藤原帰一客員教授 朝日新聞 (時事小言) トランプが求める偉大な米国 覇権からの撤退、各国は
ドナルド・トランプが米国大統領に復帰する。第2期のトランプ政権は、世界大国としての権力強化でも、また米国の凋落(ちょうらく)でもなく、米国の覇権からの自発的撤退によって特徴付けられると私は考える。
第2次世界大戦後の世界は米国の覇権の下にあった。イギリスやフランスのように植民地として領土的支配を行うことは少ないものの、軍事基地と同盟から国際貿易における影響力に至るまで、過去の植民地帝国をはるかに凌駕(りょうが)する規模において米国が権力を保持してきたからだ。
米国の権力をどう見るのか、議論が分かれてきた。米国の利益に沿うように世界を支配しているのか。米国だけでなく世界各国に普遍的意義を持つ理念と規範に従って、各国との協力に基づいて国際秩序を支えているのか。国外への支配か、世界が必要とするリーダーシップなのか、米国の覇権を捉える視点は正反対に見える。しかし、支配も指導も覇権国家としての米国の二つの顔として表裏の関係にあった。米国はデモクラシーの帝国だった。
米国の外からその覇権に対する批判と反抗が生まれたことは異とするに足らない。冷戦期に米国と対立を続けたソ連や中国はもちろん、米国と同盟を結ぶ日本も、国際貿易においては米国との紛争を続けてきた。
だが、覇権を維持するために米国が負担を払ってきたことも見逃せない。なぜ本土の安全と直結しない戦争に米国が関与するのか。なぜ競争力の乏しい産業を犠牲にして自由貿易を支えるのか。覇権国家としての負担は米国の力を弱めているのではないか。国外からだけでなく国内からも、覇権国としての米国の役割を疑う声があった。
そこから生まれるのが、覇権からの自発的撤退という選択である。トランプは「アメリカを再び偉大にする」と選挙で繰り返し訴えた。だが、トランプは世界大国としての米国を求めてはいない。選挙の中で訴えた移民流入の排除や輸入品への大幅追加関税などの政策を見ればわかるように、トランプは米国の力を外に広げるのではなく、米国をその外から閉ざすことに関心を向けている。
覇権秩序の両輪は米国を中心とする軍事同盟と自由貿易秩序だった。どちらも米国の利益に合致する制度だが、トランプから見れば同盟も自由貿易も米国への「ただ乗り」であり、米国の利益を損なうものに過ぎない。
トランプの求める偉大な米国とは国際制度の束縛から解き放たれた米国である。かつての孤立主義の復活と見ることもできるが、第2次世界大戦前と異なって現在の米国は軍事安全保障でも国際貿易でも世界秩序に関わっているだけに、覇権からの撤退は国際政治に大きな打撃を与えざるを得ない。
ヨーロッパでは、NATO(北大西洋条約機構)諸国の協力が弱まることは確実である。バイデン大統領は、ロシアによるウクライナ侵攻に対してNATO諸国が結集してウクライナ防衛を支援することを米欧関係における最大の政策課題としてきた。これに対してトランプは、第3次世界大戦を防止しなければならないと訴える一方でウクライナ支援継続については口を閉ざしてきた。
仮にトランプがウクライナを頭越しにしてプーチン政権と交渉したとしても、ウクライナの戦争が終わるとは限らない。だが、米国以外のNATO諸国は米国の軍事支援なしにウクライナ支援を続けることを強いられる。米国なきNATOという展開である。
アジアでは、中国の台頭への対抗を最大の課題とする点においてバイデン政権とトランプ政権に違いはない。しかしトランプは米中競合の重心を軍事から経済に移すだろう。中国の軍拡よりも米国の市場防衛が優先事項だからである。
さらに中国ばかりか韓国や日本などの同盟国に対しても関税引き上げや米軍駐留経費引き上げなどの圧力が加えられる。米国の圧力によって譲歩を得ることは、敵対関係に立つ国家よりも友好国に対する方が容易だからだ。
覇権からの撤退に対する各国の対応は異なるものになるだろう。韓国では、対中政策でも対北朝鮮政策でも米国との隔たりが拡大するなかで、米国の拡大抑止に頼らない自主防衛の模索に向かう可能性が高い。バイデン政権の下で実現した日米韓三国の防衛協力がトランプ政権の下で弱まることも避けられない。
では日本はどうするのか。安倍晋三首相(当時)はトランプ政権、あるいはトランプ個人への接近による日米関係の安定を選んだ。安倍政権の選択を踏襲するのか、米国が覇権から退くなかにおいて多国間秩序の再構築を試みるのか。石破政権の選択が問われている。(順天堂大学特任教授・国際政治)
*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2024年12月18日に掲載されたものです。