データヘルス研究ユニット 労働生産性の損失とその影響要因に関する研究

これまでの研究で明らかにしたこと

本研究ユニットは中小企業を対象に、労働生産性の損失とその要因の構造を明らかにしました(古井 ほか, 2018)。横浜市と連携して、市内中小企業6社178名を対象に無記名自記式のアンケート調査を実施しました。その有効回答(n=162)を、健康リスク評価9項目(主観的健康感、仕事満足度、家庭満足度、ストレス、喫煙習慣、飲酒習慣、運動習慣、睡眠習慣、不定愁訴)のリスク該当数を基に、低リスク群、中リスク群、高リスク群の3群に分けました。その結果、高リスク群のアブセンティーズム(病欠日数)とプレゼンティーイズムの平均値は、低リスク群、中リスク群と比較して有意に大きいことが分かりました。コスト換算した場合、1人あたりの年間のプレゼンティーイズムコストは、アブセンティーイズムコストと比べて20倍大きく、高リスク群のプレゼンティーイズムコスト(159.4万円)は低リスク群(56.4万円)と比較して2.8倍大きいことがわかりました。中小企業ではアブセンティーイズムや疾病の発症を防ぐことを目的とした、主に健診結果等で捉えられるようなハイリスク者に対する介入だけでなく、プレゼンティーイズムを抑えるための職場全体を意識した取組が重要であることが明らかになりました。
また、あらゆる企業による健康経営の取組を促す目的で、1つの設問により、簡易にプレゼンティーイズムを測定できる尺度SPQ(the Single-Item Presenteeism Question, 東大一項目版)を開発しました(Muramatsu et al., 2021)。これまで、プレゼンティーイズムを直接的に測定する代表的な尺度として、the World Health Organization’s Health and Work Performance Questionnaire (HPQ)がありますが、回答者にとって最高点と最低点を仮定する難しさと、その仮定がパフォーマンスの自己評価に影響することが指摘されていました。そこで、HPQの課題を解決し、回答者が1つの設問により、プレゼンティーイズムを測定できる尺度SPQの構成概念妥当性と反応性を検証しました。中小企業24社の従業員1021名を対象に、SPQとHPQおよびプレゼンティーイズムの関連要因に関する設問で構成したアンケート調査を2回実施しました。SPQの測定値は、プレゼンティーイズムの関連因子と有意に相関し、構成概念妥当性が示されました。反応性に関しては、プレゼンティーイズムの関連因子が悪化すると期待通りに、SPQの測定値も悪化する傾向が確認されました。

社会課題の解決に資する貢献

本研究ユニットは横浜市での検討結果をもとにして、他の地域でも労働生産性とその要因に関する研究を実施しています。また、要因間の構造に関する定性分析、その構造の中で運動と労働生産性の関連に着目した介入研究の結果も報告しています。

SPQに関しては、これを学ぶことができるサイトを制作・公開しています(https://spq.ifi.u-tokyo.ac.jp/)。また、SPQは経済産業省の「健康経営銘柄・健康経営優良法人認定(大規模法人部門)」で従業員の生産性の測定指標の一つにも採用され、企業による健康経営の実践とその評価を促すことに活用されています。

さらに実践面では、自治体や商工団体との共創により、保健専門職や健康経営アドバイザーが、中小企業の健康経営の取組を支援するプログラムを開発しています。このプログラムでは労働生産性の測定尺度としてSPQを採用し、労働生産性とその要因を可視化した後、それぞれの職場での改善を支援する内容となっています。