藤原帰一教授 朝日新聞(時事小言)米大統領選スタート 加速する左右の分極化

 アメリカ大統領選挙の火蓋(ひぶた)が切られた。既にアイオワ州党員集会とニューハンプシャー州予備選挙が終わり、これからネバダ州党員集会、サウスカロライナ州予備選挙を経て、15の州・準州が同時に予備選挙を行う3月3日のスーパーチューズデーを迎えることになる。
 共和党候補は現職のトランプ氏となる可能性が高いが、先が見えないのが民主党の候補である。20人を超える候補が乱立するなか当初優位と目されたのはバイデン前副大統領だったが、アイオワで4位、ニューハンプシャーでは5位に終わり、勢いを盛り返す可能性はあるとしても最有力候補ではなくなった。
 低迷するバイデン氏の対極で支持を伸ばしたのがサンダース上院議員である。アイオワではブティジェッジ・サウスベンド前市長とほぼ並び、ニューハンプシャーでは首位、全国世論調査の平均でもバイデン氏と代わって首位となった(2月4日~11日、Real Clear Politics)。

 トランプ氏より高齢の78歳という年齢もさることながら、民主社会主義を標榜(ひょうぼう)してきたサンダース氏の立場は、民主党政治家の主流から外れたものだ。ヒラリー・クリントン元国務長官と民主党候補を争った2016年大統領選挙においても、高等教育の無償化を主張し、環太平洋経済連携協定(TPP)を批判するなど、オバマ政権と明らかに異なる政策を掲げていた。
 前回大統領選挙のあと、民主党では左派が台頭した。18年の中間選挙ではメディアの人気を集めたオカシオコルテス下院議員を始めとした民主党主流よりも左に位置する新人議員が当選し、民主党主流への対抗を強めたのである。それまで大統領の弾劾(だんがい)に賛成しなかったペロシ下院議長が、弾劾決議に踏み切った背景にはウクライナ疑惑に加えて左派議員の台頭があった。
 4年前にトランプ氏が共和党候補となった時の共和党も、14年中間選挙で急増した右派新人議員と主流派の対立に引き裂かれていた。その結果、主流派そのものというべきジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事への支持が低迷するなか、政党政治とはそれまで関わりのなかったトランプ候補が、共和党を乗っ取るかのような勝利を収めたのである。
 現在の民主党は、4年前の共和党と似た立場に立たされている。民主党主流のヒラリー・クリントン氏が大統領選挙で敗れた後、中道・穏健派はさらに力を弱め、2期にわたって副大統領を務めたバイデン氏が伸び悩む。サンダース氏の台頭は、民主党の弱まりと裏表の関係に立っていると言ってよい。
 20年大統領選挙は、本来なら民主党に有利となるはずだった。トランプ大統領の支持率は平均して45%を下回る一方で不支持は50%を超えていることにも見られるように、トランプ政権の基盤は弱いからだ。だが、支持率が40%を割ることが少ないことにも注意すべきだろう。支持率は低くても固定客は安定しているのである(Real Clear Politics)。
 大統領となったあとのトランプ氏は、党派支持の不明確な中道の支持ではなく、もともとトランプ支持の固い層の確保に動いてきた。それでいえばサンダース氏も中道票を共和党から取り戻すことではなく、民主党左派の票を確保することと若年層の掘り起こしに力を注いでいる。

 アメリカ有権者における中道・穏健支持が衰え、共和党と民主党の政党としての結集力が弱まるなか、それぞれ共和党は右派へ、民主党は左派へと流れてしまう。トランプ氏もサンダース氏も、その分極化を加速する政治家と考えることができる。
 もちろん選挙結果はまだわからない。4年前にはトランプ当選が不可能と見えたように、いま本選挙においてサンダース氏が当選することを予想することは難しい。ブティジェッジ氏、そして前ニューヨーク市長ブルームバーグ氏のように、中道・穏健層の結集を期待する候補も控えている。それでも、20年大統領選挙が中道・穏健ではなく、右と左の選択に支配されようとしていることは否定できない。
 アメリカ政治の両極分解は国際政治の安定を揺るがすだろう。貿易体制であれ同盟であれ、国際秩序の安定は左右両極よりも中道・穏健の立場に馴染(なじ)みやすい。そして、民主・共和両党の候補がどちらも自由貿易や同盟を見直しかねないというこのいかにも国際的に影響の大きい選挙の投票権は、アメリカ国民に限られている。政治制度としては当然のことであるが、選挙結果が世界に与える影響を考えるなら、国際社会にとっては不幸なことだ。(国際政治学者)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2020年2月19日に掲載されたものです。