藤原帰一客員教授 朝日新聞 (時事小言) 利益最大化を狙うトランプ外交 友好国ほど、脅す標的に
ドナルド・トランプ米大統領の外交をどう考えればよいのだろうか。
本来の国際関係では継続的な交渉と合意形成が重視される。さまざまな分野において各国が交渉を繰り返し、合意が生まれたなら条約や制度をつくり、自国も他国もルールを守る。理想論ではない。交渉の反復、合意やルールの形成と遵守(じゅんしゅ)がなければ国際関係から安定が失われ、自国の利益が損なわれるからだ。
だがトランプの特徴は、脅しに基づいた取引、勝者総取りの交渉である。これまでの条約や合意を度外視して、相手に最大限の脅しを加え、譲歩を強要する。ここでの目的は最大の利益を得ることであって、継続的交渉、合意形成とルールの遵守は考えていない。
第1次政権における北朝鮮との首脳会談のように実際には成果がなくても、かつてない成果などと虚偽の情報をふりまき、虚偽だと指摘されればおまえがフェイクニュースだとやりかえす。失敗しても成功したことにするのである。
トランプ外交の最初の犠牲は国際協力だった。WHO(世界保健機関)や気候変動に関するパリ協定からの離脱、そしてUSAID(米国際開発局)の業務執行停止は世界にも米国にも不利益をもたらすと私は考えるのだが、トランプから見れば国際協力は他国が米国を食い物にするものに過ぎない。
脅される相手は競合・対立関係にある諸国よりも米国と友好関係にあるカナダ、メキシコやデンマークが先になった。友好国に脅しを加えるのは不合理に見えるが、米国との関係が密接であればあるほど圧力を加えた場合に譲歩する可能性が高い。パナマ運河やグリーンランドを領有し、カナダを米国51番目の州にするなどという奇怪な政策も発表された。日米首脳会談において石破茂首相は日米関係の堅持に成功したが、日本に高関税が付加される可能性は残されている。
では、ロシアと中国についてはどうか。これまで私は、トランプが大統領になればウクライナ支援を取りやめる可能性が高いと書いてきた。トランプにとってウクライナを支援し続ける意味は乏しい。いま、トランプ政権は侵略の犠牲者であるウクライナを頭越しにして米ロ両国の主導による停戦交渉を進めつつある。ウクライナは米国から見捨てられようとしている。
米ロ主導の停戦はロシア政府にとっては念願の実現だが、ウクライナは、その安全がNATO(北大西洋条約機構)によって保証されない限り停戦に応じる可能性は低い。米国以外のNATO諸国にとってロシア優位のウクライナ停戦はロシアによって自国の安全が脅かされる懸念を高めてしまう。既にスターマー英首相はウクライナへの派兵も検討すると英テレグラフ紙に寄稿した。停戦交渉が仮に始まっても戦闘は継続するという、ベトナム戦争末期におけるパリの和平交渉と戦争継続のような状況が生まれようとしている。
ウクライナばかりでなく、米国の同盟国であるNATO諸国に対してトランプ政権が安全を保証しない可能性も生まれた。攻撃された場合に安全を保証する、つまり共同して侵略者に対抗することは同盟の基礎であるが、米国が同盟関係にある欧州諸国の安全を保証するとは限らない。
トランプ政権にとって、最大限の脅しを加えることで米国が利益を期待できる相手は、ロシアではなく米国に大きく軍事的に依存する欧州諸国である。米国に従わなければ安全を保証しないと威嚇し、従わないのなら欧州から米軍を撤退してしまえばよい。先に開催されたミュンヘン安全保障会議ではバンス副大統領が激しい欧州批判を展開し、米欧間の亀裂が露呈した。
中国については、ロシアに対するような宥和(ゆうわ)的姿勢は今のところ見られない。予測されたとおり対中関税は引き上げられ、ミュンヘンで行われた日米韓外相会談では台湾海峡における現状維持が合意された。ロシアとの関係修復は中国への圧力を強化することが目的だと見る人もいるだろう。
だがバイデン前大統領と異なり、トランプは中国の軍事的脅威よりもその経済力をより重視している。第1次政権でも習近平(シーチンピン)国家主席はトランプを国賓待遇で迎え、巨額の商談を実現することによって米国の圧力を緩和した。第2次政権においても、中国の対応によってはトランプ政権が対中政策を転換し、米中協調のもとで台湾海峡の現状維持などの政策が放棄される可能性がある。
トランプ政権は信頼できるパートナーではなく、何をするのかわからない国際的なリスクとなった。欧州諸国ばかりでなく日本も、米国を信頼することができないという前提に立った国際関係の構築を強いられている。(順天堂大学特任教授・国際政治)
*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2025年2月19日に掲載されたものです。