藤原帰一教授 朝日新聞(時事小言)バイデン政権の外交展望 同盟強化、中・ロへの影響は

発足から2カ月を迎えるバイデン政権は、内政で成果を上げた。
新型コロナウイルスについてはワクチン供給と接種を進める一方、国民1人あたり1400ドルの直接給付を含む1兆9千億ドルの追加経済対策法案を議会に提出し、可決された。法案に署名したバイデン大統領は、勤労者を第一とする政策として1960年代以来のものだと誇った。
積極的な財政支出はコロナ対策を目的とする時限措置であり、コロナ収束後の財政政策はまだわからない。失業率は高いとはいえ高株価が続くなかで積極財政をとればバブルとインフレを招く懸念もあるだろう。それでも、レーガン政権以来ほぼ続いてきた小さな政府と減税という路線を逆転した意味は大きい。
では外交政策はどうだろうか。前政権と異なるのは、外交の担い手だ。トランプ政権では大統領が専門家の提案を覆し、国務・国防長官などの解任を繰り返した。これに対してバイデン政権ではブリンケン国務長官、オースティン国防長官、サリバン安全保障担当補佐官などの政策専門家が対外政策を主導している。個人の外交から政策プロの外交への変化である。

外交政策の中心は同盟の再生だ。トランプは同盟国の防衛費増額を要求し、北大西洋条約機構(NATO)におけるアメリカとヨーロッパ諸国の亀裂を生み、駐留米軍の費用分担を主な原因として米韓関係も動揺した。バイデン政権の課題は、動揺する同盟諸国の信頼再構築だった。
2月19日に開かれたミュンヘン安全保障会議に遠隔参加したバイデンは、ヨーロッパのパートナーとの協力を強く訴えた。さらにロシアのプーチン大統領はNATOの弱体化を図っていると批判し、中国についても経済的な横暴は押し返さなければならないと述べた。東西対立を求めるものではないとクギはさしているが、米欧同盟の再結束を求めるメッセージは明確である。
アジアについても同盟諸国との協力を重視している。日米豪印4国(クアッド)は初めての首脳会議を開催した。ブリンケン国務長官とオースティン国防長官はアジアを訪問し、日本と韓国で外務・国防のトップによる安全保障協議委員会(2+2)が相次いで開催されているところだ。
同盟協力の反面がロシア・中国との対抗である。トランプが反中、バイデンは親中という単純化は正当ではない。問題は親中か反中かではなく、同盟強化がロシアや中国の政策を変える効果を持つのかという点にある。
中国は変わるどころか国内では共産党支配を徹底し、対外政策も強硬姿勢を崩していない。3月11日に閉幕した中国の全国人民代表大会は香港の選挙制度を変更して民主派を実質的に排除した。アメリカに匹敵する海軍力を擁するに至った人民解放軍は外洋展開を続け、海陸の勢力圏をこれまで以上に確固たるものとした。ロシアは国内政治を締めつけ、サイバー攻撃によって欧米諸国の政治を左右する一方、新世代の核兵器開発を進めている。

同盟諸国の結束だけでは中国とロシアの政策を変えることはできない。同盟は、相手の侵略に対する抑止力になることはあっても、相手の行動を変える力になるとは限らないからである。
地域紛争への対応も問われるところだ。イランについてバイデン政権はトランプ政権が脱退した6カ国核合意に復帰する方針を表明した。だが米国復帰の条件として経済制裁の解除を求めるイランとの隔たりは大きく、核合意復活の展望は見えない。また、バイデン政権が撤退を決めたイエメンでは、イランの支援するフーシ派の活動が強まったとも伝えられている。
2001年から20年間にわたって米軍介入が続くアフガニスタンでは、トランプが米軍撤退方針を発表し、撤退期限が5月1日に迫っている。しかしタリバーンとアフガン政府の対立は厳しく、アメリカ主導の和平協議は停滞する一方、ロシア政府の和平提案はアフガニスタンと国境を接する中国やイランの支持を集めている。
ここには、地域紛争においてアメリカではなくロシアと中国の役割が拡大する構図がある。これも同盟強化だけでは打開できない。アメリカはバイデン政権の求めるような国際的リーダーシップの回復ではなく、影響力の後退に向かう可能性が高い。
アメリカが同盟国との連携を重視することは日本に望ましいが、同盟だけでは中ロ両国の政策転換を期待できないうえ、地域紛争における外交の重心はアメリカからロシアと中国に移ろうとしている。それでは冷戦時代における優位を失ったアメリカのもとで冷戦のような東西対立が固定化する事態をどう回避できるのか。これがバイデン外交の課題である。(国際政治学者)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2021年3月17日に掲載されたものです。