藤原帰一教授 朝日新聞(時事小言)アメリカの対中政策 再びの冷戦、避けるために

バイデン外交の展開が速い。先月このコラムで、バイデン政権はアメリカと同盟国の結束を確保して中国とロシアに立ち向かおうとしていると書いたが、それからひと月、中ロ、特に中国への対抗が先鋭的に示されている。
アンカレジで行われた米中外交トップレベル会談はブリンケン国務長官と楊潔チー(ヤンチエチー)共産党政治局員が記者を前にして両国の立場を相手にぶつけ合い、外交協議どころか両国の対立を見せつけるような場になった。
菅義偉首相が訪米して行われた日米首脳会談でも、共同声明では台湾海峡の平和と安定の重要性と香港と新疆ウイグル自治区の人権状況への懸念が指摘され、会談後の記者発表では日米安保条約第5条が尖閣諸島に適用されることを確認したと述べられた。台湾、新疆ウイグル、尖閣と、中国政府との争点がここまで並んだ首脳会談は珍しい。

バイデンが大統領になればアメリカは中国に宥和(ゆうわ)的になるだろうと予測する声もあったが、その誤りは既に明らかだ。バイデン政権がトランプ政権の対中政策を引き継いだと考えることもできない。トランプは中国への軍事的対抗よりも貿易不均衡是正を優先し、香港や新疆ウイグルなど人権侵害に対する関心も限られていた。バイデンは中国の対外的軍事拡大と国内における人権弾圧の両方に懸念を示し、対抗手段として同盟国の結束を求めている。トランプとの違いは明らかだ。
これまで日本政府はアメリカの対中政策を全面的に支持していたわけではない。オバマ政権が中国に弱い、圧力が乏しいという批判は当時から聞かれた。トランプ政権についても、日本では中国の経済的台頭よりも軍事的拡大への懸念の方が強く、貿易圧力を優先するアメリカとの間にズレがあった。その点、バイデン政権の対中政策は日本政府の立場に近いといってよい。自由で安全な世界という視点から見るなら、人民解放軍の外洋展開を始めとする中国の軍事的拡大も、中国共産党による厳しい人権抑圧も、ともに受け入れることはできない。同盟国・友好国と協力して中国に対抗するバイデン政権の姿勢は基本的に支持できる。
問題は、そのような対中政策によって中国の政策が変わるのかという一点にある。レトリックはともかく実際の外交において、これまでの中国政府は対米政策を外交の中心に据え、アメリカが中国の脅威とならない状況をつくることに腐心してきた。トランプ政権についても、貿易圧力を前にした中国は、最終的には譲歩し、米中貿易合意が生まれた。ところがバイデン政権を前にした中国政府には米中関係を第一とする視点がない。
なぜだろうか。中国が既に軍事大国となり、まず、中国は従来のようにはアメリカを軍事的脅威と見ていない。バイデン政権がどれほど中国を批判しても政策の内実は対中抑止力の強化であり、中国に対して実際に武力行使に訴える可能性は限られている。米中貿易紛争が続けば中国経済にも打撃は生じるが、戦争さえ起こらなければ抑止力強化が中国に与える影響は少ない。
さらにバイデン政権が展開した台湾海峡の安全と人権弾圧への批判は、中国から見れば内政干渉そのものであり、南沙・西沙諸島の領有権や対中貿易の不均衡などの諸問題以上に譲ることができない課題である。中国の視点から見るならば、バイデン政権が圧力を加えても中国が譲らないのは当然だということになる。

バイデン政権の立場はかつて反共十字軍などと呼ばれた冷戦期のタカ派とは異なるが、米中対立が恒常化するなかで同盟強化だけを進めるなら、冷戦時代のような世界的な封じ込めが実現する。アメリカと同盟国が台湾有事を想定した軍事協力と演習を進め、「一つの中国」路線を譲らない中国も台湾海峡に力を集中するなら大規模な戦争が生まれる危険もある。
では、出口はどこにあるのか。中国と他の諸国が対立よりも協力を選ぶのは、対立を続けるなら共倒れとなる危険の高い領域である。その代表が地球環境と貿易体制だろう。地球環境の悪化を放置するリスクはいうまでもない。また軍事的には日米ばかりでなく北大西洋条約機構(NATO)諸国からも脅威と見なされる中国も、世界的な工業生産のネットワーク、さらに貿易相手国としては無視することのできない存在である。実際日本は、軍事では中国を警戒しつつ、環境保全と多角的貿易については中国と協力する機会を常に探ってきた。
同盟強化と地球環境保護については方針をいち早く打ち出したバイデン政権だが、貿易政策の指針はまだ出されていない。中国も参加する貿易体制をどうつくるのか。それがバイデン外交に残された課題である。(国際政治学者)

*この文章は朝日新聞夕刊『時事小言』に2021年4月21日に掲載されたものです。