藤原帰一客員教授 朝日新聞 (時事小言) トランプ新政権、始動後の世界 頼れぬ米、模索する連携
米国のドナルド・トランプ第2期政権は、第1期よりも急進的な政策を短期のうちに進めるだろう。
第1期政権ではトランプを支持する実業家も政府実務経験者も少なく、政権人事は混乱した。議会では民主党が下院の多数を占め、最高裁判所も大統領から独立を保っていた。
今度は違う。まずハイテク・ビジネスが結集した。テスラを率いるイーロン・マスクはトランプと一心同体のように行動している。ジェフ・ベゾス(アマゾン)とマーク・ザッカーバーグ(メタ/フェイスブック)を合わせるなら、アメリカ経済トップの3人がトランプを支持していることになる。
議会は上下両院とも共和党が制し、最高裁判所判事も保守派が過半である。閣僚や補佐官はトランプへの忠誠を第一に選ばれ、第1期のような混乱は起こりそうにない。トランプを批判してきたマスメディアも変わってきた。議会、裁判所、ビジネス、マスメディアの支持を背景として第2期政権は前回と異なる規模とスピードで政策を進めることが可能になった。
第一の政策は移民の排斥だ。トランプは軍を動員して移民の越境を排除し、米国に居住する「不法移民」を米国で生まれた子どもと共に国外に送還しようとしている。就任初日には米国出生による国籍取得を認めない大統領令に署名した。
第二の政策は多様性・公平性・包摂性(DEI)の否定である。人種・性別・民族による差別の排除が白人と男性への逆差別を生み出したという認識を背景とするDEI否定は連邦政府ばかりか各州に及び、学校教育を変え、私企業にまで影響が及ぶだろう。米国社会における女性とマイノリティーの立場が弱まることは避けられない。
第三が環境・エネルギー政策の変更だ。第1期政権は地球温暖化に関するパリ協定から離脱した。その後、米国は協定に復帰したが、第2期政権は再度の離脱を決定した。脱炭素政策は後退し、エネルギー生産への諸規制も撤廃されるだろう。
では外交はどうか。既存の条約や合意にとらわれない対外政策が進められるほかには、わかることが少ない。予測できない行動をとるのがトランプの特徴だからだ。
友好国に対して関税引き上げと防衛費拡大が求められるのはほぼ確実だ。米国への譲歩を最も期待できる相手は対立する国ではなく、相互依存関係が高いうえに米国より経済的・軍事的に弱い友好国である。通商協定や同盟が米国に負担を強いてきたと訴えてきたトランプは、自国のために他国を犠牲とする近隣窮乏化と、安全保障の対価の要求、レントシーキングを進め、途方もない規模の関税と防衛費拡大を要求するだろう。
では軍事的に対立する国との関係はどうか。トランプの泣き所は、ここにある。
北朝鮮政策に見られるようにトランプは核兵器使用を含む最大限の圧力を加えて譲歩を求めてきたが、戦争を始めたことも、終わらせたこともない。最大限の圧力を加えても譲らない相手にはどうすべきか、トランプに答えはない。
トランプは関税引き上げや大規模な経済制裁によって中国に圧迫を加えるだろう。しかし、これらの施策は中国から譲歩を引き出す手段に過ぎない。何よりもトランプは中国を米国への直接の脅威と考えておらず、米国の安全を脅かしてまで台湾を支援する意思が乏しい。中国が武力行使に訴えても米国が軍事力で対抗しない可能性がある。
ウクライナの戦争では、米国主導の停戦はほど遠い。米国が軍事支援を中止すると脅してもウクライナがロシアに譲歩する可能性は低い。米国が対ロ経済制裁を拡大し、軍事的に威迫したところでロシアが戦争を断念することは期待できない。
トランプはウクライナの戦争をヨーロッパ諸国が取り組むべきヨーロッパの戦争だ、戦争が続く責任はヨーロッパ諸国にあると訴えるだろう。だが、米国がウクライナ支援を取りやめても米国以外のNATO(北大西洋条約機構)諸国はウクライナ支援を続ける可能性が高い。米国に頼ることのできない状況を前にすれば互いの連携を強めるほかに選択肢がない。同盟国や友好国に圧力を加えれば各国が米国から離反することが避けられないのである。
ヨーロッパだけではない。トランプ政権の誕生は世界各国が米国に頼ることのできない状況をつくりだした。では日本は、米国に頼ることができない状況のなかで日米韓豪比5カ国連携をどう進めるのか。中国への抑止と外交をどう両立させるのか。日米関係だけでは答えを得ることができない課題がここにある。(順天堂大学特任教授・国際政治)
*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2025年1月22日に掲載されたものです。