技術システムにおける深いコミュニケーションを支える

技術システムにおける深いコミュニケーションを支える

東京大学未来ビジョン研究センター 准教授 菊池康紀

1.研究分野は?

「異なるもの」をつなぎ合わせる学問

私の研究分野はプロセスシステム工学、化学システム工学です。特に、化学的な工程により原料から製品を生産するプラントを設計・運転・保守するために必要となる各種システム工学的方法論の開発・研究をしています。特にプロセスシステム工学はある程度出来上がったモノをどうつなぎ合わせるかを考えることが重要な学問と言えます。従来および開発段階にある生産システムに関して環境・健康・安全・社会との関連性を分析し、社会的要求に見合うプラントライフサイクルエンジニアリングを実現させるための応用工学分野です。

プロセスシステム工学では数理科学的なシミュレーションを利用した方法論を多く用いており、生産現場などにおける実証試験と組み合わせた研究プロジェクトも多く展開されています。基本的には産業プラントが研究対象ですが、異なるものをつなぎ合わせる観点では地域・社会システムと技術の連携にも及びます。

私も地域システムを対象とした研究に取り組んでおり、現在は種子島や離島地域、北海道、東北地域など資源が豊富であるにも関わらず稼働率が低下している産業現場や、技術やインフラの更新が必要な産業に対して、技術設計や評価、組み合わせの最適化を研究として実施しています。

種子島では2013年頃から島内資源の有効利用によって化石燃料の島外からの搬入量を減らす研究プロジェクトを進めています。プロジェクトには19大学が参画し、東京大学はリーダーとして各大学の得意分野を繋ぐハブ的な位置を担当しています。地元の製糖工場、農家や農業研究機関、島内の西之表市、南種子町、中種子町の1市2町と鹿児島県支庁など、地域を巻き込みながら今も継続しています。

実証実験の1つとしてサトウキビの搾りかすである「バガス」と砂糖(原料糖)を結晶化・分離した残渣である「糖蜜」の高度利用を検討しています。サトウキビから作れる物質は多数ありますが、従来はサトウキビからは原料糖しか生産していませんでした。特にバガスはエタノールなどの燃料や色々な化学物質の原料になります。ほぼ輸入に頼っているショ糖エステルなどの食品添加物も、製糖工場で得られるバガスや糖蜜の高度利用により国内生産が可能になるでしょう。エネルギー面では、製糖工場自体の発電にバガスを活用していますが、余剰バガスも多く、それを焼却処理する傍らで化石資源が燃料として使われているなどの非効率も起きています。これらの課題に対して、設計やコンサルティング、技術開発など、エンジニアリングの実務部分を学術的にサポートしています。

2.研究分野の最終到達点は?

化学工学に立脚し、あらゆるプロセス・システムを連結させる

化学システム工学分野は異なる要素間を任意の目的関数に合わせて最適につなぎ合わせることを学術的な目標としています。個別の技術を作るのみならず、新しい要素が増える度に、その要素をつなぐために、また新しい仕組みを作り続けていく必要があります。化学プラントを構成する反応器や分離装置、ポンプ、熱交換器などは、それぞれ異なる時定数・特徴・性質・制約条件などを持っているため、要素間の適切な連結が不可欠です。

近年では、化学プラントと地域のエネルギー・資源システムなどとの関連付けを行う研究も増えてきています。化学プラント内だけでなく、近隣地域や他要素とも最適につなぎ合わせるためには、新たな方法論の開発が必要になります。このように新しい要素が増える度に、それをきちんと取り込んで最適化できるように考える、社会的要求の変化に柔軟に対応できるような人材の育成方法は分野として確立すべきだと思います。

システム工学分野には化学システム工学のほかに機械システム工学や電気システム工学などがありますが、いずれもここ20年間は省人化・省エネ化・デジタル化に取り組んできました。化学プラントのデジタル化が進む中、大量のデータが集まるようになった反面、雑多なデータも多く、いかに有益なデータのみを戦略的に集め、自動化を可能とするツール群に機械学習させて省人化に活かすかが大きな課題となっています。

また、その産業を地域の中で共有・利用する産業共生という動きも、システム工学分野から出てきています。個々の要素技術の分野を超えたシステム工学を確立し、そのうえで一つの対象に対して化学・機械・電気など各システム工学と、地域や社会基盤が一緒に議論できる場の必要性を感じます。最終的には、特に化学工学に立脚した、あらゆるプロセス・システムを連結させるためのシステム工学的研究を展開できる学問分野となるべきと考えています。

3.研究分野はどのように発展してきたか?

近現代のものづくり現場の要求に答え続けてきた歴史背景

化学工学は、元々は現場の“必要性”から発生した学問分野のため、何か新たな真理を発見したり、起きている現象の機構を正確かつ緻密に把握したりすることを目的としていなかったように思います。

そのような中で、“生産”を可能にする方法論の開発を目的として発展してきた化学工学におけるシステム工学ですが、その始まりは化学肥料の生産だと言われています。化学肥料プラントは現代でも高度な安全管理を必要とするようなプロセスであり、設計も運転も複雑化してきたものです。シミュレーションなどシステム工学的な要素への要求が出始めたのが1900年代頃からになります。その後、戦時中はエネルギーや軍事利用、戦後の経済成長期には石油をエチレンやプロピレンのレベルまで細かく分解、分離し精製して加工することでポリスチレンやポリ塩化ビニルなど多様なプラスチック素材や化成品が次々と作られるようになりました。これが1つ目のポイントと言われています。

2つ目のポイントは1970年代にスーパーコンピューターが登場したことです。計算スピードの急激な向上により、システム工学では複雑な計算やシミュレーションができるようになりました。デジタル化はその後も益々進んでおり、現在ではデータベースも拡充して、自分の研究データ以外のデータもクラウド上に集積しているため、学生が使用するようなごく一般的なパソコンでも化学プラントのシミュレーションができるほど、広範な計算ができるようになりました。化学以外のデータも巻き込んだ複雑な計算ができる環境が整ったことで、あらゆるパターンの化学製造のノウハウや方法を試せるようになったのは、非常に大きな進展だと言えるでしょう。

このようにシステム工学では多様な事例に適用できる多種の経験則が積み重ねられてきており、これを用いて目的関数を最適化してきました。一度最適化が可能となった場合には、その経験則そのものの機構を解明することなどはあまり行われてきませんでした。新しいかどうか、も大事ではありますが、それと同等かそれ以上に、設計や意思決定に役に立つかどうか、に重きを置かれた発展が為されてきたように思われます。

4.2030年~2050年にどのように進展していくか?

化学プラントに留まらず、他産業への適用展開

化学分野における2030年に向けての方向性の1つに、生物由来や生分解性のプラスチックを石油系プラスチックと同等レベルで市場が選択できる状態にすることがあります。生分解性プラスチックとは微生物の働きで最終的に二酸化炭素と水まで分解されるプラスチックのことです。ただ、バイオマスはそもそも供給量が不安定かつ年次変動も激しいため、原料の調達安定性の面は、最後まで問題になり続けるでしょう。その先の2050年に向けては、一概にすべてを生分解すればいい、生物由来なら何でもいいというわけではなく、社会全体で何を残りの化石で作り続けるのか、何を再生可能資源で作るのか、そうした原料の最適配分を図っていくべきではないかと考えています。

現在の再生可能資源を利活用する装置やプロセス、システムの開発・設計・運用については、まだまだ成熟度の低いものが多く存在しています。2030年~2050年には一層デジタル化が進むことで、計算能力不足で最適化しきれなかった不確実領域に対しても解を出すことができるようになると思われます。これまでプラント内部の特定の装置の周辺しか最適化できなかったものが、社会情勢も1要素として取り込みながら計算してプラントを運転できるようになるはずです。社会の中に存在するプラントとして、内部と外部の最適化が実現すれば、生産したプロダクトが効率よく需要に回って市場に出していけるスマートプロダクションも可能になるでしょう。

システム工学分野はこれまで化石資源由来の生産を担ってきた製油所や石化プラントを発展させてきたように、将来的には再生可能資源を利活用する技術システムの開発・設計・運用に貢献する研究分野にもなると思われます。例えば、近年、廃プラスチックによる環境影響や削減の取り組みが話題となっていますが、廃プラスチックの処理現場においての大きな問題点は、どれだけの量が、いつ、どこから出てくるのかの情報を受入側のプラントが把握できておらず、廃棄物を適切に処理できる体制を計画的に整えられていない点が挙げられます。社会においてエネルギー・資源・物質の循環の中で、プラントや産業、プロダクトが最適化されたかたちで存在できるように、製薬産業や食品産業、機械産業など、いわゆる化学プラントに留まらない適用先が増えていくと考えられます。

5.未来社会との接点は?

社会システムと生産システム、つかう側とつくる側をつなぎ合わせるコミュニケーション役に

SDGsの中で化学システム工学分野が主に関連するのは、7のエネルギー、9の産業技術、12のつくる責任・つかう責任です。特に12番はつくる側とつかう側のコミュニケーションには大きなハードルがあり、課題が多いと考えています。海洋プラスチックごみによる海洋汚染は、つかう側である社会が大きく問題視したことで喫緊に解決すべき深刻な課題として国際社会で認識されるようになりました。日本国内でも海洋生分解性プラスチックについての製品規格の国際標準化が進んでおり、このような社会の動きに対し、つくる側は化石資源由来だったエネルギーや製品のバイオマスでの代替を目指し、新たな生分解性プラスチックを開発・提案しています。

ここで私が懸念しているのは、つかう側である社会が「生分解性プラスチック」と呼ばれるものならば、なんでもすべて海で速やかに完全に分解されるかのように、安易に認識しているのではないかという点です。生分解性プラスチックには海洋生分解性と土壌生分解性など異なる生分解があり、従来の生分解性プラスチックは土壌やコンポストでの分解を想定しており、海洋環境中では分解されないものが多く、仮に分解できたとしても非常に長い時間が必要になるものもあります。

そもそもプラスチックごみを海洋に出さないことが大前提ですが、それでもどうしてもプラスチックごみが海洋に流出してしまった場合には、その経緯や、自然環境下において小さく砕かれて生じたマイクロプラスチックが生態系にどのような悪影響を及ぼすのか、またそれによるリスクが何で、そのマイクロプラスチックに生分解を持たせた場合にその場所で何が起こるのかなど、多面的な分析をしたうえで各機関と連携しながら適切な対処方法を取らなければ、根本解決には至りません。バイオマス由来の海洋分解性プラスチック製品開発によって環境負荷を低減するという目標にはもちろん合意しますが、このレベルまでの複雑な事情をつかう側にそのまま説明しても、すべて理解していただくのは容易ではないでしょう。

つかう側とつくる側間のコミュニケーションツールの1つとして、化学システム工学分野に期待されているのがシミュレーション技術です。シミュレーション等を通じて仮想的に実験を行うことができるため、技術の革新や組み合わせによって誘発される事象を定性的・定量的に可視化し、社会との協創において参考となる情報を提示することができると考えます。

成熟した現代社会では余程いい製品でないかぎり、つかう側である社会から必ず選択されるような状況にはならないため、つくる側の生産活動は社会需要に依存することを免れません。しかしながら、その社会も昨今の新型コロナウィルス感染症のような極めて大きな社会的インパクトのある出来事によって、一瞬にして状況や要求が大きく変化します。そのような場合に、以前開発したものの見向きもされなかったような技術を現状課題に合わせて組み合わせ直した結果、非常に有効なシステムとなるケースもあるでしょう。

実は、生分解性プラスチック問題の研究も1980年頃から始まっており、すでに化石資源由来での製品化も行われていました。ただ、コストが非常に高く、市場から敬遠されて生分解性プラスチックはつくっても意味のないものとして扱われました。それが現在では、生分解性は必要だと言われるようになりました。バイオマスについても同様で、1973年のオイルショック後にはすでに議論が始まっていました。エタノール生産の歴史には原料毎に3つの段階があり、1980年代初頭からファーストジェネレーションと呼ばれた糖類、セカンドジェネレーションのセルロース、サードジェネレーションの藻類という3つの世代の変遷を辿りました。その後、石油の国際価格が安くなったことなどの影響でバイオマスは一旦下火になり、1990年代からは化石燃料が主流になりました。それが2000年代に入ると再びバイオマスが流行り始め、20年前のエタノール生産の時と全く同じようにファースト・セカンド・サードの3世代の開発を繰り返しています。

過去の生産技術開発の歴史における経験や知恵・知識を忘れることなく、それらを蓄積し、いざ必要となる場面では、新しいニーズに合わせたかたちに最適化し、社会的要求に十分に応えられる技術として適材適所に提供していくことは、化学システム工学分野の未来社会に対する役割だと私は考えています。つかう側である地域・社会などの社会システムとつくる側であるプラントなど生産システムを最適につなぎ合わせ、技術システムに関する深いコミュニケーションを支える分野として、今後も続けて成長していかなければならないと思います。


略歴

菊池康紀(きくち・やすのり)
東京大学未来ビジョン研究センター准教授。2009年 東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻 博士課程修了 博士(工学)、2019年4月より、現職。「プラチナ社会」総括寄付講座の代表を兼務、工学系研究科にて研究室を運営。専門はプロセスシステム工学、化学システム工学。日本LCA学会および化学工学会研究奨励賞、生物工学技術賞、World Cultural Council: Special Recognitionsなどを受賞。地域における新規な技術システムの導入を産学公の協創にて推進している。