藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) トランプ、再来? 選挙が動かす世界の戦況

戦争のゆくえを左右するのは各国の国内政治だ。世論が戦争に反対するからではない。戦争を厭(いと)わない指導者が選挙で選ばれるからである。
2024年は選挙の年である。既に終わった台湾総統選に続き、ロシアで大統領選挙、インドでは総選挙が予定され、翌25年が任期満了のイギリスと日本でも総選挙が実施される可能性がある。
なかでも国際政治への影響が大きいものが11月の米大統領選挙だ。1月23日のニューハンプシャー州予備選挙の直前にフロリダ州知事ロン・デサンティスが共和党候補者の指名競争から撤退し、ドナルド・トランプ元大統領に対抗する候補はニッキー・ヘイリー元国連大使ひとりとなった。まだ始まったばかりの予備選挙だが、共和党の大統領候補はトランプとなる公算が大きい。
本選挙でトランプ候補がバイデン現大統領に勝つかどうかはわからない。それでも仮にトランプがまた大統領となれば、国際政治への影響は第1期政権を上回るものになるだろう。米国はウクライナとイスラエルへの軍事支援の中核だからだ。

バイデン米大統領は西側同盟の結束によってロシアと中国に対抗しているが、前任者のトランプは同盟を軽視し、米国単独の行動による対外政策に終始した。在任中のトランプはNATO(北大西洋条約機構)諸国に国防費増加を求める一方でロシアのプーチン政権と友好関係を保ち、ウクライナへの軍事援助を停止した。援助再開の条件としてウクライナ政府によるバイデン父子の捜査を求めたことが発覚したため、米下院はトランプ大統領に対する第1回の弾劾(だんがい)決議を行った。
トランプが再び大統領となれば米国がウクライナへの軍事支援を取りやめることは確実であり、米国がNATOを脱退する可能性さえ無視できない。米国のウクライナ軍事支援停止後もイギリスなどNATO諸国の多くはウクライナ支援を継続するだろうが、米国なしのウクライナ防衛は難しい。プーチン政権からみれば、トランプ第2期政権はウクライナ侵攻を勝利につなげる機会となる。
戦争が終わるのは望ましいという声もあるだろう。しかし、停戦がロシアによる占領地域の保持を認めるものであれば、侵略による領土の拡大を見過ごし、国際法を度外視した力の支配に屈することになってしまう。
ウクライナとは逆にトランプの支援が見込まれるのがイスラエルである。在任中のトランプはイスラエル首相ネタニヤフとの緊密な関係を保ち、米国大使館をテルアビブからエルサレムに移す一方、パレスチナを頭越しにするかのようにサウジアラビア・イスラエル・米国3国の連携強化を試みた。

イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃と市民殺傷がどれほど酷(ひど)いものであったとしても、イスラエルによるガザ攻撃は自衛として認められる範囲をはるかに逸脱しており、パレスチナの死者は既に2万5千を超えたと伝えられている。戦争がエスカレートする懸念も高い。イエメンの反政府武装組織フーシによる紅海での商船襲撃や米英両国によるフーシへのミサイル攻撃、さらにシリアのダマスカスに対するイスラエルの攻撃は紛争が拡大する可能性を示している。
ガザに住む人々の生命とハマスが奪った人質の生命、さらに中東地域に戦争が波及する可能性を考えるならば、一刻も早い停戦と人質の解放を実現しなければならない。さらに、ウクライナ防衛への支援と異なって、米国のイスラエル支援に対する世界各国の支持は限られたものに過ぎない。米国がイスラエル支援を見直せばガザ攻撃の戦闘継続は難しくなる。だが、トランプが再び大統領となれば、イスラエル支援は強化される可能性が高いのである。
さらに、次期米大統領はトランプになるという見込みだけで戦争のゆくえが変わってしまう。プーチン政権はトランプ政権再来まで持ちこたえることができればウクライナでの勝利が期待できるのだから、停戦する必要はない。ネタニヤフ政権はトランプが大統領になれば現在以上の支援を期待できるのだから、バイデン政権の要求、例えばイスラエル・パレスチナにおける2国家の相互承認などに耳を貸す必要はない。トランプ再来への期待だけで戦争が長期化するのである。
民主主義はよい統治を保証しない。プーチンもネタニヤフも選挙によって選ばれながら法の支配を顧みない統治と無謀な軍事力行使を続けてきた。それらの武力行使を容認することによって、トランプの再来は法に制御されることのない力の支配をさらに広げてしまうだろう。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2024年1月24日に掲載されたものです。