藤原帰一客員教授 朝日新聞 (時事小言) 防衛協力・同盟拡大頼みの日本 外交なき抑止の限界

岸田文雄首相の米国公式訪問は、日米両国の防衛協力、さらにアジア太平洋における同盟協力が飛躍的に拡大するなかで行われた。
過去10年弱の間に日本の防衛体制は大きく変わった。2015年に策定された日米防衛協力指針(新ガイドライン)と関連法(新安保法制)、さらに22年の国家安全保障戦略など防衛3文書を基礎として、日米両国の防衛協力が拡大してきた。
注目されるのが指揮命令系統の変化だ。いま国会で陸海空の自衛隊を一元的に指揮する統合作戦司令部の創設が審議されているが、これが在日米軍に指揮統制機能を与える米軍再編とあわせて実現すれば、安全保障上の緊急事態における自衛隊と米軍の迅速・緊密な連携が可能となる。今回の日米首脳会談後の共同声明でも、自衛隊と米軍の指揮統制機能強化が表明された。
日米両国の連携だけではない。米国と同盟を組む諸国の間における防衛協力も急速に進められている。

NATO(北大西洋条約機構)によって多国間同盟を制度化した欧州と異なり、アジア太平洋においては二国間同盟が主体であり、米国と同盟を結ぶ各国との間における連携は限られていた。アジア太平洋の同盟は米国を車輪の軸とするハブ・アンド・スポークと形容されるが、その姿は同盟国相互のつながりが弱い現れだった。
いま、アジア太平洋の二国間同盟は多国間同盟に変わろうとしている。既に豪州と日本は防衛協力を進めてきたが、23年に日米韓3国の首脳はキャンプデービッド会談で3国の多角的協力について合意した。米国を中心としつつ、従来にない日韓の防衛協力が実現した。歴史的転換だった。
今回の岸田首相訪米では、バイデン米大統領、マルコス比大統領との日米比3国首脳会談が行われ、米国、日本、フィリピンの防衛協力を進めることに合意した。さらに、日本は米英豪の安保枠組み「AUKUS」と先端軍事技術における協力を検討しており、将来AUKUSに日本が加わる可能性もある。
これらはいずれも既存同盟国の連携強化であり、新たに同盟に加わる国は見られない。日米豪印4カ国の戦略対話(QUAD)を見ても、インドが西側同盟に加わる展望はまだ見えない。
それでも、これほどの大規模な防衛体制の再編と同盟強化はかつてないことだ。憲法の制約を根拠に防衛協力の範囲を限定してきた日本がその範囲を拡大し、米国とその同盟国との共同行動の道を開いた。米国が岸田首相の訪米を歓迎したのも当然だろう。
この変化が起こった最大の理由は軍事台頭する中国に対して抑止力を強化する必要である。日米比首脳会談でも、南シナ海における中国の圧力に対し結束することが確認された。

では、同盟と抑止力強化は実際に中国の武力行使を抑えるだろうか。
軍事的圧力を加えても中国の行動が変わる可能性は少ない。中国政府は関税引き上げや貿易規制に対しては敏感に反応し、対応策も示してきたが、軍事戦略については外から圧力を加えられても変化が乏しかった。米国とその同盟国とが一体となって中国に対抗することが既に想定されているからだ。
攻撃された場合に反撃を加える力を拡大したところで、相手が攻撃を回避する保証はない。防衛協力と同盟強化は武力行使の阻止ではなく、戦争に勝つこと、例えば台湾に中国が武力行使を行ったときにそれを退けることにおいてこそ意味がある。
では、必要のない戦争を避けることはできるのか。ここには、中国との緊張が拡大したとき、武力行使の可能性を引き下げる外交の機会はどこに求められるのか、またその外交の主体はどの国か、という問題がある。
抑止と外交は二者択一ではない。対外政策では軍事的圧力による攻撃の予防も外交によって戦争のリスクを引き下げることもともに必要だ。軍事的圧力に頼る対外政策だけでは国際危機における緊張の緩和を期待できない。
さらに、米国は同盟国との連携によって中国に圧力を加えつつ米中の協議によって危機を打開する余地を常に残してきた。だが、岸田政権には中国との外交を模索した跡が見られない。
日米同盟は米国の戦争に日本が巻き込まれる懸念と、米国が日本防衛から離れる懸念の間を揺れ動いてきたが、いま進んでいるのは日本が対中抑止の先頭に立ちながら外交による緊張緩和の可能性は求めない状況である。
防衛協力と同盟拡大に頼る対中政策だけでは日本外交の主体性が失われる。かつてのニクソン政権における米中接近のように、将来の米国が対中政策を転換したとき、日本が取り残されることを覚悟すべきだろう。(順天堂大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2024年4月17日に掲載されたものです。