藤原帰一客員教授 朝日新聞 (時事小言) トランプ政権、米国第一求めて 「安上がり」の先、失う信頼
2026年を迎え、トランプ政権の攻撃的な行動が加速している。1月3日、トランプ政権はベネズエラに攻撃を加え、拘束したニコラス・マドゥロ大統領を米国に移送した。その直後からグリーンランドを支配する意思を表明し、従わない欧州諸国には新たな高関税を課すと発表した。他方、イランの反政府運動への武力弾圧については、もうすぐ助けが来ると言いながら、軍事介入を避けている。
ベネズエラ攻撃、グリーンランド割譲の強要、イラン情勢の放置という三つの現象には共通する要素がある。統治の負担を伴わない支配の拡大、いわば安上がりの帝国の追求である。
米国は植民地支配に頼らない帝国であった。自由貿易、基軸通貨、そして軍事基地と同盟のネットワークに支えられた米国は、世界各国の独立を認めても力を失う危険は少なく、逆に国際法秩序、民主政治、自由経済を標榜(ひょうぼう)することで国際的正当性を得ることができる。直接統治に頼らないことが米国の国際的権力を支えてきた。
では米国に従わない国家に対してどうするのか。それが米国の泣きどころだった。政策への追随を求めて圧力を加えても相手が従うとは限らない。軍事侵攻によって相手の政府を倒したなら以前よりも大きな政治的不安定を引き起こし、軍事介入を拡大する必要に迫られる。ベトナム戦争からイラク戦争まで何度も繰り返されてきた、米国外交のジレンマである。
軍事介入のリスクが高いこともあって、米国外交の基本は現状維持であり、同盟国・友好国の独立保全だった。だが、米国第一を掲げるトランプ政権は現状維持ではなく、米国に有利となる国際関係の構築を目的としている。問題は、どのような手段によって米国第一を実現することができるのかという点にある。
トランプ政権の基本的政策は経済的圧力による相手政府の譲歩の強要であり、軍事介入は主要な手段ではなく、武力の使用もミサイル攻撃に終始した。ベネズエラ攻撃はその点で例外ともみえるが、フセイン政権を倒したイラク戦争と異なり、ベネズエラ介入では大統領は排除しても体制の転覆、レジーム・チェンジは求めていない。これをイラク戦争の失敗から学んだと見ることはできるが、今後ロドリゲス新政権が米国に従う保証はない。ベネズエラ介入を成功として評価するにはまだ早い。
ベネズエラ攻撃が独裁政権の打倒として正当化されていない点も注意すべきだろう。攻撃後のトランプは民主化には触れない一方、石油について繰り返し言及した。米国に石油を売るなら(あるいは譲るなら)前政権の体制が保たれていてもよい。フセイン政権の打倒で正当化されたイラク介入よりも露骨な石油利権の模索である。
他方、イランには介入していない。インターネットが遮断されたため、イラン政府の弾圧が招いた被害の情報は限られているが、イラン最高指導者ハメネイ師自身が数千人の死者が出ていると言及している。国際社会が目を背けてはならない人道的危機である。
しかし、イランではベネズエラのような短期軍事介入を試みても成果は期待できず、イスラエルやサウジアラビアの支持を得ることも難しい。安上がりの帝国をめざすトランプ政権は、コストが高い軍事介入にいまのところは手を出していない。
トランプ政権が求めたのはイラン介入ではなくグリーンランドの支配だった。ベネズエラ攻撃後の1月5日、スティーブン・ミラー米次席補佐官はグリーンランドは米国の一部であるべきだ、その将来について米国と軍事的に戦う国は存在しないと公言した。
大国による小国支配を当然と考えるこの政権にとって、デンマークという小国が広大なグリーンランドを支配することは背理に過ぎない。戦争に訴えるまでもなくグリーンランド、そしてデンマークは米国に屈服するという見込みがそこにあった。
だが、NATO(北大西洋条約機構)の加盟国であるデンマークに対する領土割譲の要求を欧州諸国が受け入れることは考えられない。グリーンランド支配の模索が招いたのは欧州諸国の結束であり、北大西洋同盟の分解、そして米国と欧州の軍事的緊張という破滅的事態だった。
このグロテスクな喜劇はまだ終わっていない。最小限のコストで米国第一の世界の実現を試みるトランプ政権は米国への国際的信頼を破壊した。既に米国は信頼できるパートナーではなくなってしまった。米国以外の世界各国は、米国に頼ることなく、状況によっては米国に対抗して、国家主権と人権を保障する秩序を保持する試みを強いられている。(順天堂大学特任教授・国際政治)
*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2026年1月21日に掲載されたものです。