藤原帰一客員教授 朝日新聞 (時事小言) イラン攻撃、日本の責任 誤った戦争、全力で止めよ

米国とイスラエルはなぜイランを攻撃したのだろうか。
今回の攻撃の直接の原因は米国政府の政策転換である。イスラエル政府は以前からイランに対する共同攻撃を米国政府に求めてきた。歴代の米国大統領はその提案を拒んできたが、トランプ大統領は受け入れた。
いくつも判断の誤りがあった。政治指導者を殺害すればイラン政府が倒れるという観測が誤りだった。ロシアのウクライナ侵攻をはじめ、電撃戦、短期間の集中攻撃によって戦争に勝つ誘惑から始まった戦争は多い。今回はハメネイ師をはじめとする政府首脳を一気に抹殺できるという期待が米国参戦を促した。首脳は確かに殺害されたが、イラン政府は降伏しなかった。
地上軍を投入せずに空爆によって戦争に勝てるという期待も誤りだった。イランが現体制の存続を譲ることのできない条件と考える限り、降伏はあり得ない。むしろ湾岸諸国攻撃やホルムズ海峡封鎖など、イランは戦争のエスカレーションを進めた。
攻めた側の米国とイスラエルは、空爆に加えて地上軍投入に迫られ、欧州・日本など戦争当事国ではない諸国による兵力派遣を強要している。電撃戦で決着がつくはずだった戦争は泥沼になった。

戦争の先は見えない。戦闘の末に米国とイスラエルがイラン政府を壊滅したとしても、国土を実効的に統治する政治権力が存在しない破綻(はたん)国家状況が生まれる危険が高い。
短期戦の幻想、空爆依存の限界、破綻国家の危険は、米国が主導したベトナム、アフガニスタン、そしてイラクへの侵攻において無残なまでに示されていた。その教訓は生かされず、米国は破壊的かつ自滅的な侵攻を始めてしまった。
トランプ政権が一方的に勝利を宣言し、戦闘を止めさせるべくイスラエルに圧力を加える可能性はある。だが、ネタニヤフ政権はイランとレバノンが壊滅するまで攻撃を続けるだろう。既にレバノンはガザにおけるような人道的危機を迎えていると伝えられている。
イラン政治の民主化も難しくなった。戦争による体制転換、レジームチェンジは幻想に過ぎない。私はイラン国民こそが現在の神権政治のような体制の最大の犠牲者であると考えるが、戦争によってイラン国内の政治的統制が強まることが避けられず、反政府運動の拡大は期待できない。独裁の犠牲となってきたイラン国民は、独裁と空爆に苦しむ犠牲者にされてしまった。
イラン攻撃が国際法に反する行動である以上、米国・イスラエル以外の諸国は攻撃を支持してはならないはずだ。軍事的にも欧州諸国はウクライナ支援、東アジア諸国は中国に対する抑止を課題とするだけに、米国と協力してイランを攻撃する理由は乏しい。だが安定した原油供給は必要であり、しかも協力しなければトランプ政権に何をされるかわからない。そうした相手だけに、対米協力の一環として軍事支援に向かう可能性は存在する。

では、なにをなすべきか。まず、米国とイスラエルによるイラン攻撃を直ちに止めなければならない。イラン攻撃には武力行使を正当化する国際法の根拠がない。武力行使は犠牲者を生みだすばかりか、中東、そして国際関係全体の不安定さを高めている。
イランによる湾岸諸国への攻撃やホルムズ海峡を通航する船舶への威迫も自衛目的から正当化できる行動ではない。だが、イランの行動が今回の米国とイスラエルの攻撃に起因する以上、まず取らなければならない選択は、戦争を始めた側である米国とイスラエルが武力行使を直ちに中止することだ。
イランによる戦争のエスカレーションも阻止しなければならないが、そこで必要となる方法は軍事的威迫ではなく外交である。ホルムズ海峡における安全通航は軍事艦船の派遣ではなく、イラン政府との交渉によって実現しなければならない。独裁政権との外交交渉は独裁継続の機会となる危険があるが、その危険を冒してでも、戦争の継続と拡大を阻止する必要が大きい。
日本政府は米国とイスラエルの攻撃中止を、そしてイラン政府の海峡封鎖と湾岸諸国攻撃中止を訴え、戦争を終わらせるための多角的外交を展開する必要がある。
トランプ政権の求めに応じて艦船をホルムズ海峡に派遣することはあってはならないのはいうまでもない。だが、日本が戦争に巻き込まれることを避けるだけでは足りない。平和国家を自称するのなら、日本政府は戦争を終わらせるために最大限の努力を払う責任がある。戦火の拡大を回避するために残された時間は少ない。(順天堂大学特任教授・国際政治)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2026年3月18日に掲載されたものです。