藤原帰一客員教授 朝日新聞(時事小言) 戦争を終わらせるには 市民の命、守る選択を

ウクライナとガザの戦争が続いている。ロシアの侵攻に対するウクライナの反転攻勢は失敗に終わり、ウクライナ軍は激戦地アウジーイウカから撤退した。イスラエルのガザ攻撃ではパレスチナの犠牲者が2万9千人を超えたと発表され、エジプト国境のラファ攻撃が目前に迫っている。
周辺国は戦火の拡大を憂慮したが、戦闘地域はまだ広がっていない。ロシアとの戦争を恐れたのか、NATO(北大西洋条約機構)諸国によるウクライナへの武器支援は立ち遅れ、ロシア軍による空爆拡大を許した。ガザに加えてレバノン南部でも戦闘が伝えられているが、イランもイスラエルとの戦争につながる攻撃は自制している。
戦闘地域は拡大しなくても、大量破壊と殺傷は続いている。対空兵器と砲弾の不足するウクライナ軍はロシア軍の進撃を阻止できなかった。ガザでは、イスラエルの攻撃を前に行き場を失ったパレスチナの人々が水も食糧も医療も手に入らない状況に置かれている。

破壊された市街地の写真には、生命を奪われ、住む場所を追われた人々の姿が写っていない。人間の不在によって戦争の暴力を伝える画像を前にして、考えさせられる問いがある。暴力を終わらせるために何ができるのだろうか。
戦争を終わらせる条件は何か。素朴な問いだが、国際政治においてよく議論されるのは現在起こっている戦争の終結ではなく、将来の戦争を防ぐことだった。抑止力の強化による侵略防止も外交と緊張緩和による紛争の予防も、現在の戦争ではなく将来の戦争に注目した議論だ。
いったん戦争が起これば、終わらせることは難しい。戦争当事国の片方が勝利を収めるか、あるいはどう戦ったところで戦争に勝てない、戦争を止(や)めて和平合意を結ぶほうがまだましだと戦争当事国が思い知るまで、戦争が続くことになる。
では、戦争を放置するほかに選択はないのか。必ずしもそうではない。
私はウクライナについては、ロシアとウクライナとの停戦ではなく、ウクライナへの軍事・経済支援を強化し、侵攻したロシアを排除することが必要であると考える。他方ガザについては、イスラエルのラファ攻撃だけでなく、ガザ攻撃のすべてとヨルダン川西岸への入植の即時停止が必要だと考える。
一方では軍事支援、他方では即時停戦を求めるのだから矛盾しているように見える。だが、国家の防衛ではなく民間人、一般市民の生命を防衛するという視点から見れば、この選択に矛盾はない。
ロシアによるウクライナ侵攻は主権国家の領土に対する侵略であるとともに、軍人と文民を区別することなく、ロシア軍兵士の犠牲さえ顧慮せずに殺傷する、国際人道法に反する攻撃である。メリトポリでもアウジーイウカでも大量爆撃によって街が廃墟(はいきょ)にされてしまった。

現状では2022年の侵攻開始時よりもロシアの支配地域が拡大した。この状況で停戦を求めるなら、ロシアの勢力拡大ばかりか一般市民に対する攻撃と強圧的支配を容認することになる。ここで必要なのはロシア政府の暴力への反撃であり、侵略者を排除する国際的連帯である。ウクライナへの軍事支援は国家主権の擁護であるとともに、ウクライナに住む一般市民の生命を守る選択である。
ではガザについてはどうか。イスラム組織ハマスのイスラエル攻撃は一般市民への無差別攻撃であり、まさに排除されるべき暴力である。だが、ネタニヤフ政権によるガザ攻撃は、ハマスの攻撃をはるかに上回る規模における一般市民への殺傷だ。国家主体ではないハマスは国際人道法の適用外だとかガザ攻撃がジェノサイドに該当するかなどという議論は国際法上の概念の問題に過ぎない。イスラエルのガザ攻撃は、文字通り直ちに、停止しなければならない。
現実の戦争は私の提案とは逆の状況にある。NATO諸国の国内ではウクライナにロシアとの停戦に応じることを求める声があがっており、米大統領選でトランプが勝ったならその声はさらに強まるだろう。イスラエルのガザ攻撃については誰が米国の大統領であってもイスラエル支援の継続が確実であり、それがハマスに囚(とら)われた人質の生命さえ顧みないネタニヤフ政権の武力行使を支えている。
起こってしまった戦争の終結は難しい。これまでの戦争でもアフガニスタン、イラク、そしてシリアで、民間人への無差別攻撃が放置された。だが、過去の誤りを繰り返してはならない。一般市民を犠牲とする戦争を一刻も早く変えなければならない。(千葉大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2024年2月21日に掲載されたものです。