤフ政権はオスロ合意を無視するかのようにパレスチナ自治政府から自治を奪い、ヨルダン川西岸へのユダヤ人入植を進めた。
力による相手の排除は、不当なばかりか、自らの安全を損なう選択である。ハマスによるイスラエル国家の否定と無差別虐殺はパレスチナの人々から安全を奪ってしまった。ガザ、さらにヨルダン川西岸の一般住民を犠牲とすることを厭(いと)わない攻撃は、パレスチナ人の悲嘆と憎悪を高め、国際的にはイスラエルを孤立させ、イスラエルの安全を損なう結果に終わるだろう。
いま必要なのはハマスの暴力に対抗する国際的連帯と、ネタニヤフ政権の展開する人道的災害の阻止の両方である。それはまた、イスラエルとパレスチナの国家の存立をお互いに認めあうオスロ合意の再確認に向けた、長く、苦しい道程でもあるだろう。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2023年10月18日に掲載されたものです。