藤原帰一客員教授 朝日新聞 (時事小言) ウクライナ支援と平和サミット 停戦への試み、暗い展望

NATO(北大西洋条約機構)諸国を中心とするウクライナへの支援強化が打ち出されている。イタリアのプーリアで開催されたG7サミット(主要7カ国首脳会議)は新たなウクライナ支援に合意した。スイスではウクライナ和平案に関する「平和サミット」が開催された。これらの試みにどのような効果を期待できるだろうか。

戦況を振り返ってみよう。ウクライナによる反攻の成果が乏しいなか、ロシア軍はウクライナ東部のアウディイウカを攻略し、北東部ハルキウにも大規模な攻撃を行った。ウクライナはこれらの攻撃への反撃に加え、ドローン、さらに長距離ミサイルによるクリミア半島やロシア領内への攻撃を繰り返している。
ウクライナによるロシア本土攻撃は米国やNATO諸国が憂慮した事態である。当初長距離ミサイルがウクライナに提供されなかったのも、ロシア本土攻撃がロシアとNATO諸国の直接の戦争、さらに核兵器の使用にエスカレートすることを避けるためだった。
だが、ウクライナを盾とするかのように自国の防衛を図るNATO諸国にとって、ウクライナの敗北は受け入れることができない。ウクライナが劣勢と見られる戦況を前にしたイギリスは長距離巡航ミサイルのストームシャドー、米国も長距離地対地ミサイルATACMSの供与に踏み切った。
長距離ミサイルの提供はそれがロシア本土攻撃に用いられる可能性を知ってのことであった。バイデン政権は公式にも限定的攻撃を認め、ウクライナ領内にほぼ限定されていた戦場はロシア本土に拡大した。
G7プーリア・サミットに先だって米国政府は対ロ経済制裁拡大に加え、経済制裁によって凍結されたロシアの海外資産をウクライナ支援に活用する方針を発表し、G7サミットはロシア凍結資産のウクライナ支援への活用を認めた。

G7サミットの後、スイス中部ビュルゲンシュトックで開催された「平和サミット」には90を超える国・機関が参加した。ウクライナ支援を広げ、将来の和平に向けた基礎をつくった試みとしてこのサミットを評価することもできる。しかし、中国はサミットを欠席し、インド、南アフリカ、インドネシアなどグローバルサウス(新興・途上国)のなかの大国は、共同声明に合意しなかった。
なぜ共同声明に加わらないのか。インド代表は、ロシアの出席しないサミットの共同声明には合意できないと述べた。ロシアとの協力を強める中国との関係のために合意をためらった国もあっただろう。
だが、それだけではない。ハマスによるイスラエル攻撃に端を発したガザ地区攻撃は大規模な人道的被害をもたらしている。グローバルサウスから見るなら、ウクライナにおける一般市民の殺害を非難しながらガザの一般市民殺害を見過ごすことはダブルスタンダード(二重基準)に外ならない。平和サミットはウクライナ支援において西側諸国とグローバルサウスとの間に開いた距離を露(あら)わにした。
さらに、ロシアがウクライナとの停戦に応じる兆しがない。平和サミット直前にプーチン政権は、停戦の条件として東・南部4州からのウクライナ軍の撤退とウクライナのNATO加盟断念を求めていると発表した。ロシア軍支配下にある地域ばかりか、制圧していない地域からもウクライナ軍の撤退を求めるのだから、この提案が停戦合意の基礎になるとは考えられない。
私はロシアによるウクライナ侵攻は容認できない行動であり、ウクライナによるロシアに対する防衛は正当な選択であると考える。ロシアがこの侵攻で勝利を収める可能性は小さいとも考える。ウクライナが劣勢となればNATO諸国が支援を拡大し、ロシアに反撃する能力が高まるからだ。
だが、対ロ制裁とウクライナ支援拡大が停戦につながる可能性も低い。ウクライナにとって侵略者の排除が譲ることができない目標であるように、プーチン政権にとって戦果のない停戦はあり得ない。
NATO諸国のウクライナ支援は各国の内政のために変わる可能性がある。なかでも注目されるのが米大統領選挙だ。トランプ前大統領はデトロイトの集会でウクライナ支援を批判し、大統領就任後にこの問題の決着をつけると述べている。ウクライナ支援見直しの方針といっていい。
ロシアから見れば、NATO諸国の政権が変わり、同盟の結束が揺らぐまで戦争を続ければよいことになる。
この残酷な戦争はプーチン政権が倒れるまで続き、さらに多くのウクライナ国民、そしてロシア国民も犠牲となる。それが私の暗い展望である。(順天堂大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2024年6月19日に掲載されたものです。